キャリア&転職研究室|魂の仕事人|第6回新聞記者・作家 吉岡逸夫さん-その4-表現至上主義者にはなり…

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魂の仕事人 魂の仕事人 第6回 其の四 photo
仕事は食うため、家族のため 表現至上主義者にはなりたくない
いち会社員でありながら、本の執筆や映画の撮影など自由に表現活動を展開しているように見える吉岡さん。しかし本人いわく、理想のサラリーマン像を追求した結果なのだという。吉岡さんにとって報道という仕事とは、究極のサラリーマンの姿とはどんなものなのだろう。
新聞記者・ノンフィクション作家・ドキュメンタリー映画監督・写真家 吉岡逸夫
 
必要なのは「熊祭り」
 
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 そもそも報道って仕事は立派なもんじゃなくて、他人を傷つけるというか……なんていうのかな……人の不幸の上に成立している部分があるよね。

 人間って生きるために動物や植物を殺して食べるでしょ。それと同じで報道人も生まれながらに罪を背負っているって思う。どういうことかというと、なにか悲惨な災害や事件・事故が起こったとき、オレたち報道人はそれを取材して世間に伝えることが仕事だよね。それでオレたちはメシを食ってるわけ。でも取材される被害者の方はたまったもんじゃないよね。ただでさえ被害にあってたいへんなのに、そこへオレたち取材者が押しかけて、根掘り葉掘り聞いたり、フラッシュを浴びせまくったりするわけだよね。被害者にとってみれば、傷口に塩を塗られる思いかもしれない。

 要するに報道人っていっても、しょせん火事場泥棒だってずっと思ってるんだ。人の不幸を食い物にしてるっていうかね。だから基本姿勢として絶対正義感はもてない。代わりに罪悪感はずっともってるね。それがオレの報道人としてのアイデンティティになってる。

 だからオレの報道する姿勢として、どうやったらその罪悪感から逃れられるのかってことをいつも考えてるね。そのために必要なのが「熊祭り」(注1)なんだよ。

 「熊祭り」っていうのは、アイヌの儀式でさ。アイヌは熊を食べたあと、それを祀って供養するわけだね。熊を食べることに対して罪悪感を感じてるわけだよ。

 それと同じようにオレも報道人としての「供養」は何か考えるわけだよ。自分にとっての「熊祭り」は何だろうっていつも考えてる。報道に携わる人はみんなやるべきでしょ? って。それが報道人の良心だと思うんだけどね。なんのためにやってるの? っていうのがあるわけよ。それは何かっていうとね、「普遍的な情報」を見つけることだと思ってるんだ。

(注1 熊祭り)一年ほど大事に育てた小熊を花飾りをつけた矢で射殺すアイヌ民族の祭り。アイヌにとって神の化身である熊を、元々住んでいた神の国に送り返してあげようという儀式。人間の営みは他の多くの命の犠牲の上になりたっていることを自覚し、罪の意識と命への感謝を忘れないために行われていた
普遍的な情報を伝えることが罪滅ぼし
 

 報道にもいろいろあるわけだ。週刊誌やワイドショーで大きく取り上げるスキャンダルなんかは、いうなれば「ビール」や「ウイスキー」と一緒。アルコールと刺激で酔わせるわけだ。その方が視聴率が取れたり、たくさん売れたりするから。ところが人間にとって本当に必要なのは食物なんだよ。そっちの方が重要なんだよ。人間って栄養があって初めて動くわけでしょ。だから社会も同じで、「アルコールで酔わして」ばかりじゃダメになると思うんだ。

じゃあ社会にとって「栄養」になるものは何か? それが普遍的な情報だと思うんだよ。歴史に残る情報っていうか。アルコールじゃないんだよ。決して。たくさん売れたとか、数字が取れたとか、そうじゃなくて本当に必要なこと。人類とか社会にとって栄養になる、「役に立つ」でもいいけど、それを発見して伝えたいと思ってる。その情報は、オレがいたから確実に記録されて後世まで残った、みたいになれば最高だよね。それを目指してるんだよ。

 

戦争写真家・ジェームズ・ナクトウェイ氏をインタビューする吉岡さん

 
いち会社員、いち部署としての仕事に縛られず、興味の赴くまま世界を飛び回る吉岡さん。その姿は普通のサラリーマンを逸脱した存在に写るが、自身は典型的なサラリーマンで、そうあることを追求してきたと語る。その心は・・・・・・。
サラリーマン・ジャーナリズムを追求
 

 オレにとって、仕事は食うためにやるもの。食うために義務を果たしてる。会社が給料くれるから、その分働きましょうってだけの話。

 オレは「サラリーマン・ジャーナリズム」を追求してきたんだよ。

 中日新聞に入社したとき、上司に「サラリーマン根性じゃダメだぞ」って言われた。でも「どうしてダメなの? アンタもオレもどう考えてもサラリーマンじゃん」って思った。組合があって、給与体系があって、契約関係があって、どう見たってサラリーマンじゃん。どうしてサラリーマン根性じゃダメなんだろうって。そうしたときに、今のジャーナリズムに欠けてるのはサラリーマンの視点だって思ったんだよ。新聞記者(カメラマン)は特権階級ではない、いち労働者に過ぎない。この視点を大事にしよう。いち労働者の可能性を追求しよう。サラリーマンに徹しよう。それがオレの視点なんだよ。これは今でも貫いてる。

 だから余計なことはやらない。土日はできるだけ休む。出ても代休は必ず取る。夏休みも2週間取るし、育児休暇だって取る。 だってサラリーマンの権利だからね。でも育児休暇のときは、男で取ったヤツは中日新聞の長い歴史の中でもオマエが初めてだって言われた(笑)。

 オレはサラリーマンでいながら本を書いたり映画を撮ったりしてるんだけど、やりたいからやってるだけなんだよね。一見サラリーマンを逸脱しているように見えるけれども、じつはサラリーマンを追求してるんだ。

 オレは本を書くにしても映画を撮るにしても会社の許可は得ている。オレは会社と契約関係でやってるわけだから。サラリーマンという範疇で、どういう可能性があるかということを見てるわけ。「土日を使ってこういうことをやりたいんだけど、どうですか? この会社の労働規約に違反してますか?」って。すると会社は「いや、違反じゃない」っていうよね。だからやる。もし会社がダメって言ったらやらないよ。会社の規則に違反しない範囲でやりたいことをやる。ただそれだけ。オレはサラリーマンの典型なんだよ。実は。

 

これまで5本のドキュメンタリー映画を製作している吉岡さん。映画祭に招待されて、トークイベントに出演することも。湯布院映画祭にて

 
 でも規則で認められているからといって、権利や要求を主張するだけだとやっぱり心象が悪くなるから、最低限他人に迷惑をかけないようにとか、気は遣うよ。

 この夏には2週間休みもらってパナマとコスタリカへ行ったんだけどね、申請するときに現地で取材して原稿書きますって言ったんだよ。オレが休んだ間、同僚に迷惑かけるからさ。オレは当然のことをしたまでというか、休暇で自分がやりたいことをやってるだけなのに他の人は「夏休みなのに取材して原稿書くなんて、さすがジャーナリスト魂」みたいにいうんだけど、違うんだよね。オレはただ知りたいから見たいから行くだけの話なんだよね。

 

今年の夏休みはパナマへ。平和憲法の取材も敢行。パナマ運河にて

 
オレは在日日本人
 
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 サラリーマンでいながら好きなことをやるためにもうひとつ大事なのは「バランス感覚」だよね。「距離感」って言い換えてもいい。個と、組織との距離感。

 それを意識するようになったキッカケは、このインタビューの「其の二」でも言ってるけどエチオピアに行ったこと。2回とも日本に帰ってきて、居心地の悪さ、生きにくさを感じてた。日本の社会に完全に溶け込めないことがわかった。だからオレはいつの頃からか自分のことを「在日日本人」って自覚するようになった。アフリカへ行けば「在アフリカ日本人」だし、今は日本にいるから「在日日本人」。

 でも普通はあえてそんなこと言う必要ないじゃない。普通の日本人っていうのは無意識に日本人でしょ。日本人であるということが当たり前だから、「日本人であること」を意識することがない。当たり前のことを、あえて自覚することが意識してるっていうこと。今、自分がどこにいるかってことを常に意識して生活してるんだよね。

 オレは日本に対してもエチオピアに対しても距離感を持ってる。昔はエチオピア人になろうと必死だったわけ。どこまでエチオピア人になれるかが課題だった。帰ってきたら日本人になれるかが課題で。それで自分は両方なれないとわかったんだよ。完全なエチオピア人にも完全な日本人にもなれないと思った。自分は自分でしかないと思ったんだ。だから社会の中で生きるには、他者と距離感を持つしかない。どれだけ距離感を持つかで自分をキープするわけ。

 常に自分の立ち位置に意識的であることによって、自分の輪郭がクッキリしてくるわけ。意識的なパスポートを持つようなもんだね。自分の身分証明。「あなたは何ですか?」て聞かれたとき「在日日本人です」っていうのがアイデンティティなんだよ。

 自分の輪郭がはっきりしてくると、どんないいことがあるか。個人や組織との距離感がつかみやすくなるんだよ。

 他者との距離を適度に取れると無用なトラブルを回避できるし、良好な個人、組織間の関係を持続させることができる。価値観が遠い人とは距離をおいて付き合った方が怒られないしケンカにもならない。価値観が近い人とも距離を縮めすぎないようにした方が良好な関係は維持しやすい。下手に仲良くなりすぎた人に限って、大げんかした場合「絶縁」になったりするじゃない。だから好きでもある程度距離をおいて付き合う。決して一体化しようとしない。そうすると全体的にうまくいくようになる。

イヤなら断わってもいい
 
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 日本では中日新聞に入ってから急に日本人との距離感を意識するようになった。例えば入社した頃に毎晩のように飲みに行こうって誘われるわけだ。サラリーマンだから。ところがオレはその頃は勉強したかったんだよ。いろいろ疑問に思うことが山ほどあったから。そういうときに毎晩付き合ってられないでしょ。付き合えば時間と金は取られるし、勉強できないからストレスたまる。全然楽しくない。でも付き合わないと和は保てなかったりするじゃない、サラリーマンの世界は。

 そこで悩んだわけ。どうするか。あるとき「もういい」って思ったんだよ。「孤独になってもいい。オレはオレの意思を尊重しよう」と。それで誘われても「今日は帰ります」と断わりはじめたわけ。そうすると最初は確かに嫌われる。「なんだ付き合い悪いな」って。それをジーッと耐えてると、「あいつはそういうヤツなんだ」ってみんなが認識しはじめるんだよ。

 けど、そう思わせるためにはただ断わってるだけじゃだめで、こっちからも何か認めさせるようなことをしないとダメなんだ。例えば仕事は誰もが認めるくらいにきっちりやる。これは当然。あとは皆がやりたがらないことをやるとかね。

 例えば「正月、仕事出てくれないかなぁ」とか頼まれたときは「ああいいよ」って快く引き受ける。そういうところで積極的に出てるとみんな喜ぶじゃん。でも実は俺、正月に出るの好きなんだよ。楽だから。その上、正月出勤手当をくれたりするから、実は願ったりかなったりなんだけどさ(笑)。

 
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 そうやってると「アイツは意外にイイやつだな」みたいになるわけだよ。仕事もきっちりやってれば「意外に仕事できるな」とかね。みんなが嫌がることを買って出るヤツや仕事に真面目に取り組むヤツは、付き合いが悪いくらいでは村八分にならないからね。そしたら(見る目が)段々よくなってくるよね。「あいつはああいうヤツなんだ」みたいに。認められるわけ。

 それまで日本の社会は所属する集団(=会社)に一体化するか、さもなくば村八分になるかの2通りしかないと思ってたんだけど、新しいポジションを発見した。「例外」、または「変人」になればいいんだと(笑)。これは居心地がいいんだよね。イジメもないし、ある程度認められて、評価されたりもするんだよ。そうすると毎日ストレスなく楽しく生きられる。生き生きしてれば「あいつは自分を持ってる」みたいにさらに一目置かれる。好循環だよね。その道を発見しちゃったんだ。

 こんなふうに個人だけじゃなくて、会社とも距離感をうまく取れれば摩擦を起こさずにやりたいことをやりたいようにできるわけ。距離感が分かれば相手の欲っするものを分かってくるからね。会社が欲しいのナニ? じゃあ、コレあげます。そのかわりオレが欲しいコレちょうだい、みたいな。要はバランス感覚と距離感なんだよ。

吉岡さんは、個人、会社とうまく距離感を保ちながら、会社の中ではできない表現活動を継続している。やりたいことをやりたいようにやれてさぞかしハッピーだろうと思ったがしかし、吉岡さんは意外なことを口走った。表現なんてしないで生きられるんだったら、その方が幸せだと。
表現は復讐の代償行為
 

 表現のモチベーションは若いときはコンプレックスだった。自分を認めさせたい。オレをバカにした家族や社会を見返したい。もっといえば復讐したいって思ってた。だから、人殺しをする代わりに書いてたんだよ、オレは。

 ジャズがなぜあんなに世界に広がったか? なぜジャズが美しい音楽なのか? それは憎しみを秘めているからだよ。奴隷だった時代のね。だからあんなにキレイなんだよ。それと同じで、オレは憎しみを秘めているから表現できたんだよ。人を殺しちゃマズイと思ってるから、代わりに表現してたんだよ。

 オレが協力隊や放浪の旅から帰ってきたとき、兄貴に「吉岡家の恥さらしであるオマエなんか向こうで死ねばよかったんだ。オマエなんか死んでも誰も悲しまない」って言われたからね。当時は殺したいほど憎んでたよね。

 現在は兄弟とも和解して憎しみも消えたから、心境の変化はある。今は、あれ?って思う疑問や、これ、おかしいんじゃないの? ってことを純粋に知りたい、伝えたいって気持ちがメインかな。だから今は表現しなくちゃ苦しくてたまらないってこともないね。

 

音楽好きは相変わらず。体験取材でベースを演奏する吉岡さん

 
表現至上主義者にはなりたくない
 

 仕事は昔は自分のためだったけれど、今は家族のためだね。家族と仕事とどっちを大事にするかって言ったら、今は家族。昔、仕事をやり過ぎてるって時期があったね。ちょっと反省してる。

 

photo 今後の目標とかも別にない。平凡な人生でも家族を大事に生きていければそれで幸せ。本当は表現なんかせずに、しなくても済む人生を送りたい。普通に安定して生きていられればいいと思う。

 オレは表現至上主義か生活至上主義かっていえば、表現至上主義者にはなりたくなかった。生活至上主義者になりたかった。「生活」が一番大事。まずそれがあって、そこからさらにほとばしるものがあるなら表現すればいいっていう感じ。それがオレのスタンスなの。それがいつの間にか表現に目覚めちゃった。ここ3、4年かな。あの「9.11」以降、忙しくなって。いろんなメディアからいっぱい依頼が来るようになって、チャンスだと思ってヤルわけだよ。そうしてくうちに、家庭がおろそかになった面もあるね。あぁ今、反省してる。

 その生き方はあまりよくないと思ったんだ。自分が何を一番大事にしていきたいかって言ったら、家族なんだよ。表現は結果として出てくるものであって目的ではない。作品なんていずれ消えるんだから。100年もすれば。いずれ、自分の作った本も映画も100年もすれば消える。

 一番幸せを感じるときは家族で買い物でもしているとき。家族で「スーパー行こうか」って言ってるときが一番幸せだよ(笑)。

 
2005.12.5リリース 1 放浪の始まりは 青年海外協力隊
2005.12.12リリース 2 人生を変えた 二度目のエチオピア
NEW!2005.12.19リリース 3 カンボジアで記者転向を決意
NEW!2005.12.26リリース 4 サラリーマン・ジャーナリズムを追求

プロフィール
 
よしおか いつお

1952年、愛媛県生まれ。高校卒業後、写真専門学校で写真と映像を2年間勉強。

卒業後、青年海外協力隊に入隊、エチオピアで2年間活動。

帰国後CM制作会社に入社するも1年で退職。再びエチオピアへ。

1年後帰国、さまざまなアルバイトを経験しながら数10社の求人に応募。旅行専門雑誌の編集部員としてある出版社に就職。

青年海外協力隊事務局から紹介された中日新聞のカメラマン募集に応募して内定。報道カメラマンとしてイベント、国内の事故、事件の取材からイラク、アフガン、カンボジアなどの紛争地を駆け回る戦場カメラマンとして活躍。2年連続で日本写真家協会賞を受賞。

43歳で記者に転向。地方記者、芸能記者を経験し、現在は東京新聞社会部記者。首都圏の話題を発掘し、カラーで紹介する東京新聞の「売り物」ページである「TOKYO発」担当。「首都圏の話題を発掘」する企画ページにも関わらずイラク、パナマ、コスタリカなどを取材するなど、その活動はまさにボーダレス。部署、国境を軽々越え、興味の赴くままに動くフットワークの軽さはいまだ健在。

会社員としての仕事以外にも作品多数。支局時代に書いた『漂泊のルワンダ』が開高健奨励賞を受賞。そのほか『人質—イラク人質事件の嘘と実』『いきあたりバッチリ』『厳戒下のカンボジアを行く』『イスラム銭湯記—お風呂から眺めたアフガン、NY、イラク戦争』など10冊の著作に加え、ドキュメンタリー映画『笑うイラク魂』『戦場の夏休み』『人質』なども製作している。

しかし本人は「典型的なサラリーマン」と語る53歳。

 
 
おすすめ!
 

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報道界のバガボンド・吉岡逸夫さんが「書かずに死ねるか!」との思いで書いた半生記。このインタビューでは書ききれず泣く泣くボツにした、吉岡家の壮絶話、世界をまたにかけた就職活動話、コロンビア大学大学院留学時代の話、戦場カメラマン時代の話、そして結婚、離婚、家族の話など、波乱万丈のおもしろエピソード満載の一冊。「落ちこぼれでもここまでできる」、「信念は曲げてもいい」、「強くなくても生きていける」、「『思えばかなう』なんて大ウソだ」など珠玉の名言多数。

 
 
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photo ためになる情報を発見して伝えたい それが報道人としてのせめても罪滅ぼし ためになる情報を発見して伝えたい それが報道人としてのせめても罪滅ぼし ためになる情報を発見して伝えたい それが報道人としてのせめても罪滅ぼし
第7回 武装解除人・伊勢崎賢治氏インタビューへ
 
協力/ヨシ・オカノ(中沢ゴロー事務所)
 
取材後記

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