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魂の仕事人 第29回 其の四
究極の覚悟で交通事故鑑定に挑む 転職を繰り返すことで志を持って生きる重要性に目覚めた
あくまでも自らの信念に基づいて交通事故鑑定に取り組んできた。しかし世間にはいい加減な鑑定をする者も多いという。そんなエセ鑑定人を林氏は許さない。そこには交通事故鑑定人としての譲れない矜持があった。  
交通事故鑑定人 林 洋
 

エセ鑑定を叩き潰す

 

 現在、交通事故工学鑑定は黎明期にあるといっていいと思います。それだけに極度に身を慎まなければいけない。しかし、安易な注文鑑定が広く跋扈しているというのが現実ですね。依頼者の注文に合わせて屁理屈をこねたり、鑑定を捏造するエセ鑑定人が後を絶ちません。そういうエセ鑑定を叩き潰すのが私の仕事の半分を占めているといっても過言ではありません。それほどエセ鑑定が多いので、なかなか鑑定を辞めるというわけにはいかないんですよね。

 私がいかに攻撃的にこの問題にコミットしているかは、私が書いた鑑定事例紹介本、「交通事故鑑定の科学」(大河出版)や「続・交通事故鑑定の嘘と真」(技術書院)に詳しく書いてありますから、みて貰えば判ります。物理、数学に弱いルポライターが名探偵に仕立て上げたデタラメ鑑定人の絶賛ノンフィクションやデタラメ鑑定人自身の自画自賛の自著を、実名を挙げて批判しています。

 もちろん名誉毀損だと思うなら私を訴えてみろと書いています。むしろそうしてくれれば、正しい鑑定とはいかなるものかを公開討論する絶好の機会になります。しかし、誰も訴えてくれません。中でも「交通事故鑑定人S氏の事件簿」を書いた著者は、週刊誌で私にケチをつけたのを機会に論争を展開して、私を訴えろといっても訴えてくれないので、こちらから訴えました。しかし、さすがに裁判官もあきれて真面目に取り上げないので、やむを得ず訴訟を取り下げたなんて話もあります。

 100パーセントふざけて言っていることでは決してありませんよ。今はこれくらい、まなじりを決した心境で鑑定をやらなければならない時期であるということを強く感じているからです。

感動を残す仕事を積み重ねる
 

 私は日本技術士会の中の科学技術鑑定センターというプロジェクトチームの名誉会長をしていますが、会員の皆さんに常に繰り返して言っていることはこのことです。注文鑑定をせず、真実の追究のために鑑定し続けることが、結局は恒久的に世間の信頼を獲得し、誇りある社会的位置を確保できることになるんだと。

 中央統制的な共産主義社会の無残な崩壊、市場原理重視、自由主義経済への回帰、後チェック社会化の趨勢にあって、このように民の中にモラルハザードを矯正し、チェックする機能をつくり込むことが、今後いよいよ重要になってくると確信しています。これは非常に重要な21世紀の課題であると、熱く思っているのです。そのためには、牢屋につながれながら戦うことだって厭うものではありません。

 また、「感動を残すような仕事をしようよ」とも常々語っています。どのような場合にも、お客さんの心に感動を残すような仕事を続けていれば、必ず、また次のお客さんが来てくれるようになります。交通事故鑑定に限らずどのような仕事の場合にも言い得ることだと思いますよ。

 自分自身、感動を残す仕事をしていかなければならないと、繰り返し自らを叱咤激励しているつもりです。鑑定受諾を入り口のところで厳しく制限していますが、その代わり引き受けた事案には徹底的に付き合います。鑑定依頼者が頑張る限り、どこまでもとことんサポートしていきます。途中から逃げるということは絶対にしません。

交通事故鑑定人としての究極の覚悟
 

 評論家的に物申すというのではなく、具体的に行動するのが私の主義ですから、以上の主張の具体的行動の第一の手段として、工学鑑定の考え方や必要な情報を学問体系にまとめてテキストブック化して世に出すということをしています。これまでに、三段階に書き継いでいますが、その最終的な結実が「実用・自動車事故鑑定工学」(技術書院)ですね。自分の利益だけを考えるならば、こういう鑑定における核心のノウハウは隠し通した方が有利ですが、そういうせこいことは考えませんよ(笑)。

 次のアクションが、鑑定事例の紹介本です。これまでに6冊(※)書いています。今年、7冊目の『続々・交通事故鑑定の嘘と真』を出します。

 第三のアクションが、現在も現役の鑑定人として鑑定を行っていることですね。異論があるならば私に偽証罪を適用してみろ、名誉毀損で訴えてみろという気概でやっていますから、私を叩きたい人がいたらいつでも受けて立つつもりですからいつでもどうぞ、という感じです。

※6冊─『掘り起こされた事故の真相』『自動車事故の鑑定事例』『交通事故鑑定の科学』『交通事故鑑定の嘘と真』『続・交通事故鑑定の嘘と真』『交通事故鑑定 事例研究』の6冊

年間83万件も発生し、約6000人もの人が亡くなっている交通事故(2007年)。それだけに裁判の数も他の事故と比較して圧倒的に多い。しかしこの自動車事故裁判そのものに問題があると林氏は語る。

自動車事故裁判の異常性
 

 交通事故裁判の大きな問題点は、そもそも審判を下す裁判官がもともと物理や数学が嫌いだから法曹界に行ったという人達が多いということですね。簡単な物理的説明が理解されないことが珍しくありません。

 交通機械が起こす事故には、船舶事故、航空機事故、鉄道事故、自動車事故の4つがあります。船舶事故は、海難事故のことを一番よく知っている元船長や元機関長が審判官を務める海難審判庁で裁かれます。また、航空機事故と鉄道事故の原因究明は国土交通省の中の事故調査委員会でなされますが、これもそれぞれの道の専門家によって審議されています。

 しかし、海難や航空機事故よりも断然多く起こっていて、年間6000もの人が死んでる自動車事故の場合はどうなってるかというと、元々衝突という物理現象を考えることが苦手で嫌いな裁判官や検察官や弁護士によって審議されている。しかも、対立的な議論の結果として「事実の確認」をするのですから、異常といわざるを得ません。

 この人たちが自己の主張の裏づけとして、交通事故鑑定人を選択することがよくあります。しかし、この業界は、鑑定人自身の私がいうのもおかしな話ですが、極めて魑魅魍魎が徘徊する世界です。

 私は工学鑑定の学問体系的な本のほかに、鑑定事例の紹介本をこれまでに6冊書いていますが、ここでは、3冊のエセ鑑定本を紹介し、それぞれのごまかしの内容を詳しく解説しています。もちろん、検察や警察や保険会社の異常な動きも赤裸々に描いています。そういうことをはっきりと言うことが不可欠な段階にあると思います。

 要するに、裁判官がこの種の問題について極端に無知であることをいいことに、個人はもちろんのこと警察や検察さえもが組織の権威を保つために、また、保険会社は会社の利益を守るためにエセ鑑定を重用する場合があるということです。

 真実ではないと判断される場合には、相手が警察だろうと検察だろうと裁判所だろうと、お構いなく徹底的に戦います。一例を挙げると裁判官が下した「詐欺奨励判決」を鑑定事例として著書で紹介したことに対して、詐欺師が私を訴えて来たことがあります。この場合には、書証として次々に質問状を出し、そのコピーを最高裁にも送って「詐欺奨励判決」を出した裁判官にも挑戦状を叩き付けましたが、詐欺師の代理人の弁護士が私のえぐい質問に音をあげた結果、この裁判の裁判官が鑑定論争には蓋をして、名誉毀損にはならないということで、私を全面勝訴させる判決を下してことを収めました。つまり、議論を逃げたわけです。

 そのうち、生涯最後の著作として、もっと深く法曹界の無知蒙昧を抉りまくる本を書こうと、秘かに準備しているところです。

真実を追い求め、正しい判決に導く
 

 これまでも裁判で検察の主張と真っ向から戦って勝ったり、判決を逆転した例はいくらでもあります。

 そのうちのひとつに、「運転者は誰か」を争った鑑定があります。ある衝突事故が起こったとき、車に二人が乗っていて、生存した乗員が「運転していたのは死亡した友人の方だ」という証言をして、実況見分もその通りに進行していました。また、この証言を裏付ける法医学鑑定が提出されていました。裁判所もこの鑑定の結果を信用しているようで、運転していたのは死亡した方で結審する寸前になっていました。

 しかし、死亡した人の親が、車の持ち主でもないうちの息子が運転していたはずがないと、私に鑑定を依頼してきました。鑑定した結果、事故現場の客観的な証拠と慣性の法則との整合の下に、生き残った方の人が運転者であったことが明確に推理できました。

 交通事故は、人間の行動の結果として起こる出来事ですが、物理現象がドラスチックなかたちで同時発生的に起こる出来事でもありますから、工学鑑定の手法を正しく用いると、非常に高い確率で過去に起こった事故の発生形態を鮮明に再現できることが多いのです。つまり、この事故は「死人に口なし」を奇貨にして死者に罪を被せたケースだったのです。

 この場合には、証人尋問にも行きましたので、亡くなった方のご両親にも会っています。以来、この鑑定依頼者からは、長い間、折に触れては手紙を頂いたり、お中元やお歳暮を送って頂いています。ものを貰うということよりも、自分の真摯の思いが人の心の中に長く残るということが本当にありがたく、うれしいことですね。

交通事故鑑定の仕事を始めて23年。これまで数多くの人を救い、社会悪と戦ってきた。仕事は生きがいであると同時に、世間との繋がりをいつまでも維持するための仕組みにもなっているという。

人とのつながりを保ち続ける
 

 53歳で独立の技術士として交通事故鑑定の仕事を始めたわけですが、最初からこの仕事を生涯現役の、これ以外はない生き甲斐の対象として位置づけました。独立する際は、これからは何者にも依存しない、独立独歩の道を進もう、その具体的手段として、自分の気質に合った、自分が一番得意とする技量を発揮できる交通事故鑑定の道に進もうと考えたわけです。しかし、孤立して、一人よがりにやろうと考えたわけではありません。

 年寄りになると否応なく次第に世の中が相手にしてくれなくなります。若いうちは女の子にちやほやされたり、課長や部長になると部下から持ち上げられ、そこそこに自尊心をくすぐってくれる仕組みができていましたが、定年になって会社から離れると、とたんに誰にも構ってもらえなくなります。ですから、定年になりカイシャという群れから放逐された後も孤独になりたくなければ、自ら、人とのつながりを積極的につくっていかなければなりません。

 そのためには、定年以後も世間があなたの知恵が必要だといってアプローチして来てくれるような仕組みを自力でつくることが必要ですね。私はそれを作り、機能させられたおかげで、77歳の現在も世間と関わりを持ち続けて、老若男女、職業問わずいろいろな人たちとの感動的な出会いを楽しめ、孤独にならずに生きていられるのだと思います。

志を持って生きることが大事
 

 一匹狼の仕事術としてもう一つ大切なことは、卑しくならないということですね。マスコミスキャンダルの話題になる事件の大部分は、結局は何かがきっかけで、卑しい根性が暴露されたという話ですよね。防衛省高官のゴルフ接待スキャンダル、厚生労働省と有名薬品会社による薬害証拠隠しスキャンダル、有名食品会社のルール違反スキャンダルなどはみんな、卑しい根性が露見したという出来事ですよね。そのためにこれまで築き上げた信用や信頼を一気に失い、立ち行かなくなっています。

 そうならないためには、どうすればいいか。私自身、高邁な精神とは縁がない人間ですから、それなりに何とか卑しくならない手段を講じなければなりません。鑑定人の仕事は、結局は人の喧嘩を買って足の引っ張り合いをする仕事ですから、特にそういう身ぎれいさが大切です。そのために格好よく言うと、これまで志を持って生きるということを繰り返してきたと思います。身近なところに小さな志の種を見つけて、それに傾倒するということを反復してきました。

 具体的には、自動車事故の工学鑑定を生業にしようと思い始めたときに、同時に「よーし、これを学問体系として確立させてやろう」という志を立てていましたね。もっと小さいことでは、窓際族でいる時に一つの懸賞論文に入選したところで、「よーし、どのくらい連勝できるか、出てくる論文コンテストに次々に挑戦してやろう」という志を立てました。

 なぜこういう考え方をするようになったのかと思い返してみると、転職人生、放浪サラリーマン人生で、志をもって生きることの重要性を何度も確認してきたからだと思います。転職を重ねると、どうしても人間を見られるという機会が増えますからね。

爺さんよ、小志を抱け
 

 私は、「サラリーマン卒業学」という生き方の本を書いていますが、その中で「爺さんよ、小志を抱け」と主張しています。定年以後は男一匹の信頼性以外に、外から支えてくれる仕組みは全くなくなるのですから、これが特に大切です。自分に対して、こいつは卑しい、信用が置けない人間のようだ、いつ敵前逃亡するかわからないという感想を持ったお客さんは、黙って去って行くだけですよ。サラリーマンを長くやっていると、会社のハロー効果でつい自分に対して甘くなり、この点の見境がつかなくなりやすい。サラリーマン時代には、どうしてこの人がと思われるほどに社会的地位が高い人が卑しい根性を露呈するのをしばしば見てきていますが、もし、独立するつもりならばこの類の二の足を踏むことがないように、志を持って生きるという生き方を身につけた方がいいと思います。

 もう一つ、この志本位の生き方のメリットは、万事が生きやすくなるということです。サラリーマンとして会社で仕事をする時にも、一つひとつの仕事を志の対象にしてしまうと、仕事が「負担」や「苦役」ではなくなります。要するに、やがて独立する己自身の固有技術を磨くためのトレーニングの手段なんだと思うと気持ちが楽になる。仕事がきつければきついほど、いい課題を与えられたとうれしくなるんですね。

 

交通事故鑑定という仕事に覚悟と志をもって臨み、生きがいとして取り組み続けている林氏。そのせいか、その語り口は生き生きと誇りに満ちており、とても77歳とは思えない。

シリーズ最終回の次回は林氏にとって仕事とは何か、誰のため、何のために働くかに迫ります。乞うご期待!


 
第1回 2008年2月18日リリース 6度の転職を経て天職に 放浪のすすめ
第2回 2008年2月25日リリース 5社目で交通事故鑑定の世界へ 53歳で独立
第3回 2008年3月3日リリース 真相究明が仕事の醍醐味 依頼者のために戦う
第4回 2008年3月10日リリース 交通鑑定人の究極の覚悟 志をもって生きる
第5回 2008年3月17日リリース 趣味や勉強では魂は燃やせない 一生仕事人であり続けたい

プロフィール

はやし・ひろし

1931年、東京生まれ。77歳。交通事故鑑定人。船の機関士、教師、自衛隊、自動車メーカーの技術者など6度の転職を経て、53歳のときに自動車事故の工学鑑定を行う「林技術事務所」を設立。以降、数千件の交通事故鑑定書を作成、交通事故鑑定学の学問体系の確立と実行に努める。77歳の現在も現役の交通事故鑑定人の第一人者として活躍中。「実用・自動車事故鑑定工学」など著書多数。日本技術士会のプロジェクトチーム「科学技術鑑定センター」の名誉会長も務めている。

【関連リンク】
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