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第10回
宇都宮健児氏インタビュー(その5/全5回

宇都宮健児氏

働くことに意味などなくていい
自分と家族を養えるだけで立派
プラスαで社会の役に立てれば最高

弁護士宇都宮 健児

自分を頼ってきた被害者を助けることだけで満足せず、より多くの人を助けるため、さらには被害者そのものを生み出さないために日々奮闘する宇都宮弁護士。なぜそこまで弱者のために頑張れるのか、宇都宮弁護士にとって仕事とは何か、誰のために、何のために働くのか? そしてこれから目指すものは──?

うつのみや・けんじ

1946年(昭和21年) 愛媛県明浜町(現西予市)生まれ 59歳 サラ金問題の草分け的弁護士
東京大学に現役合格(1966年)後、社会運動と出会い弁護士を目指す。1968年に司法試験に一発合格、経済的事情により翌年東大中退、司法修習生となる。71年に弁護士登録。2度のイソ弁生活を経て1983年に独立。以降現在に至るまで、「東京市民法律事務所」を経営する傍ら、サラ金、ヤミ金被害者救済をはじめとする消費者問題に取り組む。 東京弁護士会法律相談センター運営委員会委員長、東京弁護士会民事介入暴力対策特別委員会委員長、東京弁護士会外国人人権救済センター運営協議会議長、日弁連消費者問題対策委員会委員長、東京弁護士会副会長などを歴任。現在は全国クレジット・サラ金・商工ローンの高金利引下げを求める全国連絡会代表幹事、武富士対策連絡会議代表、全国ヤミ金融対策会議代表幹事、日弁連上限金利引き下げ実現本部本部長代行の要職に就いている。
■被害者救済のために手がけた主な事件/ 豊田商事事件・地下鉄サリン事件・KKC事件・オレンジ共済・全国八葉物流事件・旧五菱会のヤミ金融事件
【主な著書】 ●『サラ金地獄からの脱出法』(自由国民社) ●『消費者金融—実態と救済』(岩波書店) ●『自己破産と借金地獄脱出法』(主婦と生活社) ●『自己破産と借金整理法』(自由国民社) ●『ヤミ金融撃退マニュアル 恐るべき実態と撃退法』(花伝社)
※宮部みゆきの最高傑作との誉れも高い、多重債務問題をテーマにした作品『火車』に登場する弁護士のモデルにもなっている。

日本をアメリカと同じにしてはならない
金利引き下げ運動に尽力

今後の目標はね、この日本から高利貸しをなくすこと。とにかく借金のために夜逃げしたり自殺したりするような人が出てるのは、最低の社会だってことだな。

今、日本は格差拡大社会といわれていますよね。貯蓄ゼロの世帯が23%も存在する。生活保護を受けてるのは約100万世帯。そういう貯蓄のない家庭で、子どもが病気したり、進学のためにお金が必要になったら、頼るべきところは高利貸しのサラ金とかヤミ金しかない。実際にサラ金にお金を借りに行く人のほとんどは、生活費が足らなくてどうしようもなくなって行くんですね。一般に言われてるようなギャンブルや遊興費のための借り入れなどは極めて少ない。僕はよく高校にも講演に行っているんだけど、授業料が払えなくて学校に来れなくなっている子がたくさん出てきている。

アメリカなんかはもっとひどいですよね。アメリカ社会ってのは年数百%の金利が合法化されちゃってるんですよ。だから年間200万人もの人が自己破産している。アメリカはどんどん貧富の差が激しくなってますよね。特に貧困化が進んでいて象徴的なのは、カトリーナ被害にあったニューオーリンズ。発展途上国並みです。対外的には世界一の強国かもしれないけど、アメリカ国内には3人家族で年収210万円以下の貧困層が3000万人以上いるんですね。とんでもない社会ですよ。一方、金持ちはめちゃくちゃ金を持ってる。その格差がすごい。

日本の社会をそうはしたくないから我々は金利の引き下げ運動をしているわけです。これまでも我々の運動で、1983年当時、年109.5%だった出資法の上限金利が、年29.2%まで下げられてきているんです。でもまだまだ高い。利息制限法で決められている制限金利の年15〜20%までただちに下げるべきです。今年中に金利規制の見直しがなされることになっています。でもヨーロッパ諸国にはまだ全然及ばない。ドイツやフランスでは金利の制限を厳しくしているから、サラ金やヤミ金が存在しないわけですよ。銀行が低い金利で貸すからね。日本もそういうやさしい社会にしなきゃいけないですよね。銀行が一般庶民に低い金利でお金を貸さない、いわゆる貸し渋りも多重債務者急増の一因ですからね。

サラ金からお金を貸りる人をこれ以上増やさないという意味では、昼夜問わずバンバン流れているクレジット・サラ金のテレビCMも規制するべきだと思います。利息制限法に違反する金利で貸し付けている企業のCMは一切流さないようにするべきです。莫大な広告費が重要な収入源になっているとはいえ、マスコミ側の対応も問われますよね。

一番頭に来るのは 政治家、行政、警察

本来、こういうことは国や自治体などの行政機関がやるべきだけど、日本の行政というのは、ホームレス問題や多重債務者問題に真剣に取り組んでいない。政治家ももちろんそんなこと考えてない。票にならないから。

暴力団やヤミ金を放置して取締りをしない警察とか、あるいはホームレス問題や多重債務問題に取り組もうとしない政治家や官僚。そういう人びとがエリートだと言って、のうのうとのさばっていることに対して、僕は一番頭にきますね。強気を挫き、弱きを助けるのが政治家や官僚の役割でしょ? 何のために政治家や官僚をやっているのかってすごく頭にくる。誤解を恐れずに言えば、暴力団やヤミ金などは自分が食わんがために厳しい取り立てをやっている。当然許されることじゃないんだけど、立場を考えたらある意味しょうがないという見方もできる。

しかしながら、国民の代表として真っ先に多重債務問題やホームレス問題に取り組むべき国会議員がこのような問題に無関心であったり、冷淡であるのは許せない。

だから我々がキャラバンなんかやって、サラ金会社のまえでがなりたてたり、ビラをまいて宣伝したり、国会に押しかけたりしているんですね。もっとも、そういったことでストレス解消してる面もあるんですがね(笑)。サラ金会社の前でがなりたてると気持ちがいいです。毎日毎日事務所でサラ金会社とネチネチ交渉したりしてるとね、やっぱりストレスたまるんですよ。

とにかくたかが借金のことで死んだりしなくてもいい社会にする。それが僕の目標です。

サラ金会社だけではなく、カルト宗教団体、悪徳弁護士、官公庁、政治家とも日々戦っている宇都宮弁護士。周りは敵だらけだが、それでも光明は少しずつ見え始めているという。

金がすべての社会ではダメ しかし社会的情勢は有利に

今の日本はね、金を儲ければ何やってもいいという考え方が主流で、非常に堕落しきってますよね。そのひとつが、ヤミ金・サラ金・商工ローンのような高利貸しの横行ですよ。金を転がして暴利をむさぼるね。でも最近、光明も見えつつある。

最近、最高裁判所がサラ金や商工ローンの営業金利である、グレーゾーン金利(注1)を否定する判決を立て続けに出してるんです。利息制限法の制限金利である年15〜20%以上の高利はもう認めんと。そうやって、最近の司法の流れは、借り手、債務者保護をかなり鮮明にしてきてるんです。その結果、過払い金の返還請求がどんどん認められているんですね。

また、昨年末から、耐震構造の偽造問題とかライブドア問題とかBSE問題とかでね、政府がこれまで進めてきた規制緩和政策の矛盾が露呈してきているでしょ。何でもかんでも規制緩和でいいのか、国民の安全、安心はどうするのかと。規制緩和万能主義や市場原理主義だけでは、日本の社会はダメになるんじゃないかということを、言いやすい状況にはなってる。

中でも東京地検特捜部のライブドアの捜査なんかはいい例ですね。これをやらないと、ずっとあんなのがまかり通ってたでしょ。ライブドアなんて、ほとんど企業としての実体がないわけです。いちばんの収入源は金貸しなんですよ。ロイヤル信販っていう高利貸し業。

東京地検特捜部が動いたのは、汗水たらして働いている人がバカを見る社会にしてはいけないと。そこをないがしろにされるような危うさがある時代ですよね、今は。だからそれで少し、頭を冷やして、何が大切なのかを考えようと。それは当たり前のことですよ。

注1 グレーゾーン金利──民事的に無効となる利息制限法の制限金利(年15〜20%)は超えるが、刑事罰が加えられる出資法の上限金利(年29.2%)以下の金利のこと。サラ金やクレジット(キャッシング)、商工ローンの多くは、このグレーゾーン金利で営業している。グレーゾーン金利に関しては、貸金業規制法第43条に一定の要件を満たすことを条件に利息制限法の制限金利超過部分も有効な金利とみなす「みなし弁済規定」があるが、最近最高裁判所は立て続けにみなし弁済規定」の適用を否定する判決を出している。「みなし弁済規定」の適用が認められなければ、利息制限法の制限金利超過部分は元本に充当され、その結果過払い金が生ずれば、債務者過払い金の返還請求ができることになる。

政治家に金をばら撒くサラ金業界

金貸しがいかに儲かるかっていうのは、アメリカのフォーブス誌が昨年6月に発表した「日本の富豪40人」を見れば分かる。ほとんど上位は金貸しです。ベストテンの中で、2位がアイフル(注2)社長、3位が武富士前会長、5位がアコム会長なんですね。6位、7位はパチンコ屋。ホリエモンが40位ですよ。ソフトバンク社長の孫さんが9位ですから、サラ金はIT企業よりはるかに儲けてるわけです。なのにもっと儲けたいと思ってるわけですよ。

注2 アイフル──4月14日、金融庁はアイフルに対し、強引な取り立てなどの違法行為を行っていたとして、全店舗(約1900店)の業務停止命令処分を下した。かわいい子犬のCMで企業高感度は常に上位にランクされていたが、その裏ではやはりひどい取り立てが行われていた模様。上場している消費者金融会社が全店舗を対象とした業務停止命令を受けるのは初めて。これまで宇都宮弁護士が取り組んできた、貸金業の高金利の引き下げ運動も少なからず影響しているだろう。

サラ金業界は、政治家に金をばら撒いて、出資法の上限金利を年29.2%から年40.004%へ引き上げる、みなし弁済規定の要件を緩和して、グレーゾーン金利を確実に取れるようにする、ということを当面の運動目標とするとともに、将来的には金利規制を撤廃し、金利を自由化させようとしてるんです。金利規制が撤廃され、金利が自由化されれば、年数100%、数1000%のヤミ金も合法化されることになる。だから、サラ金から金もらってる議員がものすごく多い。サラ金業界寄りの国会議員が多い自民党はもちろん、野党の民主党も含めてね。だから昨年の衆院選で自民党が圧勝しちゃったんでね、状況は非常に厳しいかなと思ってたんですがね。

僕たちは世論に訴えてクレジット、サラ金、商工ローンの高金利の引き下げを実現するために、金利引き下げ100万人署名運動に取り組んだり、地方議会に対し金利引き下げ決議を求める請願運動を行ってるんです。

※画像:宇都宮弁護士らが署名運動の際に使用しているビラ

だから僕は、まずクレジット、サラ金、商工ローン業者ににらまれてて、さらに、ヤミ金、暴力団、オウムとか統一教会などのカルト宗教団体、整理屋とか整理屋と提携する悪徳弁護士とか、もう各方面に敵がいっぱいなんですよ(笑)。

圧力ばかりではなく誘惑も多い しかし絶対に応じない

それだけ敵が多かったら圧力や脅迫も多いだろうって? これまでヤミ金業者が僕の事務所に「ヤミ金を代表して宇都宮を殺してやる!」という電話かけてきたり、右翼団体の大物から「悪徳弁護士・宇都宮の責任を追及する」という電話がかかってきたり、整理屋グループから僕を誹謗中傷する文書を撒き散らされたりしたことがありますが、圧力や脅迫といってもその程度のことです。まだ銃弾を撃ち込まれたり、直接暴力を振るわれるといったような実力行使をされたことはありません。

僕は1999年10月に「腎臓売れ、肝臓売れ、目ん玉売れ」という取り立てをした商工ローン業者の日栄(現ロプロ)の元社員を恐喝未遂罪で警視庁に刑事告発(注3)したり、2003年6月に武富士の武井保雄元会長を電気通信事業法違反(盗聴)で東京地検に刑事告発(注4)しているのですが、このときも特に圧力や脅迫は受けていません。

圧力や脅迫とは別に、誘惑や懐柔などの働きかけを受ける場合もあります。財務省(旧大蔵省)の幹部となった東大の同級生や企業の顧問をしている弁護士などから大手サラ金会社や商工ローン会社社長がぜひ会いたいと言っている、会ってみないかというような話が来ますが、すべて断わっています。会うようなことは絶対にしない。

なぜかというと、大手サラ金会社の社長のような人間は苦労して叩き上げられてるから、個人的に会えば魅力的なところもあるかもしれない。全部が全部悪人じゃないですから。だから会えば情が移るかもしれない。そうなるとサラ金や商工ローンの責任を追及する矛先が鈍ることになる。だから会わない。会うこと自体が問題なんですね。

それから、銀行の顧問をやってくれないかという話もありますが、これも全部断っています。僕は借りてる方の味方だからね。多重債務者の中には銀行から借りている人もいるわけだから。またほとんどのメガバンクがサラ金・クレジット会社と手を組んでる(注5)でしょ。

注3 腎臓売れ肝臓売れ目玉売れの日栄──中小企業相手に高利で金を貸し付けていた日栄の社員が、債務者や保証人に対して脅迫的な取り立てを行い、1999年に恐喝未遂で逮捕された。その取り立てはすさまじく、「金が返せないなら、腎臓売れ、肝臓売れ、目玉売れ」などと債務者を追い込み、多数の自殺者を出した。

注4 武富士の会長の盗聴事件──大手消費者金融・武富士が2000年12月から2001年2月にかけて、同社の批判的な記事を書いていたジャーナリスト宅を盗聴していた事件。当時会長で盗聴を指示した武井保雄は懲役3年、執行猶予4年、盗聴を探偵事務所に依頼した元課長の中川一博被告は、懲役3年、執行猶予5年、盗聴を実行した興信所の経営者は懲役1年6月、執行猶予4年、2名の社員経営者はそれぞれ懲役1年、執行猶予3年の有罪判決が出ている。

注5 ほとんどのメガバンクがサラ金・クレジット会社と〜──三菱UFJフィナンシャル・グループはアコムと、三井住友フィナンシャルグループはプロミスと業務・資本提携、みずほ銀行とオリコ、住友信託銀行とアイフル、東京スター銀行と武富士など、銀行とサラ金・クレジット会社の提携は枚挙に暇がない。

僕は借りてる側の味方 流儀に反する仕事はしない

それから、豊田商事事件では中坊公平さん(注6)と一緒に仕事をしたんですけど、日弁連の会長を務めた後、中坊さんは住専管理機構の社長になりましたよね。住専管理機構って何かというと、住宅金融専門会社の不良債権の回収機構ですよ。今は整理回収機構になってる。当時、マスコミはかなり持ち上げたんです。僕は銀行の不良債権を取り返す組織を何でそんなに持ち上げるんだろうと思ったんですけど。マスコミで取り上げるべきは、豊田商事事件や森永砒素ミルク事件や豊島のゴミ問題とかだろうと。

そのとき中坊さんから住専管理機構の仕事を手伝ってほしいと言われたんですけど、断りました。取り立てる組織の手伝いは僕にはできなかったんです。それはもちろん流儀に反するからね。

注6 中坊公平──元日本弁護士連合会会長(1990年〜1992年)。森永ヒ素ミルク中毒被害者弁護団団長、豊田商事破産事件破産管財人、産業廃棄物不法投棄・豊島事件弁護団長を務めるなど、弱者救済、社会悪撲滅に尽力。豊田商事事件では被害者のために、国税庁から一度徴収された所得税を取り返すという離れ業をやってのける。しかし1996年に住宅金融債権管理機構社長、1999年に整理回収機構社長に就任。取り立てる側へとスタンスを変える。さらに2001年には、不適切な債権回収を行っていたことが判明、2003年に弁護士の登録取消届を提出し、2005年11月11日に受理、正式に弁護士廃業が決まった。

現在も宇都宮弁護士が扱う事件はサラ金、悪徳商法などの消費者被害のみ。事務所に駆け込んでくる多重債務者やホームレスの救済、新しい法律の立法運動、学校での講演、事務所の経営——宇都宮弁護士の仕事は多岐に渡る。しかも報酬は少ない。しかし宇都宮弁護士は言う。弁護士になってよかったと。あのとき田舎へ帰らなくてよかったと。

弱者を守ることが弁護士の使命

こんなふうにサラ金で苦しんでいる人がたくさんいるのに、自己破産のこととか、利息制限法のこととか、どこに相談すればいいのかとか、全く教えてないのが日本の現状なんです。

本来、弁護士っていうのは、弱者を守るために存在しているんですね。弁護士法の第一条に、「弁護士の使命は基本的人権の擁護と社会正義の実現」っていうのがあるんですけど、この「人権」ってのは、強者とか裕福な人は自分で守れるんです。自分の権利を自分で守れない人びとの多くは社会的・経済的弱者でしょ。だから弁護士は、彼らの味方にならなきゃいけない。そういう人びとの声を代弁することが、弁護士の使命なんです。

だけど、なんのために弁護士をやってるか、そこを履き違えている弁護士が多すぎる。サラ金会社の顧問やったりね。ある弁護士なんて、176社も顧問やってね、顧問料月20万以下のところは受けないとか豪語したりね、豊田商事みたいな悪いことやってる会社の顧問をやって、月500万くらい顧問料もらっていた弁護士もいたね。でもそんな連中は弁護士とは言えないね。

弁護士だから別荘を持たなきゃならない、高収入で当たり前とか、そんなのとんでもないことなんだね。そういう弁護士が多くなったら困りますよね。

だから弁護士で金儲けてるのは、問題がある弁護士が多い。本来、弁護士とはあまり儲からない仕事なんです。よくテレビに出ている弁護士がいますが、あれが弁護士の典型と思ったら大間違いなんですよ。

仕事そのものが社会性を帯びている

弁護士という職業のいい点は、仕事そのものが社会性を帯びてるってことですね。普通の企業の人は、僕がやっているような社会的活動をしようと思ったら、通常の仕事以外の時間帯でやるしかない。その点、弁護士は、多重債務問題、豊田商事事件、KKC事件、オレンジ共済事件などの消費者被害の救済をやることが、事務所経営=生活に直結してるんです。もちろんお金はたくさんもらえないけど。

だから今から思えば、すごく、弁護士になってよかったと。あのとき、田舎へ帰ってみかん農家を継がなくて、弁護士を続けとってよかったなと思います。すごくやりがいがある仕事だなと。今はね、やっとってよかったなと思います。

人の命がかかっている事件
被害者からのお礼の手紙が励みに

仕事のやりがいを感じるとき? 当時も今もそうですけど、いろんな弁護士が取り扱う事件でね、生死がかかってるのは、そんなにないんですよ。ところが、サラ金、ヤミ金、商工ローンなどの取り立て問題は、一家心中とか夜逃げとか、ざらにあるんです。僕ら弁護士が介入することで、夜逃げをせずにすんだり、自殺を思いとどまったりする、そういう事件なんですね。

多重債務者の依頼者から「先生のおかげで、初めて子どもたちと静かに夕飯を食べられました」とか「家族みんなで穏やかな新年を迎えることができました」っていう手紙や年賀状を受け取ることがありますが、このようなことが仕事のやりがい、励みになってますね。

また、僕のこういった活動に対して応援してくれたり、期待してくれている人がいることもやりがいにつながってます。「頑張ってください」といったメッセージを頂くととても励みになりますね。その数が多くなくてもいい、たった1人でもそういう人がいたらすごく励まされるんですよ。だからこういったインタビューとか、講演とかお呼びがかかればどこでも行きます。講演には高校とかホームレス支援のNPO団体とか、最近は労働組合も多いし、地方自治体の消費者センターとかにも行ってます。

最近はマスコミからの取材も多く、先日NHKの番組に出た(注7)んですが、その直後からパニック状態になってます。問い合わせが多くて。あれから毎日、事務所の6本の電話がほとんど埋まっている。その相談も、ヤミ金の問題もそうだけど、人生相談的なものも殺到してます。例えば進路問題とか相続問題とか、いろんな精神的な悩みとかですね。「先生、助けてください」っていう手紙がたくさんきてるんですね。本当は回答を書かなきゃならないんですけどね、今忙しくて全部には回答できないんですよ。それから、宇都宮という同姓の弁護士が他にもいて、間違って手紙や電話が行ってるみたいなんです。向こうにしてみれば迷惑な話ですけどね(笑)。

また、自分の会社の顧問弁護士になってくれっていう依頼も来てますけど、それは受けないです。例えばエステの会社とかね。トラブルがあれば僕は利用者側・消費者側に立つ弁護士ですからね。また、そこまでやらなくても、今は食ってはいけますからね。

あとね、北海道の知床半島の羅臼の魚屋さんから、「テレビ見て感動したからカニを送りたい」ってFAXが送られてきました。もちろん気持ちだけありがたくいただきますってお断りしましたけどね(笑)。

注7 先日NHKの番組に出た──2006年2月7日に放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀/第5回 仕事も人生もやり直せる』

人間は他人のために頑張れる
相談者は他人事とは思えない

こういう仕事をずっとやってくうちにですね、「人間っていうのは、他人のために頑張れる側面がある」ってことに気がつきましたね。人間って、他人のためになにかをしてあげることに喜びを感じる生き物というか、非常にすがすがしい気持ちになるんですね。金をたくさんもらって悪いことするより、金がなくてもいいことをやる方が、精神的には楽ですね。

頼ってくるサラ金被害者も他人事とは思えないんですね。ウチのいとこやはとこも中卒で集団就職してるし、農家の人はね、出稼ぎをよくやってたわけですよね。司法試験に受かった直後に一カ月ほど山谷のドヤ街に住んでいたこともあるんですが、地方から出てきて出稼ぎやって田舎に仕送りしてる人がたくさんいるわけです。そういう人が一部多重債務者になってる。だから、自分の親父みたいな人が相談に来るわけですよね。どうしても助けたいと思いますよね。

でも自分のためには強いことは言えないんですよね。僕は弁護士になってしばらく、賃貸マンションに住んでたんですけど、そのときに大家さんの子どもが結婚するから出て行ってくれと言われたんですね。普通ならですね、明け渡しの正当理由がなければ法律的には出て行かなくていいんですよ。だけどそんなこと言えないですね。人のためなら平気で言えるんですが。で、「大家さん、長い間お世話になりました」と、素直に出て行って(笑)、今の中古のマンション買ってすぐに引っ越しましたけどね。

自分のことは置いといて、ひたすら弱者のために戦い続ける宇都宮弁護士。彼にとって仕事とは何か? 何のために、誰のために働くのか──? その根底にあったのはやはり父の後姿だった。

行きがかり上始めたのがよかった
12年間のイソ弁時代が貴重

とにかく弁護士としては、目の前の人を助けてればいいというんじゃなくて、社会全体の仕組みを変えるというようなことをやらなければならないんですよ。個人の力には限界があるし、もっと多くの人を助けることができるでしょ? そういうことを誰かがやらなければならない。政治家も官僚もあてにならないから、我々弁護士がやるしかない。ただそれだけのことです。

今思えば、サラ金問題も行きがかり上やり始めたというのがよかったと思いますね。最初から気合を込めて「人のため、正義のため」なんてじゃなくて、長らく仕事がなくて苦しい、喫茶店に入ってね、マンガばっかり読んでた。スケジュール帳はまっ白、やることがない。食いブチがなくて、やむにやまれず弁護士会に相談に行ったらサラ金事件にめぐりあった。頼りにしてくれる人がいて、感謝されてやりがいある。それはまさに、大学のときに自分がやれたらいいなと思っていた事件だったんですね。やりがいのある事件に初めて出会った。それで何とか飯を食っていけると。

今から思えば、2つの事務所でイソ弁やってた12年間というのは極めて重要な体験でしたね。もし最初から大きな法律事務所に入って、商売上手で順調に5、6年で独立していたら、サラ金事件はやらなかったと思うんですね。僕が落ちこぼれ弁護士だったからこそサラ金事件に出会えた。

それから、出会うタイミングもよかった。最初にサラ金問題をやったから注目されたという面はありますね。サラ金事件に出会うのがもうちょっと遅れてたらどうなっていたかわかんない。一番最初にやったから注目された。またちょうどいいときに本を書かないかという話がきた。その本が爆発的に売れたから資金的にも助かったし、サラ金被害者が相談に来るようになった。それがなかったら、独立してもすぐに経営が立ち行かなくなったでしょうしね。だからタイミングとか、運とか、いろんな人との出会いとか、そういう偶然ってのは重要な要素だなと思うね。

確実にいえるのは、サラ金事件との出会いが、かなり僕の弁護士人生を変えてきたということですね。それ以来弁護士を辞めたいと思ったこともないですね。いずれ身体が動かなくなったら辞めざるをえないでしょうけどね。

プロ意識なんてないし 天職だとも思っていない

NHKの番組に出たときに、「プロフェッショナルっていうのを一言で言ってください」っていわれて、なんか最後きれいにまとめようとしてるなと思ったんだけど(笑)、自分がプロだと思ったことはないんですよね。弁護士の資格をもつ者として、自分は弁護士だと思ってるってだけですね。弁護士という職業を選んでいるということはあるけれども、プロという意識はないってことだね。

じゃあ今の仕事を天職だと思うかって?いや、それもないですね。ただ、今やってるような仕事は、僕に合ってるんじゃないかとは思いますね。

じゃあ何のために働くかって?仕事は、まずは自分が生きてくためにしなきゃならないですよね。それから、家族を養うため。ただ、そういうのも冷静にみればみんな社会的につながってるんですよね。

でも、僕はそもそも働くことに意味なんてなくてもいいと思うんです。とにかく人に迷惑をかけないで、一生懸命働いて、自分が生活できて家族を養えられれば、それだけでとても立派なことなんですよ。プラス、少しでも社会の役に立つ、そういうことができれば上出来だと思うんですね。

日本を支えているのは 名もなき大多数の人間

例えば僕の親父は名もない人間だけどね、青春時代を戦争ですごして、戦後は家に帰って、家族を養うために、40歳になってから開拓に入って黙々と山切り開いて、今みかん農家をやってるんですね。今年90歳になるんですが、まだ元気でトラックぶっ飛ばしてます。そんな親のおかげで僕は大学まで行けたし、弁護士にもなれた。そういう親父のような人間、生き方こそが尊重されなきゃならないと思うんです。

僕が東大に入ったときは東京の日比谷高校とか麻布とか開成出身の生徒が多くて、田舎から来た人はみんな、自分の家が農家出身だとか漁師だということにコンプレックスを感じている学生が多かった。でも僕は自分の家は農家だと堂々と言った。なぜかというと、田舎にいたら、芋つくりがうまい、麦つくりがうまい、スイカつくりがうまい、あるいは魚釣りがうまい、というのがたいへん名誉なこと、誇りなんですよ。あるいは海では速く泳げるなんて全然自慢にならなくて、それよりも海に深く長く潜って、タコやサザエを獲れることの方が重要なんですね。

僕の親父は魚釣りや芋作りが上手だと皆から褒められていた。僕はそんな親父をとても誇りに思っていたので、農家出身であることに全くコンプレックスを感じなかった。

だから農業や漁業を一生懸命やってる人が軽視されるような世の中ではダメなんですね。そういう人たちのおかげで我々は飯を食えてね、魚食べて生きていられるわけだからね。別に年に何十億も稼げる人間が偉いわけでもなんでもないんですよ。そこのところを、今の日本人は履き違えてるんじゃないかと思うんですね。

圧倒的多数の一般の人は、「功なり名を遂げるために」じゃなくて、黙々と働いている人なんですよ。そういう一人ひとりの名もない人間がいて、日本の社会が成り立ってるんです。そういうことこそが尊重されなきゃいけないし、それこそ立派な仕事なんですよね。

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