キャリア&転職研究室|魂の仕事人|第26回 プロ棋士 瀬川晶司-その5-将棋は宇宙、その謎に迫りたい

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魂の仕事人 第26回 其の三
厳しくも楽しい勝負の世界 プロになって本当によかった 将棋は宇宙、その謎に迫りたい
恩師からの葉書で自分を取り戻した瀬川氏は第二局を勝利、第三局のA級8段棋士には敗退したが、第四局、第五局で勝利し、ついにプロ棋士・瀬川晶司が誕生した。ここにプロジェクトSは最高の結果で幕を閉じた。しかしそれは同時にプロ棋士としての厳しい戦いの始まりでもあった。今回は瀬川氏にとって将棋とは何か、そしてプロ棋士として生きるということを語っていただいた。  
プロ棋士 瀬川晶司
 

「うれしい」よりも「ほっ」とした

 

 第五局で高野秀行五段が投了した瞬間は、うれしいのはもちろんなんですけど、それよりもほっとしたという気持ちの方が強かったですね。たくさんの応援してくれた人たちに、合格という結果で応えることができた。ようやく終わった。それですごく安心したんですね。

 でも一番うれしかったのはやはり第二局です。記者会見でも「今までで一番うれしい勝利です」と答えました。もし苅間澤先生からの葉書がなかったら最悪の精神状態で、あのまま四連敗していたかもしれません。

プロの世界は厳しいがやりがいがある
 

 2005年にフリークラスのプロになってからはシステム会社を辞めて、将棋一本で生活してます。今は今で、やっぱりプロの世界は厳しいというのをひしひしと感じてますね。

 当然ですが、やっぱりプロは強いです(笑)。僕はアマチュア時代、プロに対して7割近い勝率だったんですが、今現在(8月)、5割を超えるくらいの勝率なんですね。だから逆に言えば、プロ戦の時は、プロ側はアマチュアに負けるわけにいかないというすごいプレッシャーを感じてた。それが僕にとっていい方向に作用してた。でもプロ同士になれば対等の立場で戦います。だから、やっぱり同じプロの強さでも、外で見るのと中で見るのはまた全然違うなと思いますね。でもだからこそやりがいはありますけどね。

 勝った時の気持ちもアマとプロでは全然違います。勝った時はほんとうにうれしいですね。これ以上ない充実感を感じます。

 収入は、対局料だけ見ると、サラリーマン時代に比べて大きく減りましたね。ただ僕の場合は運がよくというか、プロになる時にけっこう注目してもらったことでイベントや講演に呼んでいただけるので、そういった収入を含めると、少しだけ増えてます。ただこれも、プロとして続かなければすぐなくなってしまうので、これからが勝負だと思っています。

仕事という感覚はない
 

 確かにプロになって将棋で生活していますが、あんまり将棋が仕事という感覚はないんですよね。ただ自分のやりたいことで暮らしていけるのはすごく幸せだと思いますね。

 何のために将棋を指すか? うーん、何のためですかね……やっぱり自分のためですかね。やっぱり自分がより達成感や充実感を得たいために、将棋を指してるんでしょうね。

勝負の世界に生きるということ
 

2006年、NECとスポンサー契約を締結。企業と棋士個人のスポンサー契約は将棋界初。現在ももちろん瀬川氏のみ

 プロになって2年が経ちましたが、とにかくプロ棋士になれて本当によかったと思っています。自分の持てる力をすべて将棋という世界にぶつけられる。そして結果がすべて。自分の地位や収入も、すべて勝負の結果次第。他人の判断が入り込む余地はないですから。このシンプルでわかりやすいのがいいですね。

 もちろん、そりゃあ負けたときはつらいですよ。将棋って、だいたい2週間くらい前に対戦相手が決まるんですよ。勝負はもうそこから始まっていて、その試合に向けて体調を整えるのも大事なんですが、やっぱり相手の指し方、戦法などを充分に調べて、準備に準備を重ねて試合に臨むんですね。当然相手も同じようなことをして対局をするんですけが、やっぱりどちらかが勝って、どちらかは負けるんですよね。負けた時は2週間の努力が無駄になってしまうし、自分が否定されたような気になりますね。とにかく負けた時はへこみますよね。

勝つために
 

 対局がない時は、棋譜並べといって、プロの指した将棋を自分で再現させたり、あとは詰め将棋といって、将棋パズルのようなものを解いたりしています。スポーツにたとえると、詰め将棋は走り込みのようなもので、基礎訓練ですね。あとはスパーリング。同じプロ棋士と練習試合をしたりとか。この3つが主ですかね。

やりがいは勝利
 

 将棋を仕事にしてよかったと思える瞬間は、やっぱり勝った時ですね。相手はプロ棋士だから当然強いんですよね。将棋の対局って朝10時から始まって終わるのが夜中になるのが珍しくないんですよ。やっぱりそれだけの時間をかけて考えに考え抜いて、その結果勝つことができたときは、やっぱりすごい充実感がありますね。プロになったからこそ、将棋への思いというのは増してますから、それだけに勝った時はうれしいですね。

 いろいろとつらく厳しいこともありますが、でも、勝負の世界に生きることが嫌になったことはないですよ。将棋はやっぱり、勝ち負けを争うゲームなので、結果がすべて。そんな将棋が大好きですからね。

勝負の世界は結果がすべて。しかしただ強いだけでも不十分だという。瀬川氏が将棋に対して抱いている本当の思いは、勝敗の彼方にあった。

盤面は宇宙
 

 将棋の最大の魅力? うーん……そうですね……一言では言い切れないですね……。ただ言えるのは、将棋って九×九の盤面なんですが、まだコンピュータでも解析しきれてないんですね。まだ人間の方が強い(※1)と言われています。やっぱり深いんですよね。今まで将棋が指された局といったら、何億、何十億、何百億局ってなると思うんですね。そのうち、一つとして、最初から終わりまで、手順が同じ将棋はない。それだけ変化が無限のゲームってことなんです。

 僕には将棋の盤面が本当に宇宙よりも広くて謎に満ちているように見えますし、知れば知るほど本当におもしろさが増していくゲームなんですよね。そんな宇宙の盤面の中で、少しでも将棋の謎を解きたいというか、真理に近づきたい、知識や理解を深めたい。僕にとっては、そうすることが喜びであり、将棋の最大の魅力なのかなと思っています。

※1 まだ人間の方が強い──2007年3月、トッププロ・渡辺明竜王と将棋コンピューターソフト「ボナンザ」が対局。渡辺竜王が112手で勝ち、将棋界のトップとしての実力を示した。対局後、渡辺竜王は「ボナンザは思ったより強く、驚いた。レベルはかなり高い」とコメント。

満足できる将棋とは
 

 人間同士の戦い、ましてやプロですので勝負に勝つことも大事ですが、それ以上に自分の満足のいく将棋を指したいという思いも強いですね。

 満足できる将棋とは、やっぱり自分の力を出し切れたと思える将棋ですね。それで勝てれば最高なんですが、負けてしまった時でもすごく悔しいけどしょうがないかなって思えます。

 ただ自分の努力次第で防げたようなミスであっさり負けてしまったというのは本当にすごく悔しいですね。プロとしても納得いきませんし。逆にだからこそ相手のつまらないミスで勝ってもあまりうれしくないというか、素直に喜べない、ちょっと納得いかないという部分はありますね。確かに勝つことは大切ですが、やっぱり何でもいいから勝てばいいというものではなく、そのプロセスも重要だと思いますね。プロの場合は観客からも注目されるわけですから。魅せる将棋も大事だと思います。

将棋が強いだけがプロではない
 

 もちろん、将棋のプロとしては強さがまず第一なんですが、将棋が強いだけでもダメだと思っています。やっぱり、将棋を楽しんでくれるファン、将棋が好きな人びとがいてこそのプロなので、将棋の魅力を伝える、将棋の普及というのもプロの大事な仕事だと思ってますね。そちらの方でも頑張っていきたいと思っています。

まずはC級に
 

 今、僕がいるのはフリークラス(※2)といって、将棋のプロのクラスの一番下なんですが、当面の目標はひとつ上のC級2組というクラスに上がることです。実は10年以内に上がれないと引退しなければならないという規定があるんですよ。まずはここを早くクリアしなければならないと思っています。

 C級に上がる条件はいろいろあるんですが、代表的なものは6割5分の成績を上げることですね。だいたい30局指して20勝10敗くらいの成績をとれば、間違いなく上がれます。

 去年、上がれるチャンスがあったんですけど、それを潰してしまって。まだかかりそうですね。運がよければ、今年度以内ですかね。

※2 フリークラス──プロ棋士のヒエラルキーは上から順にA級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組、フリークラスとなっている。A 級からC級2組まではそれぞれのクラスで順位戦を戦い、その成績によって棋士のクラスが上下する。C級2組に上がるためには規定の成績を残すしかないが、それも困難。さらにフリークラスのまま10年が過ぎれば強制的に引退させられてしまう。

いずれはトップに
 

 最終的な目標は、やっぱりトップになることですね。誰もが認める完全なトップというよりも、タイトル戦というのがいくつかあるので、そういうタイトルをひとつ取りたいんですね。全棋士が参加する大会で、優勝なり、タイトルを取るなり、とにかく一位になりたいですね。

一度は死を思うほどの絶望を味わったが、そこから立ち直り、35歳で子供の頃からの夢を叶えた瀬川氏。子供の頃、たとえばプロスポーツ選手や芸術家になる夢を抱いても、それを実現できる人はごく稀だ。大人になる過程で現実という壁にぶつかり、ほとんどの人が夢をあきらめていく。夢を実現できる人と、そうでない人の差はどこにあるのだろうか。

自分をどこまで信じられるか
 

 結局、そこは自分の心だと思いますね。自分は絶対そうなるんだと思い続けられて、その努力を続けられる人ならば、夢を叶えられると思いますよ。だから自分でどこかで無理なんじゃないかなとか、自分では難しいのかなとか考え始めちゃうと、難しいんじゃないかなと。才能や力があっても難しいんじゃないかなと思いますね。

 トップアマとプロの差って技術的にはそんなにないと思います。違いは「思い込み力」ですかね(笑)。最後はどこまで自分を信じられるか、思い続けられるかだと思いますね。

 今後も自分を信じて、夢に向かって精進していきたいと思っています。


 
第1回 2007.10.1リリース 将棋に熱中 きっかけは恩師とライバル
第2回 2007.10.8リリース 奨励会退会 後悔と絶望と怨嗟の日々
第3回 2007.10.15リリース どん底からの復活 アマ最強からプロ棋士キラーに
第4回 2007.10.22リリース 不可能への挑戦 最後の希望を恩師がつなぐ
第5回 2007.10.29リリース 厳しくも楽しい勝負の世界 将棋は宇宙、その謎に迫る

プロフィール

せがわ・しょうじ

1970年生まれ、37歳。神奈川県出身。プロ棋士(フリークラス)

小学5年生で将棋に熱中し、小学6年生でプロ棋士を志す。以降、将棋の研鑽に励み、中学2年で全国中学生選抜将棋選手権大会で優勝。安恵照剛七段門下に入り、日本将棋連盟のプロ棋士育成機関・新進棋士奨励会試験に合格。プロ棋士の道へ踏み出すが、26歳までに四段に上がれず、奨励会を強制退会。以降はプロ棋士の夢はあきらめ、大学入学、一般企業へ入社。将棋はアマチュアとして続け、2つの日本一のタイトルを奪取。対プロの勝率も驚異的な数字を記録。最強のサラリーマン棋士としてその名を将棋界に轟かせる。

2004年、周囲のすすめもあり、再びプロ入りを決意。元棋士仲間、マスコミ関係者が一丸となって瀬川氏のプロ入りをバックアップ。2005年、世論と将棋連盟を動かし、不可能と思われていたプロ入り編入試験を実現。6番勝負で3勝を挙げ、61年ぶり、戦後初の奨励会を通過していないプロ棋士となった。

2006年、NECとスポンサー契約を結ぶ。企業と棋士個人のスポンサー契約は将棋界初。

現在、フリークラスのプロ棋士として活躍中。また、執筆、講演、各種将棋イベントへの参加など、将棋の普及にも尽力している。

【関係リンク】

■瀬川氏ブログ
「瀬川晶司のシャララ日記」

■日本将棋連盟

■主な戦績
1984年 全国中学生選抜将棋選手権大会優勝
新進棋士奨励会に6級で入会

1989年 初段に入品

1992年 三段リーグ入り

1996年 年齢制限により奨励会退会

1999年 第53回全日本アマチュア名人戦優勝

2000年 第9期銀河戦で対プロ7連勝

2002年 第19期全国アマチュア王将位大会で優勝
第12期銀河戦で対プロ3連勝

2004年 第12期銀河戦でA級棋士の久保八段に勝利
第13期銀河戦で対プロ6連勝

2005年 将棋連盟にプロ入りの嘆願書を提出
戦後初のプロ編入試験実施が決定
・プロ編入試験六番勝負第1局
 佐藤天彦三段に敗北●
・プロ編入試験六番勝負第2局
 神吉宏充六段に勝利○
・プロ編入試験六番勝負第3局
 久保利明八段に敗北●
・プロ編入試験六番勝負第4局
 中井広恵女流六段に勝利○
・プロ編入試験六番勝負第5局
 高野秀行五段に勝利○
3勝を挙げ、試験に合格。プロ(フリークラス)4段に編入
第33回 東京将棋記者会賞

2006年 NECと1年間の所属契約を締結。所属契約はプロ棋士初

2007年度戦績 6勝5敗
通算 22勝19敗 (9月30日現在)

■関連書籍
『棋士 瀬川晶司—61年ぶりのプロ棋士編入試験に合格した男』日本将棋連盟

『瀬川晶司はなぜプロ棋士になれたのか』(古田 靖/河出書房新社)

『奇跡の一手—サラリーマン・瀬川晶司が将棋界に架けた夢の橋』(上地 隆蔵/毎日コミュニケーションズ)

 
おすすめ!
 
『泣き虫しょったんの奇跡 サラリーマンから将棋のプロへ』(講談社)

将棋に出会ってからこれまでの栄光・挫折・復活への道のりと、そのつど瀬川氏が感じた気持ちが丹念に書かれた一冊。特に奨励会退会とプロ編入にいたるまでの経緯は、「プロジェクトX」さながら! 涙なしには読めません! インタビュー内容をより詳しく知りたい方はぜひご一読を。2007年度全国読書感想文コンクール高校の部の課題図書にも指定。

『後手という生き方』(角川oneテーマ21 角川書店)

将棋に先手と後手があるように、人生にも先手と後手がある。先手の人が必ず勝利者になるわけではない!  奨励会を年齢制限で退会し、アマチュアとして夢を追いかけた私はいわば「後手番」の人間。だが「後手」にも先手にない強みがある! 将棋界に風穴を開けたサラリーマン棋士の革命的プロ論。「早咲きの天才」渡辺明竜王との特別対談も収録。

『夢をかなえる勝負力!』(PHP研究所)

柔道家の古賀稔彦氏、女流囲碁棋士の梅沢由香里氏、「失敗学」で知られる工学博士の畑村洋太郎氏らとの対談集。「挫折は成功の母」というありがちな教えも、その正しさを身をもって実証してきた彼らから聞けば、ずしりと心に響く。

『棋士 瀬川晶司—61年ぶりのプロ棋士編入試験に合格した男』(日本将棋連盟)

「棋士・瀬川晶司」誕生までのすべてを、様々な角度から活写する。瀬川氏ロングインタビューや、「健弥くん」のコメント、プロ編入試験6番勝負の『将棋世界』誌連載観戦記、実戦29局のポイント解説、奨励会3段リーグ表などを収録。多角的な解析・情報で、瀬川氏プロ編入のいきさつがより深く理解できる。

 
 
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