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魂の仕事人   photo
魂の仕事人 第29回 其の四
自分のため、世の中のため 遊びのように熱中できる仕事が最高 趣味や勉強では魂は燃やせない
6つの会社を渡り歩き、7つの職種を経験した末に、53歳で独立。77歳になってもいまだ現役の交通事故鑑定人として活躍中の林氏。まだまだ辞めるつもりはないと、老いてますます盛んである。なぜ普通の老人は隠居生活に入っているこの歳でここまで意気軒昂でいられるのか。最終回の今回では、林氏にとって仕事とは何か、何のために働くのか、そしていくつになっても輝いていられる秘訣を聞いた。  
交通事故鑑定人 林 洋
 

遊びのように熱中できる仕事を見つける

 

 やはり生きがいとなる仕事をもつと、いくつになっても生き生きとしていられますよね。己の人生を懸ける仕事としては、遊びのように熱中できる仕事を見つけることが望ましいと思います。そうすれば仕事が苦にならず、いつまでも仕事に没頭できますから。子供の頃、野原に出てはいろいろといたずら遊びを考え出しては夢中の時間を過ごしていたでしょう。あの頃の心境に戻るということですよ。遊びのように熱中できる仕事は何かを十分に問い詰めないで、不完全燃焼の人生を過ごしてしまっている人が案外多いんじゃないですかね。

 では、遊びのように熱中できる仕事を見つけるためには具体的にどうすればよいか? 私だって最初からそれがわかっていたわけではないですよ。元々交通事故鑑定をやりたいと思っていたわけでも、自分で望んでなったというわけでもないですからね。

 私はわがままだったので、若いころはこれも合わない、あれも合わないと、いろいろな会社・職業を放浪した結果、30歳のときに自動車メーカーの実験部で初めて性に合う仕事に遭遇し、同時に問題発見・問題解決というタスクが大好きなんだという自分自身の性もしっかりと自覚できたんです。

 その後もこっちから追い出され、あっちへ抜け出て行ってと放浪する間に、全身全霊を懸けられる「俺が求めていたものはこれなんだ」という仕事に出会ったんですね。

 だから今では、「私の仕事」が確定するまで、多少は放浪してもいいんじゃないかと思っています。こういうことを言うと、世間一般の親御さんたちには怒られるかもしれませんがね(笑)。

課題にこだわらず、方法論を楽しむべし
 

 私と同じ転職を繰り返す放浪児タイプの若者たちに対するサゼッションとしてぜひお勧めしたいことは、「放浪中は課題にこだわるな、そして方法論を楽しめ」ということです。後の豊臣秀吉になる木下藤吉郎は、信長に仕えている間、台所の賄いから、一夜漬けの築城から、敗退軍のしんがりの引き受けまで、時宜に合わせて何でも引き受けてこなしていました。そういう、底辺時代の融通無碍(ゆうずうむげ)の戦略研究が天下を取ってからの戦略にも生きている。秀吉と比べるのはおこがましいですが、私の場合も放浪中は課題のいかんにはこだわらず、方法論を楽しむことに熱中していました。それが、最後の仕事となる鑑定稼業において、さまざまな形で生きています。

 そして放浪の過程であっても、少しピントが外れていてもいいので、情熱的に取り組むことが絶対必要ですね。

 例えば、高校の教師をしていた時には、教壇に立って生徒に教えなければならないので、元々勉強は嫌いだったけど、一通りは物理の基礎的なことを勉強し直しました。でもやってみると、結構おもしろかった。学生時代にサボっていたことが惜しまれました。また、生徒に教えなければならないことが、物理の論理の核心のところをじっくりと考える動機になるんですね。上っ面の勉学ではなくなる。この時期につかんだ物理、力学の理解力が、鑑定人になってから大いに役立っています。

 高校教師を辞めた後に航空自衛隊で学んだエレクトロニクスの知識は、その後に勤めた自動車メーカーや自動車研究所ですごく役に立っていますし、自動車メーカーで実験屋をやっていたときの問題発見・原因究明の発想法は、自動車研究所の研究業務でも生きています。さらに、自動車研究所で取り組んだ大気汚染の研究やエレクトロニクス技術や新材料のテクノロジー・アセスメントや人間工学の勉強も、交通事故鑑定の洞察領域を広げる上で大いに役立っています。これまで放浪中に取り組んだ仕事の体験が、まるで地下茎のように、今の自分を支えてくれていると思いますよ。

 ただし、仕事に熱中するばかりで、嫉妬連帯的カイシャ社会の空気が読めず、上司や上役に全く気を遣わないから、組織の中で浮き上がり、結果追い出されることになりますが、あれもこれもというわけにはいきません。これ、多少、言い訳です(笑)。

 決してお説教ではなく、こういう生き方をした方が得だよと言っているのです。どのような仕事をするにしても、とにかく近いところに小さな志の目標を見つけて、自分独自の最高の方法を見つけてやろうと張り切ってみるとよい。そういうものの蓄積が、意外に、第二の人生でのあなたの戦力を強化する結果になると思います。

失敗は気にしない
 

 もちろん、人生には、運や縁というものもあると思いますよ。自動車メーカーに入る前に、航空機の整備会社や造船所の入社試験を受けて落ちていますが、もし、それらに受かっていたら、もっと別の人生を送っていたかも知れませんね。人生にはハプニングも巡り合わせもあるけれど、放浪しなければ、少なくとも、自らの意思で選ぶ人生というものがありません。しかし、自分の人生はできるだけ自分自身で主体的に決めた方がいですね。誰の人生でもない、あなたの人生なのだから。

 一番マズいのは、あれこれと頭の中だけで考えて、結局、踏み出さないことですね。これでは人生を主体的に選ぶことなしに一生を終わってしまうことになります。もったいない話だと思いませんか?

 放浪の途中には、滑ったり転んだりということがいろいろとありますが、それはあまり気にすることはないと思います。私なんか失望と挫折の連続でしたからね(笑)。自動車メーカー時代には仕事はすごくおもしろかったけど、目立つことをするもんだから上役の嫉妬を買って、仕事を取り上げられる、左遷されるで、仕方なく追い出されるように飛び出さざるをえなかった。フリーのカーライターで食って行こうとしたけど無理で、全然食っていけなかった。偶然的に自動車研究所に拾ってもらって、最初のうちは重宝がられて部長にまでなったけど、ここでも目立つことをして我を通そうとするもんだから、窓際族にされた挙句、またまた、放逐されて、ついに一匹狼になってしまったんですよ。

 窓際族にされたり組織から追い出されるのはもちろんつらいですよ。あの屈辱感や挫折感、これからどうやって食べていこうという生活不安、もう少しうまくやればよかったという慙愧の思いは並大抵のものではありません。それを何度も味わいました。

 でもそれを重ねていくたびに、あのときも切り抜けてきたから今回も何とかなると思えてくるんですよね。嫉妬され意地悪されて、降格され、左遷されても、月給が全くもらえなくなるわけでもない。だから干されの時間を使って論文をまとめたり、本を書いたり、新しく仕事を作って最新知識を吸収したり、書く能力を磨いたりした。それが今にすごく生きている。会社を追い出されたって殺されるわけじゃない。また新たな世界で腕を磨いていけばいい。そういう開き直って生きるタフさも放浪することで身につきました。

 だから失敗してもいいんです。失敗も必ず糧になりますから。そこからまた歩き出せばいいんです。今は、ああ、こういうバラエティに富んだ人生でよかったなと思えてくるから愉快です。

もう一つ大切なものは信頼性
 

 私みたいに我が強くて、どこにいってもケンカばっかりしている人間が言うのはおこがましい話かもしれませんが、一匹狼として、アウトソーサーとして生きて行く上で大切なことは、自立的な腕力をしっかり持つと同時に、確固とした信頼性を維持することですね。これは、自分ひとりで決められるものじゃない。常に相対的なものです。端的にいうと、人の気持ちを大事にすること、裏切らないこと、都合が悪いからといって逃げないことですね。ケンカをしても、表裏のないバカ正直な生き方をしていると、不思議なことに、ピンチのときに救ってくれる人が必ず現れてくれるんです。

 これまでの人生を振り返って、人の気持ちを大事にしなければ、自分の気持ちも大事にしてもらうことはできない、人を生かさなければ自分も生かしてもらえないということをつくづく感じますね。そういう思いを繰り返しています。

放浪の末に生涯の仕事を見つけ、覚悟をもち、信頼を大事に日夜仕事に取り組んでいる。そんな林氏にとって仕事とは何か。何のために、誰のために働くのか。そして今後の夢は──。

誰のために働くか
 

 何のために働くかといえば、率直にいって自分の好奇心と自尊心を満たすためですよ。今さら、社会のためとか正義のためなんてカッコいいことは言いません。ただし、世の中の役に立つことでなければ、結局は仕事人間とてして世間に受け入れてもらえませんから、そこは重要です。

 唯一のルールである「納得がいかない鑑定は絶対に引き受けない」は、目の前の利のために、世間をだまし、自分をもだまし、自分自身を卑しい人間と秘かに意識するような惨めな晩年を送りたくないからですよ。一番大切なことは、自分自身が、自分を嫌いにならない、自分を軽蔑することにならないようにしようということですね。

悠々自適な生活など無意味
 

 定年になったら、リタイアして悠々自適の生活をしたいという人も多いでしょうが、私には無理ですね。趣味や利用目的のないお勉強では魂は燃やせないんですよ。もちろん遊びや趣味で満足しきれる人は、それでいいでしょう。例えば俳句がものすごく好きで才能もあるという人だったら、作句に溺れて暮らすのもいいと思います。けれど、私も絵は子供の頃から好きで漫画などは素人ばなれに描けるし、ピアノもそこそこ弾けますが、そういう趣味に溺れきれる程の才はないし、そのように内向きになる気持ちもないですね。

 そもそも「リタイアしたら悠々自適の生活を送りたい」と吹聴している人の何割が確信をもってそう言っているのか、疑問だと私は思いますね。今、重要なことは、自分を誤魔化さず、自分はどういうことに溺れたい人間なのか、どのように終末の人生を送りたいのかという自己確認をしっかりとすることです。

一生仕事人であり続けたい
 

 頭がしっかりしていて体が動く限り、一生仕事人であり続けたい。これが偽りのない、現在の私の熱い思いです。仕事をしていれば、時には失敗したり、挫折したり、邪魔されたり、苦しいこと、つらいこともあるでしょうが、仕事の「ひと山」を乗り越えるたびに味わう「やった」という達成感、これが何ものにも替えがたい。仕事人でいるということは、こういう達成感を繰り返して、感知し続けられることですよ。

 こういう生き方をしていれば、老人性鬱病に引きずり込まれる心配もありません。仕事は必ず世間との関係の中で行われますから、自動的に孤独にならずにすみます。老いてからの最大の恐怖は孤独感ですからね。また、仕事をしていればそこそこお金が入ってきますから経済的な心配をすることもありません。それは、人に依存して卑屈になることがないということでもあります。物欲の問題ではありません。

 それから、仕事人でいれば、人を妬んだり、恨んだり、ひがんだり、嫉妬したりする必要もなくなります。自分の好きな仕事に打ち込んでいれば、そんなバカバカしいことをしている暇はありませんからね。自分にとっても周りの人たちにとってもその方が幸せでしょう。

交通事故鑑定の知識体系を後世に残したい
 

 今後の夢? 今年でもう77歳だから、今から夢なんて言ったってしょうがないけど(笑)、しいていえば、私がこれまで積み上げてきた交通事故の工学鑑定の知識体系を誰かに受け継いでもらって、その上にさらに知識や手法を積み重ねて、どんどん豊かなものにしていってもらいたいですね。そして後世まで交通社会の秩序維持のための仕組みの一つとして役立ててもらえればいい。それ以上のことはありませんね。

 あとは好きな仕事をやり続けて、最期はあんまり苦しまずにぽっくり死ねればいいと思っています(笑)。

自分のため、世の中のために己の仕事道をゆく林氏。最後に、次の時代の人たちにぜひ伝えたいことがあると、熱く語ってくれた。

次世代に伝えたいこと
 

 これから定年を迎える団塊の世代の皆さんと、若い20代、30代の皆さんに、それぞれ伝えたいことがあります。

 団塊の世代の人たちには、戦後の半世紀、我々日本人、つまり、あなたたちは明治維新に相当する、すごいことを成し遂げたんだということを反芻してほしい。メタメタの焼け跡、資源もエネルギーもない、食料さえも十分にない状況から立ち上がって世界第二位の経済大国を築き上げたんだから。そのために何をしたか。そこであなたたちが、物不足の中から得意の日本的技術知識を武器にして築き上げた戦略の知恵を、是非次の世代に伝えてほしいですね。ただし老害はダメですよ。若者世代から声が掛かる時にだけ出て行って一生懸命に伝達することです。私が今やっていることも結局はこれです。

 次に、若者世代の人たちに伝えたいこと。残念ながら、あなたたちは以上のようなことを、学校でも家庭でも正確には伝えられていないと思いますよ。大東亜戦争も含めて、戦後の復興、世界中との交易、経済援助……過去半世紀にわたって日本人がやってきたことには大いに自信と誇りを持って、次の世紀のこの国の経営を引き受けてほしい。今、植民地が地球規模で一掃されて、黄色人種も黒人も、白人並みに民族国家を持つのが当たり前になっているこの状況を創造したのは、間違いなく日本人なんだからね。この前の戦争だけを切り離して考えるから、おかしな自虐史観がわだかまるんだよ。

 決して傲慢化してはいけないけれど、是非、この日本人の実行力といさぎよさを自覚して、できるだけ前の世代の人たちから、日本的な知恵のいいところを継承してほしい。私も老骨に鞭打って、残る人生、一生懸命にやるからね。


 
第1回 2008年2月18日リリース 6度の転職を経て天職に 放浪のすすめ
第2回 2008年2月25日リリース 5社目で交通事故鑑定の世界へ 53歳で独立
第3回 2008年3月3日リリース 真相究明が仕事の醍醐味 依頼者のために戦う
第4回 2008年3月10日リリース 交通鑑定人の究極の覚悟 志をもって生きる
第5回 2008年3月17日リリース 趣味や勉強では魂は燃やせない 一生仕事人であり続けたい

プロフィール

はやし・ひろし

1931年、東京生まれ。77歳。交通事故鑑定人。船の機関士、教師、自衛隊、自動車メーカーの技術者など6度の転職を経て、53歳のときに自動車事故の工学鑑定を行う「林技術事務所」を設立。以降、数千件の交通事故鑑定書を作成、交通事故鑑定学の学問体系の確立と実行に努める。77歳の現在も現役の交通事故鑑定人の第一人者として活躍中。「実用・自動車事故鑑定工学」など著書多数。日本技術士会のプロジェクトチーム「科学技術鑑定センター」の名誉会長も務めている。

【関連リンク】
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