2002年もあと一カ月を切った12月のある日、中野和弘さん(仮名・当時31歳)はうつろな目で営業車を走らせていた。街は年末特有のきらびやかなイルミネーションに彩られ、街行く人々の目を楽しませていた。
しかし中野さんの目にはそんな風景は映っていなかった。
「パッパー!」
突然後方でクラクションが鳴った。はっとして前方を見ると、信号が青に変わっていた。
「どうして俺なんだ……」
ため息とともに車を発進させた。今朝突然居場所を奪われた会社へ戻るために。
「中野、ちょっといいか」
12月某日、出社してデスクにつくや否や、課長に呼ばれた。
「応接室で話そう」
なぜわざわざ応接室で? なんとなくイヤな感じがしたが、ドアを開けソファに座る部長の姿を確認したとき、イヤな予感は確信に変わった。
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「中野くんには来年1月20日付で辞めてもらうことになった。会社の決定だ。この件に関して質問は一切受け付けないし、相談にも乗らない。2日後の朝にこの用紙にサインをして提出するように」
部長から発せられたこの言葉に、頭の中が真っ白になった。それは俺に言っているのか? 用紙には「退職願い」と書かれてあった。
「私がクビにならなければならない理由を教えてください」
「質問は一切受け付けないと言ったはずだ。引継ぎさえきちんとやれば、辞めるまで何をしても構わん。以上」
「退職願い」には「一身上の都合により」と書かれてあった。自己都合に見せかけた不当解雇(※1)だった。
「どうして俺なんだ」
この問いだけが果てしなく頭の中をめぐっていた。
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