サラリーマンでいながら好きなことをやるためにもうひとつ大事なのは「バランス感覚」だよね。「距離感」って言い換えてもいい。個と、組織との距離感。
それを意識するようになったキッカケは、このインタビューの「其の二」でも言ってるけどエチオピアに行ったこと。2回とも日本に帰ってきて、居心地の悪さ、生きにくさを感じてた。日本の社会に完全に溶け込めないことがわかった。だからオレはいつの頃からか自分のことを「在日日本人」って自覚するようになった。アフリカへ行けば「在アフリカ日本人」だし、今は日本にいるから「在日日本人」。
でも普通はあえてそんなこと言う必要ないじゃない。普通の日本人っていうのは無意識に日本人でしょ。日本人であるということが当たり前だから、「日本人であること」を意識することがない。当たり前のことを、あえて自覚することが意識してるっていうこと。今、自分がどこにいるかってことを常に意識して生活してるんだよね。
オレは日本に対してもエチオピアに対しても距離感を持ってる。昔はエチオピア人になろうと必死だったわけ。どこまでエチオピア人になれるかが課題だった。帰ってきたら日本人になれるかが課題で。それで自分は両方なれないとわかったんだよ。完全なエチオピア人にも完全な日本人にもなれないと思った。自分は自分でしかないと思ったんだ。だから社会の中で生きるには、他者と距離感を持つしかない。どれだけ距離感を持つかで自分をキープするわけ。
常に自分の立ち位置に意識的であることによって、自分の輪郭がクッキリしてくるわけ。意識的なパスポートを持つようなもんだね。自分の身分証明。「あなたは何ですか?」て聞かれたとき「在日日本人です」っていうのがアイデンティティなんだよ。
自分の輪郭がはっきりしてくると、どんないいことがあるか。個人や組織との距離感がつかみやすくなるんだよ。
他者との距離を適度に取れると無用なトラブルを回避できるし、良好な個人、組織間の関係を持続させることができる。価値観が遠い人とは距離をおいて付き合った方が怒られないしケンカにもならない。価値観が近い人とも距離を縮めすぎないようにした方が良好な関係は維持しやすい。下手に仲良くなりすぎた人に限って、大げんかした場合「絶縁」になったりするじゃない。だから好きでもある程度距離をおいて付き合う。決して一体化しようとしない。そうすると全体的にうまくいくようになる。
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