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転職する人びと

井上理沙さん(仮名)33歳/DTPオペレーター・前編

キャリアプランに迷い 誘われるまま転職先を決定 息つく暇もない激務の中で 仕事内容の認識不足を痛感

2度の転職を経て、人材派遣会社の営業職に就いた井上理沙さん(仮名/33歳)。業界経験はなかったが「仕事はやってみなければわからないもの」と気軽に入社した。しかし、その1カ月後、想像を絶する激務に身を投じてしまったことに気づく。目の前の仕事に追われる日々に後悔の念が募るばかり——。

プロフィール/兵庫県在住の33歳。地元の短大卒業後、化粧品会社の美容部員として就職。その後、包装資材を取り扱う会社の営業を経て、父が経営する印刷会社へ。8年ほど勤めたが、父の定年に合わせて事業をたたむことになったため、2008年4月、人材派遣会社の営業職に。しかし、想像を絶する激務に耐えかね、すぐに転職を決意。当初は営業職を希望していたが、自身の今後のキャリアプランを再考しターゲットを変更。同年10月、印刷関連会社にDTPオペレーターとして入社した。

 午前0時。
プルルル……!

「またか……」
井上理沙さん(仮名)はため息をつき、憂鬱な気持ちで携帯電話に目をやった。出たくない。だけど、出ないわけにはいかない。

 人材派遣会社の営業担当になってからというもの、勤務時間中はもちろん、それ以外の時間も携帯電話は鳴りっぱなしだった。

「井上さん、聞いて下さい。私、辛くて……」
電話の主は派遣会社のスタッフ。連日連夜、スタッフたちから悩みやグチを吐露する電話がかかってくるのだ。

「そうですよね……ええ、わかります。たいへんですよね……」
一見、親身に聞いているようでいて、そうではない。心の中で思うのは「早く終わってくれないかな」ということだけ。

 電話の相手はほとんどの場合、ひとしきりしゃべると落ち着きを取り戻す。頃合いを見計らって井上さんは切り出す。
「それじゃあ、明日もお仕事がんばってくださいね。おやすみなさい」

 電話を切ったとき、そこはかとない怖さに襲われた。もし、親しい友達からの電話なら、相手の話をもっと丁寧に聞いてあげるだろう。でも次々とかかってくるスタッフたちの悩みやグチを親身になって聞いている余裕はない。適当にあしらうしかないのだ。自分が冷たい人間になってしまったようでいたたまれなくなった。

「こんな自分はイヤ。とてもじゃないけど続けられない」
井上さんはこの仕事から離れることを決めた。

“氷河期”への焦りから
「たまたま受かった」会社に就職

 井上さんが短大2年生で就職活動をしていた1995年。当時はいわゆる「就職氷河期」だった。えり好みなんかしてる場合じゃない、とにかく働き口が見つかりさえすればいい——同級生の間にはそうした空気が流れていた。誰もが焦りを抱えて就職活動に奔走していた。

 井上さんも同じだった。世の中にはどんな仕事があるのか、自分が何に向いているかなど、ほとんど考えることもなく、たまたま試験を受けた化粧品会社の美容部員に内定。世間に名の知られた会社の安定した仕事を得ることができたと安堵した。

 店頭での接客・販売を務めて2年が経とうとしていたとき、会社の業績が悪化。社員の賃金カットが発表された。

「ただでさえ低い給料が10%も削減されちゃって。私は社会人になってから自宅を出て一人暮らしをしていたので、それでは生活が成り立たない。美容部員の仕事には見切りをつけました」

 新たに選んだのは、包装資材を取り扱う会社の営業職。取引先である西日本各地の小売店を回り、商品を売り込んだりラッピング方法を教えたりする。自動車の運転免許を持たない井上さんにとって、電車移動だけで営業活動できることも希望に合っていた。

「営業職を選んだのは、給料アップを狙ってのことです。販売の経験も生かせると思いましたし」

 月の半分は出張という生活だったが、自分のペースで仕事を進められるので、まったく苦にはならなかった。

 しかし、この仕事も長く続けることはできなかった。印刷会社を経営する父からSOSの連絡が入ったからだ。

助っ人として父の会社へ
八面六臂の働きで立て直しを図る

 井上さんの父は、大阪で印刷会社を営んでいた。企業などで使用する伝票類の印刷・製造を請け負い、長年にわたって安定した業績を上げてきた。しかし、パソコンの普及など時代の流れで受注が年々減り、経営は厳しい状況に陥っていたのである。

「会社の手助けをしてくれないか」
両親からそう頼まれ、井上さんは拒むことができなかった。包装資材の会社を1年半で退職、父の印刷会社に移るという苦渋の決断をした。

「会社といっても、そのころは父といとこと私の3人だけ。2人に営業や配達を任せ、私は印刷物の製作から経理まで何でもこなしました。膨らんだ借金を返済するために、徹底的に経費を削減。作業の効率化も図りました。昔ながらのやり方にこだわる父とはバトルの日々でしたけどね」

 奮闘の甲斐あって、なんとか経営を立て直し、数年かかって借金を完済。その後、父親は65歳の誕生日を機に事業をたたむことを決意し、井上さんも賛成した。2008年の初め、会社は長年の歴史に幕を閉じ、井上さんの役目も終わった。約8年が経っていた。

一貫性のないキャリアに悩み
誘われるまま人材派遣会社の営業職に

 印刷会社の仕事を終えて次の仕事を探すとき、井上さんははたと考え込んでしまった。これから何をすればいいのか? 自分に一体何ができるのか? まったくわからなかった。

 化粧品の販売、包装資材の営業、そして印刷会社という一貫性のないキャリアの自分は何をどうアピールすればいいのか、皆目見当がつかない。それに、求人広告を見ても「どうしてもこの仕事をしてみたい!」という強い思いが湧いてくるような仕事と出合うことはなかった。そんな状況の中で、とりあえず目についた求人に応募してみたが、やはり合格を手にすることはできなかった。

 すぐにでも新しい仕事に就きたいと思っていた井上さんは、しばらくは派遣社員として働くこともやむなしと考え、人材派遣会社に足を運んだ。そこで、思いがけない仕事を紹介されたのである。

「『人材派遣会社の社員はどうですか?』と打診されました。登録スタッフになるよりもいいかな、と思って受けることにしたんです。当初、コーディネーター職に応募したんですが、内定してから『営業ではどうですか?』と聞かれ、まあ仕事なんてやってみないとわからないものだし、別にいいかなと思ってOKしたんですが……」

鳴りっぱなしの電話
「こんなはずじゃなかった」

 1カ月の研修期間を終え、携帯電話の番号が入った名刺を取引先企業や派遣スタッフに配り始めたときから、井上さんの生活は180度変わってしまった。頻繁に携帯電話が鳴り、その対応に追われる日々に突入したのだ。

 たとえば、朝。出勤の時間帯になると、派遣スタッフからの電話が集中する。
「おなかが痛いので休みます」
「電車が遅れたので、遅刻するって伝えといてください」
その電話を受けるたびに、派遣先企業の担当者に連絡を入れる。代わりの人材が必要な場合は、コーディネーターに頼んでその手配もしなければならない。

 派遣先企業の担当者からも電話がかかってくる。
「そちらから派遣されてる○○さんが来ないんですけど、どうなってます?」と言われれば、慌ててその派遣スタッフに電話。しかし、つながらないことも多い。無断欠勤だ。

「今、ウチで働いてもらってる○○さん、ちょっとなじまないみたい。他の方に変えてくれませんか」
こう言われれば、すぐ別のスタッフを探す手配をする。辞めさせられたスタッフには本当のことは言わず「あなたにはこちらのお仕事のほうがオススメです」とかごまかしながら、別の仕事を紹介する。

「鳴りやまない電話にはじめはびっくりしましたけど、徐々にこれが日常なんだとわかりました。お昼ごはんをゆっくり食べる時間もないし、休日である土日も派遣スタッフは出勤日であることが多いので、本当に気の休まる暇がありませんでした。すぐに、こんなはずじゃなかった、仕事内容を認識してなかったと深く後悔しました」

 電話は昼夜を問わない。派遣スタッフたちが仕事を終えて自宅に戻る時間には、必ずといっていいほど着信音が鳴った。家に帰って寂しくなってしまうのか、夜中に不安や悩みを訴える電話が多かった。

「もしもし。井上さん、実は母がガンになってしまって。私、どうしたらいいのか……」

 深刻な話題も少なくなかった。しかし、どうしてあげることもできない悩みにいちいち付き合ってはいられない。親身に聞いているふりをして、別のことをしていることもあった。

「もし、相手が友達なら、話をちゃんと聞いてあげると思う。だけど、仕事だから、いつも時間に追われてるから、聞き流すしかないんです。ある日、そんな自分が本当にイヤになりました」

 転職してまだ間もない。一緒に働く同僚たちもいい人ばかりで不満はない。しかし、だからといってこのまま続けることはできない、と思った。ずるずる引き延ばしたら、心も体もボロボロになってしまうからだ。
「半年間だけがんばって、辞めよう」
井上さんの心は決まった。

【後編】コンサルタントのカウンセリングで 転職の希望条件を見直し 無理なく長く働ける職場へ

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