キャリア&転職研究室|魂の仕事人|第8回四国アイランドリーグ代表 石毛宏典さん-その1-日本の野球界…

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魂の仕事人 魂の仕事人 第8回 其の一 photo
日本の野球界、日本の若者のために 独立リーグ立ち上げを決意 たいへんなことはたくさんあるけど つらいと思ったことは一度もない
  2005年4月29日、松山・坊ちゃんスタジアム。日本初の独立プロ野球リーグ「四国アイランドリーグ」が産声を上げたそのとき、石毛宏典代表は感激に震えていた。プロ野球選手として輝かしい成績を残した男が、なぜリーグ経営という厳しい道を選んだのか。その核心に迫った。
四国アイランドリーグ代表 石毛宏典
 
立ち上げのきっかけは
メジャーへのコーチ留学
 
石毛宏典氏photo

 四国アイランドリーグを立ち上げようと思ったのは、現役を引退した翌年、97年にアメリカメジャーリーグのドジャースへコーチ留学したのがきっかけでした。

 そのときに、アメリカにはメジャーリーグとは別に、「独立リーグ」というものがあって、その中で多くの若者がメジャーを目指して頑張っているのを知りました。中には日本人の若者も大勢いたんですね。彼らは言葉や経済の面で苦労してでも野球を追い求めたいという、ひたむきな情熱を持っていました。

 でも大人たちの中にはそんなひたむきな若者を食い物にして金を巻き上げようとする輩もたくさんいたんです。そういう事実を目の当たりにして、もしこういうプロへの橋渡し的な役割をもつ独立リーグが日本にあれば、何もアメリカまで来ることはないし、野球でメシを食いたいという若者を救えるなぁと思ったんですね。

 プロ野球に入れる若者は毎年わずか100人。野球をやりたいけれどもそういう場がないというたくさんの若者のために、アメリカ的な独立リーグを日本で立ち上げてみたい。若者がプロ野球を目指すという夢のチャレンジの場を作りたいと思うようになったんです。同時にその指導者として日本のプロ野球界のOBの雇用を図れないかなとも考えていました。

 とにかく日本の野球界をなんとかしたいと思ってたんです。

 当時、プロ野球界は一流選手がメジャーにどんどん流出するという流れがますます加速して、スターの不在で人気が落ち始めていました。また、日本のプロ野球界への人材の供給源である社会人野球が、バブル崩壊など経済情勢の悪化で衰退し始めたんですね。プロへの輩出源、作り出す環境が少なくなってきていると。

 そういう中で独立リーグを立ち上げて、もう一度、プロ野球のOBによる指導を与えることによって、新しいスターを発掘し、育ててプロ野球に送り込んで、また次なるスターを生み出し、そのスターを見にプロ野球ファンが球場に足を運び、視聴率のアップや増員につながっていくんではなかろうかと。そういった野球人による野球人の育成機関が絶対必要だろうと思っていましたんで。

 私自身、野球にしつけれらた、あるいは野球によって助けられたっていう、今までの野球に対する恩義があったものですから、お世話になった野球界が衰退していくのを黙って見過ごすことはできなかったんですね。

 そしてもうひとつ、野球界だけじゃなく、「日本のためにもなるんじゃないか」とも考えてました。どういうことかというと、企業スポーツの衰退が団体スポーツの衰退につながっていくわけですね。団体スポーツが衰退していくと、縦社会の中で培われていく、人間的なしつけ、礼儀、連帯感、そういうものが薄れてくる。

 こういうことが近年の若年層の社会事件の急増の一因にもなっているのではなかろうかと。口幅ったい物言いになりますが、もう一度団体スポーツが栄えることが日本の世直しにつながるだろうと思ったわけです。

アメリカから帰国した石毛氏は日本での独立リーグの可能性を模索するべく、早速調査に入った。石毛氏が白羽の矢を立てたのは自身とは縁もゆかりもない四国だった。2004年4月自ら私財を投入し運営会社IBLJ(インディペンデント・ベースボールリーグ・オブ・ジャパン)を設立、代表取締役に就任。9月末に四国4県4チームによるプロ野球独立リーグ、四国アイランドリーグの設立計画を発表した。
つらいと思ったことは一度もない
 
石毛宏典氏photo

 まず四国は野球熱が高い土地柄であるということ。甲子園でも上位の常連ですし、数多くの優秀な野球人を輩出してますからね。そして近年道路も整備され、交通の便もよくなっている。これらのことから独立リーグを四国に創ることを決めました。

 スポンサー集め、球場の確保、選手、監督、コーチ集めなど、立ち上げまでは何かとたいへんでしたが、つらいと思ったことは一度もなかったですね。自分がやりたくてやってることですからね。

 一番たいへんだったのはスポンサー集めですね。これは現在でもたいへんなのですが。私は立ち上げるに当たって、行政や企業を回ったんですが、「お金をください」という言い方をしなかったんですね。どう言ったかというと、「四国のために、若者のためにこれこれこういうことをやりますんでご支援ください、ご協力ください」と言ったんです。こういうものを立ち上げると、いくら寄付金くださいとか、そういうのが常らしいんですが、石毛は一度も俺たちに金を出せと言わなかったと、ある県知事さんが言ってくれた。それだったら行政も同じ気持ちにになって動いてやろうと思っていただいた、というのも聞いてます。

 企業に対しても同じで、「スポンサーとなってくださる方にどういうメリットがあるのか」ということに加え、「四国にとってどういうメリットがあるのか」をアピールしました。

選手のために
四国のために
 

 ただ単に、「野球好きが四国に来て野球をする」、また、「プロ野球に送り込むリーグ」というだけでは納得いただけないだろうと思ってましたから。プロ野球を目指すリーグではありますが、実際にプロに行ける人間はごくわずか。そのほかの大部分はプロ野球に行けなかったら野球を断念せざるを得ないリーグです。そこで、断念した人間が四国のために貢献できるシステムを作ろうと考えたんです。

石毛宏典氏photo

 クビになったうちの選手が、四国にとどまって、四国のために貢献しましょうよと。とくにこれから少子高齢化になって、さらに若者がどんどん大阪や東京に出てしまう。そういった若者の代わりに、足りない労働力をうちの卒業生で補っていきたいと。四国は海に囲まれて漁業もあるし、山もあって、農業・林業もあるわけですから、そのへんをうちの選手、あるいは野球をやりたいという人間を四国に全員あつめて、そこに労働力として派遣をし、野球もさせていくと。

 プロ野球を断念した若者の第二の人生と、労働力不足に悩む四国の農業、漁業や企業の両方の問題を解決できればと。そういった仕事の斡旋、紹介も含めてやっていこうと。

 そういうスポーツマンシップを持った若者が四国に集まって、四国を変えていくっていうかね、街づくりなり、地域社会を構築していくなり、そんな形で貢献できるようなものを作っていきたいとお話させていただくと、そういうことは非常にいいことだ、と企業の方のご賛同を得られたわけです。結局、野球のみならず、四国全体の今後のビジョンを語ったのがよかったのではと思っています。

 実際に、今オフ、うちの選手をキャリアサポートという地元の企業を通して、農業関係に受け入れてもらっています。

 選手も就業体験を積むことによって、社会のルールなり、今流れている社会の風を感じることができるでしょうし。あるいはまた、職場で2カ月も3カ月も働けば他の社員と友達関係、仲間になります。すると「仲間が出る試合を見に行ってやろう」と球場に足を運んでいただける可能性も高まりますよね。そんなふうに、観客動員にも結びつけばいいなと。

それまで西武黄金時代のリーダーを務めるなど、野球界でスター選手の名をほしいままにしてきた石毛氏だが、2005年4月からは一転、日本プロ野球機構とは全く別の、今までにない新しい独立リーグを立ち上げ、運営していかなければならない「経営者」となった。石毛氏に決断させたものはなんだったのか。
経営のプロならできなかったかも
何でもやりながら覚えていく
 
石毛宏典氏photo

 逆に経営に関してはズブの素人だったからよかったと思ってます。どういうことかというと、こういった事業はそろばん勘定ではとてもできない、と二の足を踏んでしまう人がたくさんいると思うんです。事業や経営が分れば分るほど、この事業は採算が合うのかと考えると、どうもこれじゃ合わないと頓挫してやめてしまう。

 僕の場合、そういう経営の感覚がなかったから、「こういうリーグは、今の野球界の現状から見たら、絶対必要だろう!」「何で必要なものを立ち上げないんだ」と。ある意味では、夢や理想を語ってきたわけですね。その語るものが、訴えるものが、情熱だとかアツイとかそういう表現に代わっていったのかもわかりませんけれど、そういったことを語ることによってそれを絵にしてビジネスモデルとして考えてくれる人が出てくるんですよね。

 今はそういう夢や理想を語る時代だと僕は思っているんですね。で、実際、動き始めると、いろんな企業が絡んでくる。とくに広告代理店とのやりとりでは、プロモーションを起してく、こういう項目が必要で、こういう単価で、合計いくらという予算が出てくるわけだけど、その予算が妥当なのかどうか僕にはわからない。見る人が見れば、このくらいの料金で妥当、高い、安い、そういったものが分かるんでしょうが、僕には皆目分からない。

 ウチは金がなくてスタートしたわけですから、全部高く見えたんですよ。で「どう思われますか?」と聞かれたときに「わからない、時間をくれ」と。その場で決断できなかったんですね。「高いからもっと安くしろ」という交渉もできなかったし、これでいいでしょうという即答もできなかった。ただ、いろいろと知恵をつけてくれる人、ぼくの周りに部下としてついてくれる人、彼らと、相手先というか企業さんとのやり取りに出て、いろんなことをその都度経験しながら学んできたというのが実情なんですね。

 知らないことはなるべくそういう席に同席して、話を聞いて、覚えていくと。発想としては金はないから、なるべくコストのかからないようにやれ、と指示してきたんですが、それで最初の方は結構いろいろとトラブルになったこともありましたね。まだまだ、っていうか、それはそれで仕方がないな、と。野球だけやってきた人間がいきなりバランスシートとか言われても分かるわけがないし、おいおい、それは自分で身につけていこうと思っています。

構想から2年あまり。寸暇を惜しんで走り続けてきた石毛氏とスタッフ。それが形になる日が来た。2005年4月、四国アイランドリーグ開幕戦のグランドに立つ石毛氏の目には光るものがあった。
無事こぎつけた開幕戦
「石毛、ありがとう」に男泣き
 

 開幕戦の時はですね、その5日前にヤクルトが来たんですが、プロ野球が来てもチケットが売れなかった。古田(敦也)がちょうど2000本安打を達成したときでしたけれども、それでもキャパ3万人のグランドに1万8000人とかだったんですね。それだけに、こんなレベルの低いアイランドリーグの開幕にどれだけ人が来てくれるんだろうと。いろんな人がいろんなことを言ってたんですね。「まあ3000人来ればいいんじゃないか」とか「5000人は来るんじゃないか」とか、いろいろ言われていたんですけれども、当日7000人来てくれたんです。特に1塁側のほうは、満杯に見えたんですね。その光景を見た時に「ああ、これだけの人が来てくれたんだ」と。ありがたいなあという気持ちでいっぱいになりました。

 スタンドから「石毛ありがとう」という言葉が出たときはうれしかったですね。「四国にこういうリーグを立ち上げてくれてありがとう」ということでしょうから。四国もたくさんの優秀な野球人を輩出している野球どころでありながら、地元の人がこんなことはやってくれなかったと。その言葉を聞いて込み上げてくるものがありましたね。

2005年4月に開幕した四国アイランドリーグは10月16日に180試合の全日程を終了。目標の観客動員数はクリアしたが、収支は赤字に終わった。しかし、本来の目的であるプロ野球へのステップアップは、2名の選手が実現。しかし石毛氏は一番の収穫はそれ以外のところにあると語る。
05シーズンを終えて
最大の収穫は不祥事ゼロ
 
石毛宏典氏photo

 おかげさまで一年間無事シーズンを終えることができましたが、一番の収穫は不祥事がなかったことですね。ウチに来る人間は四国4県に18から25まで100人いますが、誰一人として事件・事故を起こすヤツはいなかった。人間育成、野球の若者の育成ってものに関してはそこそこの成果はあげられるという手ごたえは感じています。選手自身も十二分に自分を律して行動した結果だと思うんですが、そういったスポーツマンという資質をもった若者が地元の人からも、さわやかだね、礼儀正しいね、という評価をいただいて、受け入れられつつあると感じています。

プロにも計2人、育成枠で行った(注1)んですが、まあ、どんな形にせよプロに行けた、送り出すことができたという実績をアイランドリーグに作ることができたのも収穫といっていいでしょう。うちの若い選手や社会人で野球をやっている若者にとっては、「ああ、あのリーグに行けば、一年でもプロにいけるんだ」そう思わせることができましたからね。ウチの選手も、「昨日まで一緒に戦っていた友達がプロにいった」という事実は励みにもなるし、モチベーションが高まっていくでしょうしね。まあ、楽観はしていませんが、ポジティブに考えればそういう捉え方もできるだろうと。

 ただやっぱりわれわれフロント、あるいは監督、コーチ連中としては、やっぱり11月18日の正規のドラフトに誰も声がかからなかったということは、我々自身の頑張りが足りなかったと反省しています。

 昨シーズンだけのトータルの達成度でいえば、3割、4割くらいでしかないでしょうね。課題も反省点もたくさんあります。

 ですが、また来期も四国アイランドリーグをやっていけるということを考れば、6割くらいは行けたんではなかろうかと。その2割3割のプラスアルファというのは、地元の方々にようやく認知されてきまして、行政をはじめいろんな団体が「来期はもっと支援しよう、支えていこう」と言ってくれるようになりました。シーズンオフはスポンサー獲得活動をしていますけど、いろんな形で寄付やサポートをしてくださる方が増えているので、これまで足りなかったところ、スポンサーや興行的な収入が、来期は相当厚みを増していけるような手ごたえは感じています。

 やっぱり協力やスポンサードのお願いは可能な限り私が直接行って話しをします。新聞、雑誌等じゃわからないことがたくさんある。じかに膝を突き合せて話をさせていただいた方が、我々の熱意も伝わりますからね。

(注1 プロにも計2人、育成枠で行った) 2005年12月1日の育成選手ドラフト会議で、愛媛マンダリンパイレーツの西山道隆投手が福岡ソフトバンクホークスから、中谷翼選手が広島東洋カープからそれぞれ指名され、正式に入団した

ありがたかった
地元の人びとのバックアップ
 

 シーズン中は僕含め、選手、監督、コーチも、自らグランドを整備し、線を引き、水をまき、終わったら球場をきれいに掃除して帰るんですが、それを見た地元の方々も「俺たちも手伝ってあげるよ」ってたくさん集まっていただいて。もちろんボランティアです。愛媛県では坊ちゃんスタジアムをメインにやっていたんだけれども、何試合かは地方で試合をしたんです。そういったときに「ウチでやれ」といって誘ってくれたんですね。で、その声をかけていただいた方たちが「誘った手前、協力するから」といってボランティアでいろいろと盛り上げてくれたんです(注2)。地方開催は地元の方々の手弁当で行われてきたんですよ。

(注2 ボランティアでいろいろと盛り上げてくれたんです)
昨年5月には、宇和島市で建材会社アリックスを経営する有間義恒さんの熱心な誘致活動で、宇和島大会が実現。有間さんは40人のボランティアスタッフの仕切り、試合のPR活動、チケットの販売など地元側のリーダーとして活躍。街を挙げてのイベントとして大会を大いに盛り上げる原動力となった。今シーズンは7月22日、23日の宇和島大会誘致を実現。「やっぱり四国のリーグですから、県庁所在地だけではなしに、それ以外の市町村でも開催しないとダメだと思うんですよ。今年は7月22日の夜に行われる宇和島祭りの「がいやカーニバル」に、愛媛マンダリンパイレーツの選手がユニホーム姿で参加します。去年より地元密着型のイベントとして大いに盛り上げますよ」(有間氏)。今年の大会も気合十分で臨む。

 こんなふうに、地元の方々の協力はしみじみありがたいなぁと感じますね。みんなで四国リーグを盛り上げよう、街を活性化しようという意気込みがうれしいですね。

 

まさに身体を張って四国アイランドリーグを立ち上げ、運営してきた石毛氏。次回はスター選手として輝かしい実績を残したプロ野球選手時代の光と影についてアツく語っていただきます。乞うご期待!

 
2006.2.6 リリース 1 大変な仕事だけど つらいと思ったことはない
2006.2.13 リリース 2 プロは回り道だったけど やりたいことにつながった
NEW! 2006.2.20 リリース 3 仕事は自分以外の誰かのため いばらの道も赤じゅうたん

プロフィール
いしげ・ひろみち

1956年9月 千葉県旭市生まれ。少年時代から野球を始め、銚子高校時代は決勝戦で破れあと一歩のところで甲子園を逃す。大学進学は難しいと考えていたところ、駒澤大学野球部の太田監督が両親を説得、駒澤大学に進学。主将を務め、東都大学リーグ1部でチームを5度の優勝へ導く

1979年 
プロは念頭になく、プリンスホテルに入社。80年世界選手権にショートで出場。2位となる。ちなみにこのときのサードは原辰徳

1981年 
ドラフト会議で西武ライオンズと阪急ブレーブス(当時)から1位指名。西武へ入団。23年ぶりの新人3割打者となりパ・リーグ新人王を獲得。以後11回のリーグ優勝、8回の日本一に貢献。西武ライオンズ黄金時代のチームリーダーとして活躍。個人でもリーグや日本シリーズのMVPやゴールデングラブ賞など数々の賞を獲得。94年には球界3人目の2億円プレイヤーとなった。

1995年 
福岡ダイエーホークスに移籍

1996年 
現役引退

1997年 
アメリカメジャーリーグ・ドジャースへコーチ留学

1998年 
福岡ダイエーホークス二軍監督

2002年 
オリックスブルーウェーブ(当時)から要請を受け監督に。翌年シーズン半ばで監督解任

2004年 
四国アイランドリーグの運営会社「株式会社IBLJ(インディペンデント・ベースボールリーグ・オブ・ジャパン)」を設立。代表取締役に就任

2005年4月 
四国アイランドリーグ開幕。10月、全180試合の全日程を終了

2005年12月 
育成ドラフト会議でプロ野球から2名の選手が指名。正式に入団が決定


●通算成績
出場試合数1796
打率 2割8分3厘
本塁打 236本
得点 847

1981年 パ・リーグ新人王
1986年 パ・リーグMVP
1988年 日本シリーズMVP
リーグ優勝 11回
日本一 8回
ベストナイン 8回
ゴールデングラブ賞 10回
オールスター出場 14回


四国アイランドリーグ
従来のプロ野球機構(NPB)とは一線を画した、日本初の独立プロ野球リーグ。アマのプロへの登竜門、プロ野球OBの受け皿として設立。

四国四県、愛媛マンダリンパイレーツ、高知ファイティングドッグス、香川オリーブガイナーズ、徳島インディゴソックスの四チームで年間180試合を戦う。1年目のシーズンは高知ファイティングドッグスが2位に6.5ゲーム差をつけて優勝した。2位以下は徳島→香川→愛媛の順。登録選手は100名。年俸は204万。シーズンオフは仕事の斡旋も行っている。

★公式Webサイトはこちら

 
お知らせ
四国アイランドリーグ選抜
VS
読売ジャイアンツ2軍
交流戦開催決定!

 

3月18、19日、四国アイランドリーグ(4チーム)の選抜チームが読売ジャイアンツの2軍と交流試合を行います。石毛氏が育て上げたアツい若者たちの戦いぶりを見るチャンス。春の四国へ野球観戦に出かけませんか?

【読売ジャイアンツ(2軍) VS
四国アイランドリーグ選抜】

●開催日:3月18日(土)
●試合開始時刻:13時(予定)
●場所:徳島・県営鳴門球場
(徳島県鳴門市撫養町立岩字4枚61番地)
※主催:読売新聞社、報知新聞社

【四国アイランドリーグ選抜 VS
読売ジャイアンツ(2軍)】

●開催日:3月19日(日)
●試合開始時刻:13時(予定)
●場所:愛媛・西条ひうち球場
(愛媛県西条市ひうち1番地2)
※主催:四国アイランドリーグ

※問い合わせ先
●四国アイランドリーグ
TEL 087-825-9760

●読売新聞大阪本社
スポーツ事業部
TEL 06-6366-1833

 
お知らせ
 
魂の仕事人 書籍化決!2008.7.14発売 河出書房新社 定価1,470円(本体1,400円)

業界の常識を覆し、自分の信念を曲げることなく逆境から這い上がってきた者たち。「どんな苦難も、自らの力に変えることができる」。彼らの猛烈な仕事ぶりが、そのことを教えてくれる。突破口を見つけたい、全ての仕事人必読。
●河出書房新社

 
photo 今は「夢」や「理想」が必要な時代 そろばん勘定じゃ夢は語れない 今は「夢」や「理想」が必要な時代 そろばん勘定じゃ夢は語れない 今は「夢」や「理想」が必要な時代 そろばん勘定じゃ夢は語れない
インタビューその二へ
 
 

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