ナイフ作りを辞めようと思ったこと? 「つらくて」とか「壁にブチ当たって」っていう理由ではないね。でも一度だけ挫折っぽい状態になったことはあった。2年半前に心筋梗塞をやったんだ。「50歳過ぎたらその先はオマケだよ」なんて生意気なこと言ってたら、55歳で心筋梗塞でぶっ倒れてね。あぁ、生意気なことは言っちゃイカンと思ったね。5年で終わりかよ? オマケが5年かよ? みたいなね。(笑)
日曜日の朝、家にいるときに突然、胃袋がなんか調子悪いなあと思ったんだよ。なんか痛いっていっても身体の位置を動かすと痛くないところがあるもんじゃない? それがなかなか見つからなくてね。寝ても起きてもダメだったんで、こりゃダメだって、タダ事じゃないなって思って。
で、病院へ行ったら入院だって言われちゃうと思ったから即、風呂に入ってね。心筋梗塞の最中に。というのは、以前オートバイで大きな事故をして入院したことがあってね。そのときは工房で2、3日徹夜で仕事してて家に帰ってなかったから下着が汚くてね。病院の方はそんなこと気にしないとは思うけど、すごく嫌だった思い出があるんでね。
当然そのときは心筋梗塞だって思ってないからね。とにかくきれいにしとこうと思って風呂に入って。それで、すぐ近所にかかりつけの医者がいるから、日曜日だったから女房に電話させて、これこれこうでと症状を説明したら「それは、大変だ。僕じゃ手におえないから日大病院へ行った方がいい」って言うんだよ。「なんだ、頼りにならない医者だな」と思って(笑)。
それで日大病院へ電話して説明したら、日大病院の医者も心筋梗塞か狭心症だと思ったらしいんだよ。「違う」ってこっちは言ってるんだけど(笑)。救急車出すっていうから「いや、自分で行ける!」って言って息子に車運転させて。着いたら、医者や看護婦たちが待ち構えているわけです。いきなりニトロなめさせられて、心電図とられて。その結果、ウチ(光が丘の分院)じゃダメだから、大山の本院の方へ移すなんて言われて。でも、たまたま当直でいてくれた循環器の先生が「あぁこれは心筋梗塞だ。ただ今あなたは発作中!」って(笑)。そのとき初めて「え?
心筋梗塞?」って。
その医師は「これならウチでも大丈夫だから」って言ったんだよね。聞いた話によると心筋梗塞にはゴールデンタイムっていうのがあるらしくて、発作が始まって3時間以内に処置すると心臓のダメージが少ないらしんだ。僕は40分くらいで病院に着いたから良かった。いや、良かったのか悪かったのか……。そのまま逝っちゃえば、こんなことしゃべらなくてよかったし(笑)
それでカテーテルを右手首の血管に突っ込んで心臓まで伸ばしてね。片っぽに造影剤を入れて、自分の心臓がモニタに写るわけですよ。医者に「今、ここに入れましたから」なんて言われて。「おお、これがオレの心臓か」って。痛みはなかったね。血管の中って痛くないからね。でもイヤなもんだよ。決して気持ちがいいものじゃない。
それで心臓の近くの血管の中に2カ所、ステンレスのパイプを入れた。6カ月後にもう一回検査して、入れたステンレスのパイプが詰まっていなければ大丈夫だって言われてたんだけど、検査したらまた詰まってて。また処置を受けたんです。でも先生から大丈夫だと言われていながらダメだったから、そのときはすごくショックだったんだよ。これはもしかしたらよっぽどダメなのかなって思って。
そのときにナイフ取りますか、命取りますか、みたいな雰囲気に自分が追い込まれちゃって。その後は身体を戻さなきゃいけないっていうのがあって、非常に節制したかな。自分の身体のことしか考えられなくてね。なんていうか、少し精神的に落ち込んだな。心臓にはストレスが良くないからね。ナイフ作りはけっこうストレスかかるから。一時期は自分の身体とナイフの製作とのバランスを取ることがちょっと難しくて、嫌だった。
でも、ナイフ作りを辞めようとまでは思わなかったね。そこは前みたいにガツガツは作らなくてもいいと考え方を変えたことで、乗り切りました。死ぬにしても生きるにしても、我々職人は手を止めたら食っていけないからね。仕事をやらなきゃ心筋梗塞になる前に干上がっちゃうわけだから。そんなこと言ってらんねぇや、みたいなね。さぁ仕事、仕事! って感じで、立ち直りは早かったよ(笑)。
ちなみに今でも心臓の近所の右冠動脈って血管の中にステンレスパイプが2本入ってんだよ。
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