キャリア&転職研究室魂の仕事人第38回 ゴスペルアーティスト ナナ・ジェントル-その6-仕事は人に価値を与えるもの
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魂の仕事人   photo
魂の仕事人 第38回 其の六
仕事は人に価値を与えるもの 経営者としての試練を乗り越え 壮大な夢に向かってひた走る
18歳のときに体験したアフリカでのボランティアから始まった国際協力への道。失敗を重ね、時には人間に絶望し、傷つき、立ち上がれないほどの挫折を味わった。それでも決してあきらめず、今ではゴスペルによる国際協力を事業として成立させるまでになった。しかしナナさんの旅はまだまだ終わらない。彼女には大きな夢があった──。最終回の今回では、ナナさんにとって仕事とは何か、誰のため、何のために働くのか。そして今後の夢について語っていただいた。  
NGOゴスペル広場代表・ゴスペルアーティスト ナナ・ジェントル
 

最大のピンチ

 

NGOゴスペル広場が始まってから最も大変だった時期をあげるなら、ゴスペルスクエアを立ち上げてからの最初の数カ月間でしょうか。

ゴスペルスクエアは2008年6月にオープンしたのですが、2カ月前の4月から無料体験会を開いていました。緊張と共に臨んだ第1回、20人以上の参加者が集まった中で最終的に入会を申し込んでくれたのは、なんとわずか3人でした。これには焦りましたね。オープン前の体験会は残り7回、目標はメンバー100人でしたから。スタジオを借りる場所は渋谷だし、講師も一流ですから、当然その分経費がかかる。会費の安さを守るためにはどうしても人数が必要なんです。オープン時に100人くらいいてもらわないと、場所代も講師への謝礼も払えなかったんですよ。

毎日、スタッフと一緒に試行錯誤しながらの前進でした。何か新しいアイディアをやる度に、少しずつ数字が伸びていって。一気に30人が入会してくださった回もありました。2カ月後にはなんとか目標を達成でき、みんなで喜び合いました。

ところがいざ始まってみると、入会申込書を出したきり来ない方が何十人といたんです。しかもメンバーになってくださった方の会費は、銀行口座からの引落しなので2カ月後にならないと入ってこない。今月の支払を乗り切れるのか、毎日が不安で押しつぶされそうでしたよ。ゴスペルスクエアを始めるために信用金庫から借金した数百万円が、あっという間に底を尽きそうな勢いで減っていきました。

人を雇うことや、自分の住まいの家賃より高い場所を借りること、この責任感の重みはやってみるまでわからなかったですね。自分の取り分なんて、次のまた次の話です。

仕事としてやるっていうことは趣味でやるのとは次元が違う、ということを思い知らされました。一瞬も気が休まらない。夫との休日のデート中でさえ、気が付くと手にペンと紙と計算機をもって収支計算を始めていましたから(笑)。

間違っていた先入観
 

もうひとつよくなかったのは、トップはマネジメントが仕事、という先入観でした。もう少し現場に出ているべきだったと思います。当時はスタッフを育てたいという思いもあり、メンバーの対応やプログラムの指導など、現場の仕事をできる限りスタッフに任せようとしていました。だから極端に言えば、逆に私が見えるものは数字しかなかったんです。今週何人がメンバーになって、会費収入はいくらになった、って。ビジネス関連の書籍を読めば、どう売上げを倍増させるか、どう事業を拡大していくか、そんな話ばかりじゃないですか。

でもある日、何かがおかしいって思ったんです。だって、やりたいことをやれているはずなのに、全然楽しくない。会社勤めをしていた頃は、好きなゴスペルをやる時間が夜と週末しかなくて、会社を辞めればどんなに楽になるだろうと思ってた。なのに全然楽にならない。心配やプレッシャーにかきたてられる毎日。ちょっとしたことでイライラしてしまうし、気持ちがふさいでしまうんです。

FAFA GOSPEL HOUSEをやってた頃は本当に楽しかったんですよ。お金も何も関係ないですから、何でも思いきり自由にやれてすごく充実感があった。それがいつの間にか、活動を拡大していかなきゃとか、早く自分やスタッフの給料を上げなきゃとか、立派な団体と周囲から認められるようにならなきゃという思いが先行してしまっていたんです。

原点を思い出して立ち直る
 

ふっきれたきっかけになったのは、ある映画を観たことでしたね。決して特別なストーリーではなかったのですが、主人公が一見、場違いと思われるような環境の中でも、自分らしさを貫くことで開花していく、という内容にすごく共感しました。

そして同じ時期に、私たちの支援先であるスリランカへ訪問する機会があったり、イベントなどでメンバーの方々と直接深く交流する時間が持てたりして、何のためにこの活動を始めたのかをじっくり問い直すことができました。「やりたいからやる」という気持ちを思い出そう、もう一度原点に立ち返ろう、そうしなければいけないと感じました。

原点とは、私自身の「ゴスペルを歌うことが何より好き」という思いです。やりたいことを、やりたいようにやってみよう、そうしたら結果はおのずとついてくるはずだ、って。

そんな矢先、インストラクターを務めていたスタッフが個人的な理由でゴスペルスクエアを辞めることになりました。彼女の教えていた3クラスすべてを、私自身が引き継ごうと決めました。大変でしょうと心配されますが、今はすごく楽しんでいますね。通ってくれているメンバー以上に、クラスのある日を楽しみにしているかもしれません(笑)。


2008年9月6日に主催したJapan Gospel Festibal。指揮をしているのがナナさん(※クリックで拡大/写真提供:ナナさん)
仕事はたいへんだけど、いいわけにはしない
 

現在の日常は、朝起きて主人と朝ごはんを食べて、お昼のお弁当を持たせ、夜はご飯を作って主人の帰りを待っています……というのは理想的な一日ですが(笑)。でもできる限りは実行していますよ。仕事を家庭の言い訳にしない、というのは結婚する前から決めていましたから。

仕事の内容はというと、日によって全然違いますね。朝からスタジオでゴスペルを教えている日もありますし、一日中Webサイトを作っている日もあります。イベントの企画などで朝から晩まで机に向かっている日もあります。コンサートの打合せや取材の対応、バンドリハーサルなど、外へ出る仕事も多いですね。休みは1週間に1日は取ろうというのが目標ですが、苦戦中です。一人になるといつでもいつまででも仕事をしてしまうので……。何に対してでもそんな熱心になれるわけではなく、やっぱり自分で選んだ道だからこそ夢中になれるんですよね。

これまで紆余曲折、波乱万丈の人生を送ってきた。もちろんひとりでここまで来れたわけではない。様々な恩人との出会いがあったからこそ今の自分があるとナナさんは語る。

人生を変えた出会い
 

私の恩人はたくさんいますが、進路を切り開いてくれた出会いといえば、横浜コミュニティーチャーチの荒川牧師夫妻ですね。高校時代の合唱部のゴスペルコンサートを観てくださったことがきっかけで、初めてゴスペルを社会人に教えるという仕事をいただきました。また、基地の黒人教会へ誘ってくれた黒人ゴスペルシンガーと出会えたのも荒川夫妻のお陰でした。荒川さんと出会えたことからゴスペルの活動が始まりましたから、人生を変えた出会いでしたね。そして荒川さんの元でゴスペルを教えていた時期には週一回自宅に泊めてくださり、実の親のようにいろいろと親身に接してくださったことも、今の自分にとって大きな糧となっています。

それから、夫であり親友でもあるニック。同じ時期に同じ会社に入ったのも、偶然ではなかったようで。彼は、ゴスペルが好きならそれを仕事にしなよ、応援するよ、と背中を押してくれた一番のサポーターです。言葉の通り、私が会社を辞めて収入が一時ゼロになっても嫌な顔ひとつせず、ゴスペルで帰りが遅くなっても週末が潰れても決して文句を言わず、どんな愚痴や悩みやうれしいニュースにもとことん付き合ってくれる。NGOゴスペル広場の活動は彼の理解がなければできませんでした。

最後に、出会いではありませんが何と言っても母の存在は大きいです。世間の親が習い事だ、塾だ、受験だと騒ぐ中、そんなことを全く気にせず伸び伸びと遊ばせてくれ、何にでも自由に挑戦させてくれた母の強い教育方針あってこそ、今の私があると痛切に感じます。挫折して落ち込んだときに優しく受け止めてくれたのも母、間違った道に進もうとしたときに身体を張って守ってくれたのも母。今まできちんと感謝の気持ちを示してこれませんでしたが、母はまさに私の人生の恩人です。

結婚し、幸せな家庭を築きながらも、仕事にかける情熱はいささかも衰えることはない。ナナさんを駆り立てるものは何なのか。彼女にとって仕事とは何か、何のために働くのか。

仕事とは人に価値を与えるもの
 

仕事とは……そうですね……「人に価値を与えるもの」ですかね。ゴスペルを歌ったり教えたりすることで対価をいただくわけじゃないですか。だから私が歌いたいから歌うというだけではなくて、メンバーやお客さんに喜んでもらいたい、何かを持って帰ってもらいたいという思いで働いています。それが趣味でやるのとの決定的な違いですよね。人に価値を与えるという意味では、モノであれサービスであれ、何でも同じではないでしょうか。

ゴスペルの仕事、ということでいえば、私の生き甲斐ですね。以前米軍基地の教会でのいざこざがあって一度ゴスペルから離れたことがありましたが、離れてみてやっぱりわかったんですよ、ゴスペルが私の中でどれだけ大きい部分を占めているかということが。

歌うということ自体も私の生活になくてはならないものですが、もうひとつ大きいのは、ゴスペルの持つ人生観というか。「一番大切なものは愛」「神様に日々感謝する」「人生に無駄なものはない」というメッセージがゴスペルにはあります。頭ではわかっていても、社会の中で生活していると、愚痴や人の悪口を言ったり悲観的な気持ちになったりしがちで、ついその波に飲まれそうになっちゃう。だから大勢で集まってゴスペルを歌う時間は私にとって、単に大きい声で歌ってストレス発散というだけじゃなくて、どこか心のリフレッシュでもあるんです。

きっとメンバーの方々にとっても同じだと思います。ゴスペルに出会って気持ちが明るくなれたという声をたくさんいただくんですよ。それがゴスペルの仕事の醍醐味ですね。

そして、私の活動で切っても切り離せない、国際協力という要素。自分たちの活動が少しでも他の場所で役に立っている、というのは素直にうれしいですよね。「ゴスペルを通じた国際協力」はきっと私の天職というか、天から与えていただいた役目のようなものです。

自分のため、スタッフのため、メンバーのため
 

何のために働くかというと、企業に就職したときはお金のため、生活のためという考えでした。仕事とはそういうものだと思っていました。外資系企業は年収は悪くなかったのですが、結局それだけじゃ満足できなかった。だから今思うのは、やっぱりお金のためだけじゃないですよね。もちろん生きていくためにお金は必要なので、一社会人として経済的に自立できていることは最低条件。でも仕事って、自己実現の手段でもあると思うんです。

「誰のために働くか」は、一番は自分のためですね。以前は何となくオフィスワークこそが立派な仕事というような固定観念があったのですが、実際は仕事の種類っていくらでもある。自分が生かせる職業を見つければいいし、なければ自分で作ったっていい。私はその後者で、自分のやりたいことをするために団体設立までしたわけですから、それは間違いなく自分のため(笑)。

NGOゴスペル広場の2人のスタッフ。望月さん(左)は看護師と平行しての勤務だったが、看護師を辞職し、NGOゴスペル広場1本に。岸野さん(右)は学生時代からのインターシップを経て、この春の大学卒業と同時に正職員になる

次には、経営者なのでスタッフのためという気持ちがあります。NGOゴスペル広場の活動をすごく好きでいてくれるスタッフを、何とかこの活動で食べさせてあげたい。自分だけだったら、いざとなれば自分の給料を削るのは簡単です。でもスタッフのことを考えたら、もっと団体を成長させていい給料をあげたいと思います。だからスタッフの存在は実に大きなモチベーションになっています。

それから、ゴスペルが好きで、私たちの活動に共感して集まってくれるメンバーのため。メンバーは、お客様であると同時に私たちにとって大切な「ゴスペル仲間」です。楽しく歌って、気持ちよく時間を過ごしてもらえるよう、できる限りのことをしていきたいと思います。

NGOを立ち上げ、大きなイベントを成功させ、ゴスペルスクエアも軌道に乗り、さらに地方でもサニーサイドゴスペルクラブが立ち上がり、「ゴスペルを通じた国際協力」活動はどんどん広がっている。まさに順風満帆といった感じだが、ナナさんの目はより遠くを見ていた。

まずはサニーサイドを軌道に
 

まず目先の一番の目標は、横浜と三重で始まったゴスペルスクエアの支部の活動、サニーサイドゴスペルクラブを軌道にのせることです。それぞれのリーダーは、私たちのゴスペルスクエアで初めてゴスペルに出会った人たち。その二人にゴスペルの魅力やゴスペルグループを主宰することの楽しさ、やりがいを伝えていくことが今の私たちの重要な仕事です。

サニーサイドはスタートから1カ月が経ちましたが、現在横浜と三重を合わせて既に150名以上の方がメンバーになってくださいました。4月11日の合同イベント「第一回GOSPEL FOR PEACE」でお会いするのがとても楽しみです。

日本ならではのゴスペル文化を作りたい
 

長期的な夢としては、ゴスペルを日本でもっと身近なものにしたいですね。日本でゴスペルをやっている教室やスクール、サークルはたくさんありますが、何に重点を置いているかというのはそれぞれです。現状を見ていると、大きくふたつのグループがあるように思います。

ひとつは、コーラスを特徴とする音楽ジャンルのひとつとしてゴスペルを捉え、ポップス曲のゴスペル風アレンジなども取り上げながら、ハーモニーやリズムを楽しもうという方針。確かにゴスペルは音楽的にとてもかっこよく、それだけで充分に魅力的です。でも個人的には、それだけではちょっともったいないという気がしますね。

もうひとつは、キリスト教の伝道を目的としたもの。そう言うと驚く方もいますが、現にたくさんありますよ。良い悪いは別として、キリスト教会が主宰しているものやクリスチャンの方々が率いているものの多くは、ゴスペル=伝道手段と位置づけられています。少なくとも、本場アメリカではゴスペルとはそういうものですから。ゴスペルを通じてたくさんの人が教会に足を運ぶようになり、クリスチャンになる。同じことが日本でも各地で行われています。

でも日本の多くのゴスペルファンはクリスチャンではないですし、クリスチャンになろうとして歌っているわけではありません。そこのギャップをとても感じますね。実際に「クリスチャンじゃないのにゴスペルを歌っていいのだろうかと悩むときがある」という声を頻繁に聞くんですよ。

私も正直その気持ちはすごくわかるんです。私にも、ゴスペルはクリスチャンのものか否かと悩んでいたときがあります。でも、実際に本場の黒人教会に入って思いました。私たちは日本で生まれ育った日本人であるという時点で、彼らとは決定的に違う。リズム感や歌唱力もさることながら、宗教観、文化、人種差別といった彼らの歴史、すべてが違う。

彼らと一緒に活動していて気付いたのは、日本人がゴスペルに感じている魅力は、本場である彼ら自身の見方とはまた違ったものなんだなということです。ちょうど西欧で日本のお寿司などの和食やマンガ、武道などが彼らなりの感覚で受け入れられ、発展しているのと似ているでしょうか。私たちにとってのゴスペルも、無理して黒人教会の人たちの物真似をするのではなく、私たちの中でひとつの文化として発展させていけばよいのでは、と思うようになりました。

例えるならヨガのように
 

例えるなら、ゴスペルがヨガにようになったらいいなって思います。いや、ヨガのことは詳しくないのですが(笑)。でもヨガって、元々は古代インドのものですから、宗教的なものだったはずでしょう。仏教や現地の宗教の修行法だったと聞いたことがあります。今フィットネススタジオでヨガをやっている人で、「私、ヒンズー教徒じゃないのにヨガをやってていいのかしら」って感じる人っているんでしょうか? 恐らくいないと思うんです。ただ、じゃあ単なる体操になってしまったのかといえば決してそんなことはない。瞑想を中心とするスピリチュアルな部分、背後に哲学などがあるからこそ、大勢の人を魅了していると思うんですよね。

宗教色はないのに、スピリチュアル性はある。このヨガの受け入れられ方を見たときに、ゴスペルもそうなれないかなって思いました。もっとも、ヨガのような高級なイメージは不要ですけどね。今となっては、ヨガといえばきれいなスタジオとおしゃれなフィットネスウェア。ハリウッドのセレブがヨガを世に紹介したから今のようなイメージになったのだと思いますが、きっと古代インドの師匠のような方が見たら、同じものとは思えないほど驚きますよね(笑)。ゴスペルだって、そのくらい変わっていってもいいと思うんですよ。

更に言えば、多くのヨガのスタジオにはインストラクター養成コースがあります。誰でも興味があれば、コースを受講してインストラクターとなり、ヨガを仕事にできやすい環境が作られている。このことはヨガの発展に大きく貢献していると思いますね。特定の一部の人しかプロになれないような分野では、それ以外の人は所詮部外者ということになってしまいます。ゴスペルはまだそういう領域にあると思います。でもゴスペルにも、既に自分で歌ってみて楽しかった経験やうれしかった経験をしている人は山ほどいるんですよ。そういう方々が部外者にならず、むしろ主役になれるような場を作っていけたらと願っています。

そういう意味で、サニーサイドゴスペルクラブの始動に踏み切ったのは、まさにそのための第一歩でもありますね。

目標は具体的には決めない
 

何年後までに何をするとか、具体的なゴールはあまり決めないようにしているんです、変に焦ってしまうから。現在のような活動ができているのは、目の前の一歩を踏み出してきたことの積み重ねなんですよ。踏み出したらいろんな出会いがあって、次の目標が見つかって、それに対してまた頑張っていたら次に繋がって…という繰り返しです。だから10年前に「10年後はこうなっていたい」って思ったことがあったとしても、大ハズレ。10年前は本場のゴスペルにも出会っていませんし、国際協力活動への関心も低かったですし、ゴスペルを教えるという仕事があることすら知りませんでしたから。

だからまずは、「今」を思いっきり楽しむことだと思います。10年後、20年後に、何をしていても別にいいんですよ。「これを実現させないと死ねない」っていうものは全然ないですね。ただ、今がとても幸せなように、10年後でも20年後でも、そのときそのときで充実した生活をしていたいですね。

白紙の状態こそ恵まれている
 

子供の頃、大人からよく夢を持ちなさいとか、人生の目標計画を立てなさい、って言われませんでしたか? 私は中学のときに人生計画表を書かされた記憶があります。歌手になるのが夢だったから、10代でオーディション合格してデビュー、10年後はアメリカで歌手活動、なんて表を書いたんですが。この表はその後何の役にも立っていません。

昔から、そして大人になった今でも、「ナナちゃんは好きなことがあっていいね」って繰り返し人に言われます。私は全然そうは思いませんよ。こんなに歌が好きじゃなかったらなあと何度も思ったことがあります。国際協力を勉強しても、通訳の専門学校に行っても、企業に就職しても、常に歌の活動と並行してやっているから、何をしても結局中途半端になってしまうんです。だから私は歌しかできていない。他に選びようがない。歌手や女優やスポーツ選手のようなわかりやすい夢なんて、現実にある仕事のほんの一部に過ぎず、世の中には他にもたくさんの機会があるというのに。

コレってものが何もなかったら、いろいろやってみたかったなって思うんです。大企業に入ってグローバルに駆け回るのもいいし、バリバリやってるベンチャーに飛び込むのもおもしろそう。何か資格の勉強をして独立をするのも楽しそうだし、世界中をバックパッカーとして歩き回るのも魅力的。早いうちに結婚して子だくさんママにもすごく憧れる……でもゴスペルにハマってしまっている以上、どれも無理。今が白紙だという人がいたら、逆にすごく羨ましいですよ(笑)。

何かひとつのことを極めるのもひとつの生き方ですが、今の時代いろんな選択肢がありますよね。「ナナちゃんにはゴスペルがあるけど私には何もない」という人には一言こう言いたいですね。あなたには無限の可能性があるんだよ、って。今からどの道に進んだっていいんだから。少しでも興味のある分野があったら、まず3年、いや1年でもいいから飛び込んでみればいい。それが何であれ、自分の足で動いてこそ楽しいし、そこからいろいろなことが見えてくるものではないでしょうか?

とにかく一歩踏み出すことが大事
 

何かをしようと思ったらあらかじめしっかり先まで計画を立てないといけない、って日本人によくある思考ですよね。それで結局何も動けなかったりする。でも、少なくとも私自身の道を振り返ると、それは違うんです。いつも思いがけないところから次の扉がやってくる。そのきっかけは、まずとにかくはじめの一歩を踏み出すことではないかと思います。そうすれば自分に合うか合わないかもわかるし、今まで出会えなかった人とも出会える。失敗や挫折があったとしても、そこから学ぶことが必ずある。いくら緻密に計画を立てたって、机の前にいるだけでは何も変えられないですからね。

ゴスペルに教わった考え方のひとつ、それは”Do your best, and God will take care of the rest”(自分のできる限りのことをしなさい、あとは神様がやってくれるから)ということです。行き詰っている時期などは、すべてを自分の責任ととらえてしまうのではなく、天命というか、自分の人生の駒を天から動かしてくださる大きな存在を意識することが、生きていく上で大きな助けになるときがあります。

少なくとも私自身はそれを信じられたからこそ、ここまで進んでこれました。そしてあるときふと振り返ると、あちこちに曲がりくねっていたと思っていた道も、不思議とまっすぐな一本道だったことに気が付くんですよね。だからまずは今の自分を信じて一歩踏み出す。そこからすべてが始まるのだと思います。


取材時に参加していたゴスペルスクエアのメンバーのみなさん

こちらからメンバーの声が読めます


 
第1回2009.2.16リリース 新しい国際協力の形を作った ゴスペルの若きカリスマ
第2回2009.2.23リリース 高校生でゴスペル講師に 18歳で念願のアフリカへ
第3回2009.3.2リリース 国際協力への目覚め 運命を変えた黒人教会
第4回2009.3.9リリース 新教会設立に尽力も除名 絶望からの再出発
第5回2009.3.16リリース NGOゴスペル広場設立 サニーサイドゴスペルクラブ開設
第6回2009.3.23リリース 経営者としての重圧 仕事は生き甲斐

プロフィール

ナナ・ジェントル

NGOゴスペル広場代表、ゴスペルスクエア代表、ゴスペルアーティスト及び講師。
1981年10月神奈川県生まれ。10代の頃から歌手を目指し、中学時代からプロの音楽家に師事。15歳でゴスペルと出会い、高校在学中にゴスペル講師としての活動を始める。高校卒業後、アフリカ・トーゴで1ヶ月間のボランティアを体験。帰国後、トーゴ支援のプロジェクトを起こすが、あえなく挫折。19歳のとき米軍基地の黒人教会の聖歌隊に加入し、本場のゴスペルの歌、指揮などの指導を受けると同時に、フリーのゴスペル歌手としても活躍。また翌年には黒人夫妻のもとで日本初の本格的ゴスペル教会の立ち上げに参画。

ゴスペル教会のスタッフ、黒人によるゴスペルスクールの運営、大学生活と平行し、2002年にゴスペルサークル「FAFA GOSPEL HOUSE」を結成。ゴスペルを通じて途上国支援を行う団体として、その会費やイベントで得た収益の中から5年間に渡り200万円以上を国際協力NGOに寄付。2005年には神奈川県の公立高校で日本初のゴスペル授業を行い、好評を得る。

2006年には外資系IT企業のマーケティング部に就職。1年半後に退職し、「ゴスペルで国際協力」を事業として行うためにNGOゴスペル広場を設立。2008年5月に活動第1弾の「チャリティー・ゴスペル・マラソン」を代々木で開催。そのときの収益金80万円でスリランカに職業訓練センターを同年10月にオープンした。

2008年6月にはゴスペル教室「ゴスペルスクエア」を設立。会費、イベント収益金の一部をラオスの子どもたちの奨学金として寄付。2009年2月にはゴスペルスクエアから派生したサークル「サニーサイドゴスペルクラブ」が三重県と横浜にオープン。「ゴスペルで国際協力」の輪はますます広がっている。

【関連リンク】

 
お知らせ
 

第一回GOSPEL FOR PEACE
2009年4月11日(土)開催の誰でも気軽にゴスペルを「聴いて」「歌って」楽しめる3時間のチャリティゴスペルフェスティバル。

 
 
お知らせ
 
魂の仕事人 書籍化決!2008.7.14発売 河出書房新社 定価1,470円(本体1,400円)

業界の常識を覆し、自分の信念を曲げることなく逆境から這い上がってきた者たち。「どんな苦難も、自らの力に変えることができる」。彼らの猛烈な仕事ぶりが、そのことを教えてくれる。突破口を見つけたい、全ての仕事人必読。
●河出書房新社
●魂の仕事人ブログ

 
魂の言葉 魂の言葉 10年後の目標なんて決めなくていい 今を楽しめれば幸せはついてくる 10年後の目標なんて決めなくていい 今を楽しめれば幸せはついてくる
 
「自殺対策に取り組む僧侶の会」代表・安楽寺副住職 藤澤克己氏インタビューへ
「魂の仕事人」バックナンバー一覧へ
取材・構成/山下久猛
写真/bushi-HONDA
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