しかし心機一転、これまで以上に仕事に打ち込んでいた矢先、不穏な噂が流れ始めた。
「どうやら来年から給料を減らされるらしいぞ。リストラも──」
2007年に入ってから会社の業績が急速に悪化し、全社員の給与カットと人員削減が行われることが決定したというのだ。
確かにその前兆にはうすうす気づいてはいた。景気の冷え込みで入社した頃に比べて農業機器が売れなくなっていた。競争ばかりが激化し、利益はますます減少。さらにユーロ高が業績悪化に拍車をかけた。
「でもまだこの時点では会社を辞めることは考えませんでした。大学卒業後1社しか経験していませんし、その1社も教授の口利きで入社したので就職活動をろくにしなかったんです。辞めた後どう動けばいいかなんて全くイメージできなかったので、退職も考えられなかったですね」
そんな中、待望の第一子が誕生。もちろん新しい家族ができたことはこの上ない喜びだったが、不安も大きかった。愛する家族のため、このままでいいわけはないが、かといって辞めて次の転職先をどう見つけていいのか皆目わからなかった。一体俺はどうすれば……時間だけが過ぎていった。
その間にもリストラは進行し、ひとり、またひとりと仲間が会社を去っていった。次は誰の番だ──そんな空気もいたたまれなかった。
人が辞めたらその分の仕事を誰かが背負わなければならない。木下さんの仕事も増える一方だった。家族ができたことでせっかく上がった仕事のモチベーションもどんどん低下していった。 |