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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは―。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第41回(前編) 坂本翔太さん(仮名)27歳/購買
この会社で本当にいいのか―― 5年、10年先の自分が想像できない 新たな可能性を求めて転職を決意

大学卒業後、電機メーカーに就職した坂本翔太さん(仮名)は、得意の英語力を生かして数多くの海外出張をこなし、多忙な日々を送っていた。しかし、入社から5年ほど経つと、次第に会社の業績が低迷。重苦しい雰囲気に包まれた職場の会社の中で、初めて真剣に仕事について、こらからのキャリアについて考えるのだった。

 活気がなく、どんよりした空気が漂う営業部のフロア。どの顔も冴えない表情をしている。そんな職場を見渡して、坂本さんは思った。

「少し前までは、こんなんじゃなかったのにな」

 坂本さんが勤めるのは、中堅の電機メーカー。液晶テレビやDVDレコーダーといったAV機器が主力製品だ。海外営業部の配属となった坂本さんは、大手電機メーカーのブランドで販売されるOEM製品を担当。入社当時は大手電機メーカーからの注文が相次ぎ、会社は上り調子だった。社員はみな多忙だったが表情はいきいきとしており、バリバリと仕事をこなす充実感がみなぎっていた。坂本さんも若さに任せてがむしゃらに働き、得意の英語を生かして海外工場などへの出張も頻繁にこなしてきたのだった。

 ところが――5年目を迎えたころ、会社の業績が悪化。これまでの顧客が人件費の安い海外メーカーへシフトしていったのが原因だった。転職する人も現れ始め、職場はかつての活気をすっかり失っていた。

 そのころ、坂本さん自身は担当する取引先が変わり、今までよりもゆとりが増えていた。必死に突っ走ってきた時代は終わり、ようやく周りの景色が見えてきた、といった感じだ。すると、知らず知らずのうちに会社のことや将来のことを考えるようになった。

 どこにも負けないような高い技術力を持たない企業は結局、価格競争に巻き込まれてしまう。単純にモノづくりをするだけでこれからの時代、生き残っていけるのだろうか?

 自分は? この会社で5年先、10年先も働き続けるのか?

 もうすぐ結婚を控えている。妻のためにも、自分のためにも新天地で挑戦したい。転職の気持ちが固まった。

ほとんど転職活動をせずに
トントン拍子で採用が決まる
 

 坂本さんは大学3年生の秋、交換留学生として米国へ旅立った(※1)。最初は全く講義が聞き取れなかったが、しばらくするとスルスルと理解できるようになり、充実した1年間を過ごした。

 帰国したのは4年生の秋。同級生たちはとっくに就職活動を終えている。坂本さんは留学が決まった時点で、帰国後すぐに進路を決めるのは無理だと考え、就職を1年間遅らせるつもりでいた。

 しかし、なんとなく出向いた就職部に思いもよらない出合いが待っていた。

「実はある電機メーカーがまだ採用を行っているんです。英語力を生かせる海外営業の募集だから、受けてみませんか」と担当者から声を掛けられたのだ。それまで志望業界や職種など、自分の就職について何一つ考えたことはなかったが、成果が明確に表れるモノづくりに興味を持ったことや、海外営業という職種に惹かれ、就職試験を受けることを決めた。選考はトントン拍子に進み、あっという間に内定の結果が出た。

「まさかの展開に自分でも驚きました。自己分析とか業界研究とか、全然やってませんでしたから。でも、内定した会社に特に不満も不安もなかったし、あまり深く考えずに入社を決めたんです」 

大手メーカーからの注文を受け
多忙な毎日を送る
 

 入社してからの坂本さんは多忙だった。液晶テレビやDVDプレーヤーなどのOEM(相手先ブランド製造)を担当。営業の役目は、顧客とのやりとりだけではなく、社内のさまざまな部門の調整役となりながら注文通りの製品を作り上げていくことだった。

 当時、会社の経営は上り調子。大量に入ってくる大手電機メーカーからの要望に応え、製品が生産されていくのを見ると、モノづくりに携わる醍醐味を感じることができた。社内の誰もが仕事に追われていたが、皆、生き生きと仕事をしており、活気に満ちあふれていた。

「英語力を生かせる」というふれこみ通り、海外に出張する機会が頻繁に訪れた。アジア、アメリカ、ヨーロッパに製品の工場があり、定期的に足を運んでは製造ラインのスタッフへ指示を出したり、顧客を連れて工場見学をしたり。現場で問題が起こったときはすぐに飛んで行き、解決しなければならなかった。平均して1年の約4分の1は海外での仕事だった。

「実際は英語があまり役に立たないことも(※2)ありましたね。たとえば、アメリカの工場で働いているスタッフはほとんどがスパニッシュアメリカン。僕の英語は全然通じなくて、身振り手振りでやり取りです。たいへんでしたけど、どういう状況にあろうと、なんとかして問題を解決するという力はついたと思います」

 しかし、やりがいに満ちた多忙な日々はそう長くは続かなかった。

会社の業績低迷で転職を考える
背中を押した“ある事情”
 

 入社から4年が過ぎたとき、営業部内で取引先の担当替えがあった。仕事の内容は変わらないものの、坂本さんは以前より手間がかからない取引先の担当となり、多少の余裕を感じるようになっていた。

 会社の業績悪化が顕著になったのは、そのころだった。取引先がより人件費の安い海外メーカーへ注文をシフトさせていったのだ。かつては活気に満ちていた営業部のフロアには、どんよりした空気が漂っている。

「ウチは他社に誇れるような技術力がないから……」
「やっぱり、単純なモノづくりだけじゃ、先細りするのもしょうがないよ」

 社内でそんな言葉が聞かれるようになり、転職先を決めて退職する社員も出始めた。

 坂本さんの心も少しずつ変化していた。

「高い技術力を持たない企業は結局、価格競争で負けてしまう。単純にモノづくりをするだけではこれからの時代、生き残っていけるのか不安を感じました。今までがむしゃらに働いてきたけれど、果たして5年先、10年先もこの会社でやっていけるのだろうか?と真剣に考え始めましたね」

 自分の手がけた製品が常に他社ブランドとして販売されることにも疑問を感じるようになっていた。やはり、自分たちの会社の名前で勝負できるものを作りたい、高い技術力を持つ会社で働いてみたい、という気持ちが坂本さんの中で次第に大きくなっていたのである。

 しかし、なかなか転職への踏ん切りはつかなかった。今の仕事にまだ愛着があったし、入社5年というキャリアで条件の良い転職ができるかどうかがわからなかったからだ。迷っているうちに、坂本さんの身にある変化が訪れた。結婚が決まったのである。

「家庭を持つことになって、心配になったんです。業績が傾いている上、福利厚生が充実していない会社に勤め続けて家族を養っていけるのか?(※3)って。やはり、早いうちに転職して安心して暮らせるようにしたいと思い、転職を決断しました」

 迷っていた坂本さんの背中を押したのは、結婚という事情。しかし、これを機に自分のやりたい仕事や将来について、より深く考えるようになる。坂本さんの自分のキャリアの舵取りを大きく変えようとしていた。


以降[後編]に続く

 
プロフィール
photo
※写真はイメージです

大阪府在住の28歳。大学卒業後、電機メーカーに就職し、海外営業部に配属。液晶テレビやAV機器のOEM(相手先ブランドで販売される製品)担当となり、頻繁に海外出張に飛ぶ多忙な日々を送った。2007年、担当する顧客が変わり仕事が楽になったころ、会社の業績が傾き始め、「この先ずっとこの会社でやっていけるのか?」との不安を感じ、転職を考えるようになった。

坂本さんの経歴はこちら
 

交換留学生として米国へ旅立った(※1)
もともと英語が得意だったわけではないが、通っていた大学に交換留学制度があると知り、「一度は海外で学んでみるのもいいかな?」と思って挑戦。英会話スクールなどには通わず、NHKのラジオ講座などで独自に勉強を重ね、留学を果たした。

 

英語があまり役に立たないことも(※2)
「ヨーロッパでも英語が通じない国が多いので、伝えたいことを絵に書き表して理解してもらったこともあります。外国語ができることも大切ですが、仕事の現場ではなんとかして自分の意志を伝えようとする意欲が重要なんだと学びました」

 

家族を養っていけるのか?(※3)
結婚相手の女性は遠方から引っ越してくるため、今までの仕事を続けるわけにはいかず、当面は坂本さん一人の収入で生活する必要があった。

 
次回は8月4日配信予定
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取材・文/田北みずほ
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