小学生のときに見た本に、大型船の航海士になるための最短コースは商船高等専門学校、いわゆる高専に行くことだと書いてあったんですよ。学校を出て資格を取るパターンがいろいろとあるんですが、普通の高校を出てから商船大学へ行くと合計で7年かかる。でもその商船高専だったら、高校と大学の一部が一貫教育ですから、5年半でまとまった教育を受けられて、卒業後も同じ資格をくれるんです。だから、これが一番早いと。それでその道を選んだんです。
私が行ったのは、広島商船高等専門学校という学校。私は船長になりたかったので航海科を選択しました。勉強はとても厳しかったですよ。高校、大学で7年かけてやるところを5年半でやるわけですからね。カリキュラム、科目数がすごく多い。一般教養課程プラス専門課程ですからね。まさに詰め込みでしたから、すごくたいへんでしたね。入学当時は同級生が1クラス40人いたんですけど、1年後には10人くらいは落第、もしくは辞めていきました。
3年後にはひとクラス34人くらいになってたかな。上から降ってきた人(落第者)が何人かいましたから(笑)。もともと1年生のときに入った同級生で、およそ3分の1近くがついていけなくて辞めたことになります。
辞めていく人っていうのは、勉強がたいへんでついていけないっていうのも、もちろんあります。でもやはり「自分の進むべき道は本当にこれでいいのか?」という根本の部分が揺らいで進路変更していった人も少なからずいました。やっぱり中学生くらいの時に、自分の将来を決めてそれを本当に貫き通せるかというと、よほど意思というか、船乗りへの思いが強くないと難しいわけですよ。最初は船乗りへのあこがれで入学しても、やっていくうちにやっぱりこれは違うぞと、自分には向いてないぞと、もっと違うことをやりたいといって他の一般の大学に編入した人もいました。
私は辞めようと思ったことはなかったですね。やはり船乗りになりたいという思いが強かったですから。とにかくやれるところまでやってみようと思っていました。もちろん自由な遊び時間などほとんどなかったですよ。勉強がきつい上に、テニス部に入っていましたから。いつも朝5時くらいに叩き起こされるんです。朝練があるから。朝練後、寮の掃除をして朝食を食べて。それから学校です。学校もたいてい8時間くらい授業があるわけです。終わったらかなり夕方遅かったんですけど、それから部の練習。それから自分の勉強でしょ。だからいつも寝るのが深夜過ぎ。で次の日また朝5時に起きてという毎日。
でも土日は休めたんじゃないかって? いやいやとんでもない。土日なんかもっとひどかったですよ。ずっと1日中部活の練習とかいろんな行事があって。たまによその学校へ遠征に行ったり。そういうのが毎日ですからね。だから睡眠時間は毎日4、5時間。それを5年です。もちろん若かったからできたんですけどね。
学校、部活の上下関係はそれはもう厳しかったです。僕らが入ったときは特に厳しかったですね。当然しごきもありました。基本的に船の世界というのは、特殊な閉鎖社会ですから、そういう上下関係、規律がしっかりしてないと、いざというときに、統制がとれないんですよ。そういう意味では厳しいですね。
とりあえず3年間の過程を終えると、高校課程教育を修了ということで高校卒業の資格がもらえます。そこから別の大学を受けてもいいし、高卒の状態でやめてもいいし、いろいろ選択肢はあるのです。
高専に残った場合、4年から一部大学課程教育の専門教育が始まります。最後には実習があって、航海訓練所っていうところに帆船の日本丸と海王丸があって、そういう船に乗って実際に勉強しながら航海訓練をするのです。そういうのが全部終わって初めて卒業。
卒業すると航海士の資格がもらえますから、民間の船会社や僅かですが海上保安庁などへ就職していくのです。
この5年半は、家族から遠く離れ、いわば逃げ場のない厳しい環境の中でしたが、強い信念を持ち続け卒業することで、逆境や苦労にめげない根性と何事も最後まであきらめない心情が身についたと思います。
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