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転職する人びと

宮崎紗江子さん(仮名)25歳/営業職・後編

7社からの内定を辞退 苦悩・迷走の果てに辿り着いた“これが私の生きる道”

「もっと消費者に近い仕事がしたい」と高い年収とやりがいのある仕事をあっさり捨て、世界放浪の旅へ出発した宮崎さん。帰国後、転職活動をスタートさせるが、それは同時に迷走の日々の始まりでもあった。

プロフィール/大学卒業後、ソフトウェア開発会社に入社。SEとして2年勤務した後、外資系IT企業に転職。Webセキュリティコンサルティング業務に携わる。1年後、退職して海外放浪の旅へ。アジア、中東、アフリカなどを歴訪したのち、帰国。2008年4月、転職活動を開始した。

徹底的な自己分析と
キャリアの棚卸しからスタート

 海外放浪で原点に戻った宮崎さんは、帰国後、自己分析とキャリアの棚卸しを徹底的に行った。今まで自分は職業人としてどういう経験を積んできたのか、今一番やりたいことは何か、そして5年後10年後どうなっていたいのか、などなど、徹底的に考え抜き、思いつく限りノートに書き起こした。その自己分析ノートは1冊半ほどになった。

 しかしやればやるほど収拾がつかなくなり、答えはなかなか出てこなかった。そこで知人にお願いして、「生き生きと仕事をしている人」を紹介してもらい、会いまくった。

「就職活動でいう、いわゆるOB・OG訪問ですね。30〜40代後半でバリバリ仕事をしている人たちが、なぜ今の会社・仕事を選び、どんな活動をしていて、将来はどうしたいのかなど、いろいろな貴重な話を聞く事ができました」

 OB・OGの話は宮崎さんにとっていい刺激になった。おぼろげながら自分の進むべき道が見えてきたような気がした。

3社内定もすべて辞退
さらに迷走を深める

 なかなか結論の出ない自己分析作業と平行して、求人検索や大手人材バンクへの登録など、実際の転職活動も開始していた。しかしなかなかぴんとくるものはなかった。特に大手人材バンクの対応には不信感を抱かざるをえなかった。

「登録した大手2社の人材バンクは、前職のWebセキュリティコンサルタントと似たような業種・職種ばかりを紹介してきました。私は前職とは違う、もっと消費者に近い仕事をしたいと思っているのに。人材バンクからしてみれば、私を確実に高く売るために、そうしたのでしょう。もちろん人材バンクもビジネスですから私を商品として扱うのはわかるのですが、それがあまりにも見え見え過ぎると利用したくなくなりますよね」

 大手人材バンクに見切りをつけた宮崎さんは直接、企業の求人に応募。すると3社から内定通知が届いた。ここで宮崎さんの転職活動も終わると思われたが、そうはならなかった。

「内定をもらった企業は経営コンサルティングの会社でした。自己分析をする過程で、やりたいことをやるためには、起業するのもいいかなという考えも出てきてしまったんです。そう思い始めたら経営のことしか考えられなくなって、気づいたら内定企業が経営コンサルティング3社になってたんです」

 そもそも前職を辞めたのは、「より消費者に近い立場に立ちたい」という理由だったはずだ。企業のために経営戦略を練り、アドバイスする経営コンサルタントはそれとは逆の方向。「よくよく考え直したら私のやりたいことって経営じゃないよな」と思った宮崎さんは3社に返答を1カ月待ってもらった末、内定を辞退。またしても転職活動は振り出しに戻ってしまった。

再度の自問自答
「人材バンクネット」に登録

「もうどうしたらいいのか、完全にわけがわからなくなってましたね」と当時を振り返る宮崎さん。外に出ることも極端に減り、引きこもり状態になってしまった。しかし、道に迷ったときは、迷った時点まで戻るのが鉄則だ。そこでもう一度原点に戻って考え直してみた。

「何がやりたいのか、改めて考えたところ、多くの消費者の不便を便利に変えたいという思いだけはブレていませんでした。それを5年後、10年後にやりたい。じゃあどんな職種がいいだろうかと考えたとき、“企画”や“マーケティング”の立場にいたいと思ったんです。こんな便利なものがあったらいいなとただ考えるだけじゃなくて、それを商品という形にするところまで関わりたいと」

 しかしまだ具体的に何の分野、業種なのかというところまでは絞りきれなかった。そこで、とりあえず様々な業界・業種に関わるマーケティング会社を狙ってみることにした。ひとつの方向性が定まった。

 もう一度インターネットで「消費者」「マーケティング」「企画」などのキーワードで検索してみた。すると何件かヒットしたサイトの中に【人材バンクネット】があった。登録してキャリアシートを公開すると多数の人材バンクからスカウトメールを待つことができる。この文句に興味を引かれ、登録してみることにした。

「行き詰っている状態だったので、とりあえずキャリアシートを公開したらどんな反応が来るのかなとか、何か新しい道が開けたらいいなといった軽い気持ちでした。正直、全然期待していなかったですね」

 キャリアシートを公開してもすぐにはスカウトメールはこなかった。2〜3日してからポツポツ届き始め、トータルでも10通ほどだった。その内容も、具体的な求人を提示しているスカウトメールは稀で、「一度来社してお話しましょう」というものがほとんどだった。最初に登録した大手人材バンク2社の対応に懲りていた宮崎さんは、「とりあえず話を聞きに行く」ことはせず、まずスカウトメールを送ってきたコンサルタントに、以下のような内容の長いメールを送った。

  • ・現在に至るまでの経緯
  • ・2社の大手人材バンクの対応に不信感をもったこと
  • ・今の気持ち
  • ・将来やりたい仕事、希望
  • ・3社から内定もらったけど、すべて辞退したこと

 そして上記を踏まえた上で、私にどんな会社、どんな仕事を紹介してくれますかと問いかけた。

信頼できるコンサルタントとの出会いで
進むべき道が決まった

 まともな返信を送ってきたコンサルタントは少なかったが、その中で的確な返信をくれたのが、ランスタッド株式会社の原崎三千代コンサルタントだった。この人なら会いに行ってもいいかなと思ったが、念のため電話で話した。その応答も的確だったため、面談に赴いた。

「やりたいことや悩んでいることをいろいろと話したら、すごく親身になって聞いてくれて、的確な助言をしてくれました。他の人材バンクでは、“マーケティングや企画職は経験がないと無理”の一言で終わるのですが、原崎さんは“それにつながる道があるからこっちの方向から攻めて行きましょう”などと、きちんと解決策を提示してくれたんです。同じコンサルタントでもこうも違うのかと思いましたね」

 さらに原崎氏は、宮崎さんの話を聞いて、当初スカウトメールに記載していたリサーチの仕事とは別の求人を提案した。それは売り場に特化したマーケティング会社で、しかも職種は営業だった。

「最初の説明では、売り場に人材を派遣する人材派遣業かなと思ったし、営業だけは絶対にやらないと思っていたので、あまり気が乗らなかったんです。でも、このままじゃ埒が明かないし、原崎さんが勧めるんだったらと、とりあえず応募してみることにしたんです」

面接を重ねるに従って
興味が湧いてきた

 面接は3回行われたが、面接を経るごとに、会社に興味が湧いてきた。二次面接の面接官は、直属の上司となる部長。入社後、具体的にどんな仕事をするのかと聞いたところ、「人材派遣ではなく、売り場で商品をどう売るか、その戦略を練り、メーカーに提案するコンサルタント的な営業」とのことだった。

「それまで営業は物売りのイメージが強くて、それは私のやりたいことではなかったから営業だけは絶対にやらないと思っていました。しかし友人のつてをたどってお会いした人の話を聞いて、営業ほどクリエイティブな職業はないと考えを改めたんです。また、その会社では営業スキルはもとより、マーケティングや流通が学べ、お金にも強くなる。人材派遣業も行っていたので、人材関連の仕事も学べる。そういう意味で、やりたい業界・業種・業界が決まってない私にとって、いろんなことが吸収できそうなこの会社はとても魅力的に見えたんです」

 さらに部長はこうも言った。これから会社も変えていきたいから、どんどん意見出してほしいと。

「よくよく話を聞けば、この部署も部長が去年提案して作ったということだったんです。だから、やりたいことがあったら、受け入れてくれる気風をもつ会社なんだろうなと思ったことも大きな魅力でした」

 最終の社長面接では、社長にも改めて今後のビジョンを聞いてみた。いくら現場が会社を変えていきたいと思っていても、トップにその気がないと画餅に終わってしまうからだ。社長は5年後、10年後の会社のビジョンを語った。それは宮崎さんのやりたいこととずれておらず、ますますこの会社で働いてみたいという思いは強まった。会社側も宮崎さんのこれまでの経験、高いポテンシャルにほれ込み、採用を告げた。応募から1カ月も経っていない9月に入ったばかりのことだった。

内定が出てもまだ苦悩
知人の一言で目が覚めた

 しかし、宮崎さんはこの期に及んでもまだ、結論は出せかった。同時期に他の2社からも内定通知が届いていたからだ。宮崎さんは目の前のテーブルに3社の内定通知を並べ、頭を抱えた。

「どの会社も一長一短あって、もう考えれば考えるほどどの会社を選べばわからなくなってしまって……。それで、もう3社とも内定を辞退しようと思ったんです。でも、8月にも直接応募の3社の内定を断っています。もう今後もいくら転職活動を頑張っても同じことの繰り返しで、一生働くことなんてできないんじゃないかって落ち込んでいました」

 しかし、自分で結論を出す前に、これまでも散々相談してきた友人のひとりに相談してみた。すると、その友人はこう言った。

 おまえさ、ほんとに働く気あんの? だったら転職活動なんてやめて、もう一生プーでいれば?──

 前職から1年間のブランクが空いたが、働く意欲は失っていなかった。やりたいことはあり、自分の3年後5年後のビジョンも考え、ワクワクしていた。それをその人にも話していた。しかし、毎回内定を断る宮崎さんを見て、その人は「働く気あるの? 今一番足りないのは行動だよ」と言った。

「この言葉で目が覚めました。自分では悩んでいるつもりだったんだけど、実は働くことからただ逃げてるだけだった。組織の中で働くことに自信がもてず、その一歩がなかなか踏み出せなかった。自分に言い訳をしているだけだった。彼の言葉で、それに気づいたんです」

 そこでもう一度、内定をもらった3社のメリット・デメリットを書き出して、最終的に原崎氏から紹介された会社に入社することにした。

「決め手になったのは、私のする仕事で会社が変わる可能性があるということ。そう思えるのが唯一この会社だけだったんです」

転職先には大満足
転職活動で考え方が変わった

 2008年9月末。宮崎さんは新天地でスタートを切った。入社から約3カ月。宮崎さんは生き生きと働いていた。

「この会社に入社して、本当に良かったと思います。今の新規開拓の営業の仕事自体、おもしろいのですが、それよりも流通業界未経験なのにいろんなことが提案できて、受け入れてもらえることです。逆に自分で考えて自分で動かないと、一日中机の前に座ってることになります。私は決められた同じ仕事を毎日やるということに耐えられないので、この仕事は自分に向いていると思います」

 仕事のやりがいは前職以上に得ることができたが、年収は100万円ほど下がった。いったん上がった生活レベルを下げるのは難しいとよく言われる。しかし全く気にならないという。

「前職を辞めてから海外を放浪して、一回自分の中の常識が壊れたことがよかったですね。アジアやアフリカの国々では、毎日の食べる物に困ることこそ日常でしたから、今まで当たり前のことが決して当たり前じゃなかったことを思い知りました。だから年収を落とすことに全く抵抗がありませんでした。ぶっちゃけ200万円下がっても問題なかった。でも海外へ行かずに、あのまま辞めてすぐに転職活動をしていたら年収にこだわっていたでしょうね」

10年後には新しい事業を起こしたい

 宮崎さんは前職を辞めて自己分析するときに、5年後、10年後の自分を想像した。もちろん、今も近い将来の具体的な目標を立てている。

「この業界のことを何も知らないので、まず1年間は、流通業界、会社、マーケティングなどについて徹底的に勉強します。現在は部長と一緒に新規開拓のためメーカーを回って提案しているのですが、1年後にはひとりで回れるようになっていたいです。3年後には企画部という新しい部署を立ち上げて、5年から10年後にはこの業界で全く新しい事業を起こしたいと思っています」

 24歳にしてこれほどの具体的なキャリア目標。しかし、それも転職活動を通して得られたことだと宮崎さんは語る。

「今回の転職活動で、働くことに関する考え方が大きく変わりました。悩んでいた時期に、知り合いのつてを辿っていろんな有能なビジネスマンに会ったことが大きいですね。彼ら、彼女らは5年後までのカレンダーが全部埋まるくらい詳細に計画を練っていました。全部実現できなくてもいいんだけど、それだけリアルに考えないとブレるよって言われたんです。だから私も出来る限り具体的に目標を立てたんです」

 目を輝かせ、自信に満ち溢れながらそう語る宮崎さん。ほんの1カ月前の、一生組織で働けないんじゃないかと不安でいっぱいだったという面影は微塵もなかった。

「今の会社を含め3社の内定を断ろうとしていたときに、知人に言われた“ほんとに働く気、あるの?”という言葉がなければ、私はいまだに転職活動をしていたでしょう。もしかしたら一生働く勇気がもてなかったかもしれません。その知人やこれまで相談に乗ってくれたすべての人に感謝しています」

コンサルタントより

宮崎さんの職歴、実績、身につけたスキルは年齢の割にかなりハイレベルなものでした。しかし、それよりもこれまでの仕事に対する姿勢や今回の転職に対する真剣さに魅力を感じ、スカウトメールを送りました。

面談する前に電話でお話したのですが、今後のキャリアプランでかなり悩んでいるのがわかりました。事実上初めての転職活動でしたし、そもそも一般の転職活動をしている方で、世の中にどんな種類の求人があるのかをきちんと把握できている人は少ないでしょう。よって、自分に合った仕事や今後のキャリアプランをどう構築していけばいいかもなかなか見えてこないのです。

宮崎さんも職業人としてなんとなくなりたい自分のイメージはもっていたようですが、そのために具体的にどうすればいいのか、その方法がわからず苦悩していました。その辺りを具体的な事例を出しながら、キャリアの方向性をいくつかご提案しました。

その過程で宮崎さんが当初イメージしていた職種も変わりました。当初は企画職を考えていましたが、よくよくヒアリングしてみると彼女の希望を実現するには提案営業という仕事がもっとも近いと思い、当初スカウトメールで紹介した企業とは別の企業を紹介したのです。

このように、最初からスキルマッチングで企業を紹介するのではなく、じっくりキャリアカウンセリングを行い、キャリアの方向性が決まった上で、応募する企業を決めたのです。

宮崎さんの印象は年齢の割にとてもしっかりしていて、決断力、行動力のある非常にポテンシャルの高い方でした。ですので、根本の方向性さえ決まれば、必ず希望の企業に転職できると確信していました。

今、転職を考えている方は、闇雲に求人を探すのではなく、まず何のために転職をするのか、転職で何を実現したいのか、5年後、10年後にどうなっていたいのかをよく考えた方がいいと思います。その出発点があやふやなままスタートすると、間違った方向に進んでしまい、結果、転職できたとしても「こんなはずでは」となってしまう危険性が高いからです。

ご自身の可能性を様々な方向から知りたいと思う方は、ぜひ相談にお越しください。特に弊社ではご自身では気がつかない強みを発見して新しいキャリアの方向性のご提案をしております。「サポートする」のではなく、「タッグを組む」という言い方をしておりますが、一緒にタッグを組んで希望の将来を手に入れるために、ご一緒に考えていきましょう。

取材を終えて

 こちらの質問によどみなくハキハキと答える口調、仕事に対する考え方、そして将来の具体的な目標などなど、宮崎さんの印象は一言でいえば「しっかりしている」でした。その「しっかり」加減は、とても26歳になったばかりの女性とは思えないほどでした。

 1年後、5年後、10年後のビジョンをこれだけ具体的に思い描き、そのための努力目標を設定し、行動できる人はおそらく30代でもそうはいないでしょう。

 しかし彼女とて、決して簡単に自分の生きる道を決められたわけではありません。何度も迷い、苦悩し、一時はもう社会で働けないのではないかとすら思ったこともありました

 そのとき救ってくれたのは、以前から相談していた知人でした。彼の一言で再び組織で働く勇気がないだけだったと気づき、現在勤めている企業に入社する決意を固めました。あの一言がなければいまだに転職活動を続けているかもしれないと宮崎さんは言います。

 しかし、その知人に相談しに行ったのは宮崎さん自身です。それ以外にも、前職を辞めたときも、海外放浪の旅に出たときも、自己分析をやり直したときも、内定を辞退したときも、自分で考え、あるときは煩悶しつつ、意思決定し、行動しています。

 この、「自分自身と徹底的に向き合う」「間違いや弱さに気づいた時点で方向修正する」といった行動特性によって、進むべき方向を見出し、その先の「こうなっていたい」自分を思い描くことができたのだと思います。

 必ずしも誰もが何年後かの目標を決めなければならないとは思いませんが、目標を決めることによって、モチベーションがアップしたり、結果を出せたりするタイプの人もいるでしょう。そんな人にとっては、今回の宮崎さんのお話は参考になるのではないでしょうか。

 現在、宮崎さんは自分の設定した目標に向かって、突っ走っています。地頭の良さ、行動力などそもそものポテンシャルが高い上に、今回の転職活動を通して働き方の軸が固まったことにより、目標達成の可能性はかなり高いと思います。5年後、10年後にまたお会いしてみたいと思いました。

【前編】高い年収とやりがいのある仕事 惜しげもなく両方捨て 24歳で自分探しの世界放浪へ

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