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魂の仕事人 第25回 其の四
経営はあくまで作品中心に 仕事は好き、嫌いでやるものじゃない 目の前の小さな目標をクリアしていった先に 今の自分とI.Gがある
2005年12月、プロダクション I.Gはジャスダックに新規株式を公開。企業としてさらに一段高いステージに登った。着実に進化し続けるI.Gだが、指揮を執る石川氏はこれまで経営者に向いていると思ったことは一度もないという。今回は石川氏にとって会社を経営するということ、そして作品をプロデュースするということについて語っていただいた。  
株式会社プロダクション I.G代表取締役社長 石川光久
 

ジャスダックに上場

 

 株式公開しようと思った理由は、やりたいことができる可能性が高まると思ったからです。よりクオリティの高い作品や、他の制作会社が作れないような作品を作るためには資金が必要です。その資金を得るために株式を公開したということです。

 公開はできるときにやらないとできないと思ったんですよね。同業他社が資金調達のために公開しようと思ったときに、ウチが公開しても、手遅れだという気がしたんです。株式公開なんていつでもできると思ったら大間違いで、そう簡単にはできないんですよ。公開できるときにしないとできない。2005年12月に、今だったらできると判断したからジャスダックに株式公開したんです。

 大事なのは、公開した後に余計なことをしないってこと。余計なことというのは、M&Aをするとか、時価総額を計算して社屋を建て替えるとか、集めた資金で株に投資するとか。こういう身の丈を越えていろんな余計なことをすると、失敗を呼ぶんですよ。

 株式公開したら市場は「今までできなかったこと」をやるように望むけど、そうしたらいけないと思う。公開したからこそ、「本業(注1)以外の余計なことには手を出さない」を中心に考えて経営していけば、短期的には評価を受けなくても、中長期で勝負できる会社になれる。それでいいと思うんです。

注1 本業──株式公開により調達した資金で、最新鋭の3D−CGアニメ製作のための新スタジオを設立。また、フジテレビと共同でハリウッドに勝るとも劣らないデジタル編集が可能なスタジオ・FILM LIPを設立した

経営は、あくまで作品中心に考える
 

 中長期で勝負できる会社にするために一番大事なことは、ヒット作を出すことではなく、常に優秀な人材が集う磁石のような場を作ることです。これが組織にとって一番大事な中心だし、組織の長として考えなければならない一番大事な問題だと思います。

「こういう映画を作りたい」と口にするプロデューサーはたくさんいますが、組織としては一発メガヒットを出してもダメなんです。組織としての最大の使命は継続していくこと。でもひとつのヒット作だけで継続していけるような甘いものじゃない。だからコンスタントにいい作品を作り出さなければならない。そのためには常に優秀な人材が集うような場を作ることが大事だというわけなんです。

 魅力的な場を作るにあたって一番難しいのが人間関係でしょう。組織で働く人にとっても最大の問題が人間関係で、それで一番疲れちゃうと思うんです。それは経営者も同じ。僕も人間関係で悩むことは多々あります。でもよく考えると、経営者が最優先にすべきことは、おもしろい、魅力的な作品を作ることなんです。だったら作品にとって何がいいのか悪いのかを最優先に、最大限に考えて結論を出すべきです。一人ひとりの個人のことを考えて結論を出そうとしてもうまくいきません。人によって考え方は違うから、すべての人を尊重することは不可能です。だから個々人じゃなくて、あくまでも作品中心に考えることにしています。

 どんな会社でも経営者でも、悩んだらその原点に戻って判断するといいと思います。そうすれば悩みの99%は解決して前に進むんじゃないでしょうか。

経営者に向いてると思ったことは一度もない
 

 僕は自分が経営者に向いてると思ったことは一度もないですよ。でも経営者になってしまったからには、なんとかしなくてはならない。自分に足らないところはたくさんありますが、それをいろいろな人の手を借りて埋めていかなければならない。だから経営というのは、埋めていく仕事だと思っています。

 僕は絵が描けるわけでもなければ、脚本が書けたり、監督ができるわけじゃない。いつも自分は「とにかくこうしたい」っていう思いを周囲に投げかけるだけなんですよね。絵は描けないけど、ビジョンは描いているんです。自分ではすごいビジョンだといつも思っているんですが(笑)。

 そのビジョンをアニメーターや監督がものすごい作品にしてくれて、世の中に出る。それがすごくうれしいんです。

人には感性で訴える
 

 以前、誰かが講演で「人は理性では動かない。感性で動くんだ」って語っていたのですが、それを聞いてほんとにそのとおりだなと思いました。

 僕は誰かに何かをしてもらおうとするときに、理論とか理念で訴えた記憶がないんです。ほとんど「感性」で今の気持ちをダイレクトに相手に伝える。その気持ちを分かってくれる人にモチベーションを上げてもらって、ビジョンを具現化してもらうんです。

 アニメーターなどのクリエイターはものすごく感性が発達してるから、人の本質を見抜きます。何も言わなくても常に僕の背中を見てるし、態度を見てる。10年前に言った事もちゃんと覚えてる恐ろしい人間たちなんです。

 そういう人たちが集まって一緒に仕事をしてくれているのは、僕自身が変わらないからじゃないですかね。逆に言うと、僕は成長してないのかもしれない。でも大事なところは変えちゃいけないと思うんです。変えるべきところは変えるべきだし、変えちゃいけないところは変えちゃいけないんですよね。

 変えていないのは、厳しい中にも優しさをもつっていう根っこのところです。僕は確かにスタッフには厳しいですが、愛情を込めているつもりです。愛情のない厳しさはダメだと思っています。

 それから相手に対して嘘をつかないってところも変えていません。僕はお世辞は言いません。お世辞には相手に対するいやらしさがありますよね。僕が相手を褒めるときは、素直にすばらしいと感動したから。感謝の気持ちで純粋に褒めるんであって、自分の利益などは関係ない。だから僕は褒めることはあってもお世辞は言いません。褒めるときは心底からそう思ってるってことです。それは相手に伝わります。素直な気持ちをそのままぶつけると大抵の人はわかってくれます。

経営者としての醍醐味
 

 みんなに夢を与えて、考えてもらうことで、その夢が無限大に広がっていく。それが僕の理想する組織のあり方なんです。組織の長にとって、優秀なスタッフを集めてすばらしいアニメ作品を作ることも夢かもしれないけど、僕の場合は自分の夢なんて最初からあったわけじゃない。組織の長としては自分の夢なんてなくても、社員が夢をもってくれたらそれでいいんです。社員がそれぞれの夢に近づけたり、夢を叶えたりしたら喜んでくれますよね。それを見ること、そういう人たちと一緒に仕事ができることが、経営者として、いや人間としての最大の楽しみです。こんな醍醐味は他にはないんじゃないかなと、今、すごくそう思っているんです。

タツノコ時代から、数々の監督やスタッフに「現場管理が完璧にできる男」と絶賛されるほど真摯に仕事に取り組み、プロデューサーとして数々のヒット作を生み出してきた。その裏には、やはりあの「原点」があった。

プロデューサーという仕事
 

 もし自分がプロデューサーじゃなくて、クリエイターとして作りたいものがもっとあったとしたら、まず自分でそれを作ろうと頑張ったと思います。だけど最初にタツノコに入って制作進行の仕事をしたときに、自分はクリエイターのように実際にプレーする側と、プロデューサーのようにプレーする環境を作る側だったら、後者の方がやりたいというか、自分を生かせる道なのかなと思ったんです。そちらの方が向いてると思ったし、やってて楽しいし、力も出せたんですよね。

 クリエイターになりたいという欲求はなかったか? うーん……(約15秒間の思考)……そういう強い思いはあまりなかったですね。監督になりたいとか、芸術的な作品を作りたいという気持ちはないです。それにはあまり魅力を感じないというか、つまらないだろうと思いますね。

 でも急に絵がうまくなってアニメーターになりたいって思ったことはありますよ。なぜなら会社経営なんて大変なことをしなくて済むから。ひとりで完結できるから。でもそれはそれで大変だろうなとは思いますけどね(笑)。

 とにかく僕は自分が小さくて無能だってことを誰よりも知ってるから、その無能な人間が何ができるかと考えたとき、自分に足らないものを集めて埋めることだと、若い時に気がついたんです。それがたまたま「プロデューサー」という職業だったということなんですよ。だからいまだに自分で何かをプロデュースしているとか、そんなたいそうなことをしているなんて思ってないです。

 ほんとうに自分はプロデューサーとしては大したことないなって思ってます。プロデューサーとしては、二流、三流ですよ。だからこそ一流の、世界に通用するプロデューサーをI.Gで育てたいという気持ちが強いんです。ここでならできると思ってる。そう信じているんです。

 そのために何をやってるかというと、チャンスを与えてる。チャンスを与えて、勝負させて、経験を積ませる。成功体験を重ねさせる。これしかないですね。

つらいと思ったらプロデューサーは務まらない
 

 プロデューサーの仕事は資金調達や予算管理などを始め、スタッフ間の折衝や交渉など現場をまとめるためのこまごました仕事が多いのですが、この仕事をつらいと思った人間はプロデューサーをやらない方がいいと思います。つらいという感覚をもった時点で向いてないでしょう。プロデューサーを続けられるのは、つらさを喜びに変えられる人間です。

 僕自身、これまでプロデューサーという仕事をしていてつらいと思ったことがない……というかつらいと思う感覚がわからないんですよね。何がつらいかわからない。だから逆にイヤなんですよね! この先つらくなったら、それに耐えられないと思うんですよ! 経験がないから(笑)。

 子供のころ、小学生のころはつらいと思うことはたくさんありました。それこそほんとに一日がつらかった。子供心に、人生って重い荷物を背負って歩くものなんだなあ、年を取るってつらいんだなあって思っていました。そう思うことが中学校、高校くらいまではありましたけど、そこまでですね。世の中に出たら、つらいことなんてないですよ。社会人になってつらいと思ったことは一度もないんですよね。

 でも『イノセンス』(監督/押井 守)(注2)は相当つらかったんじゃないかって? 確かにあのときはたいへんでした。ジブリの鈴木さん(注3)にプロデュースをお願いしてから戦略や出資者が全部がらっと変わりましたからね。あらゆる面でスキームを変えざるを得なかった。悩みすぎて宿泊先のホテルで吐いたこともありました。でも一日だけです。全然つらいとは思わなかったですよ。吐けば気持ち悪いのも治っちゃいますからね(笑)。なんとかなるもんだなって思いました。精神的に強い? とんでもない。弱いですよ。吐いちゃうんだから。情けないですよ、もう。

小さな目標にチャレンジし、
達成していった先に今がある
 

 だから、自分の好きなことだけを追い求め続けて今があるというわけではないんですよね。そうしてたら多分、すぐ飽きますよ。ほしい物でもそうじゃないですか。なかなか買えないからこそ、手には入らないからこそ買いたいと思うし、なかなか見られないから見たいと思うわけですよね。

 そうじゃなくて好き嫌いは関係なく、小さな目標をひとつひとつ越していった結果、今があるんですよね。そのとき見えた目標に対して絶対越す、越さなきゃならないって懸命に取り組んでいると、大抵は実際に越せるし、次の目標が見えてくるんですよね。それを繰り返していくうちに人間的に成長していくんだと思うんです。

注2 『イノセンス』(監督/押井 守)──ハリウッドのメジャー映画会社と直接交渉し、巨額の資金提供と世界配給の契約締結を成功させた後、国内での宣伝、広告などのプロデュースをジブリの鈴木プロデューサーに一任。確かに鈴木氏の力でI.Gだけではとてもできなかったような大規模な宣伝ができたが、逆に困難も生じた。

当初はまず世界のメジャー配給会社と手を組んで、『攻殻機動隊』がDVDセールスNO.1を記録したアメリカでヒットさせてから日本に逆輸入しようという戦略だったが、鈴木氏はこれを否定。まずは国内でヒットさせよう、さらに前作の『攻殻機動隊』でのヒットは忘れて、続編としてではなく、全く新しい物として作ろうということになった。これによりタイトルも当初の『攻殻機動隊2』から『イノセンス』に変わった。

さらに出資者の顔ぶれもあらかた変わった。これも常識ではありえない話。契約を白紙に戻されてもおかしくない状況だったが、そこを再びまとめ上げた石川氏の人柄と交渉手腕はやはり驚異的である。

注3 ジブリの鈴木さん──スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサー。敏腕プロデューサーとして数々のジブリ作品をヒットさせてきた

 

これまでの数々の実績、偉業、経営状態を見れば、石川氏が稀代の名プロデューサーにして、名経営者だということは誰の目から見ても明らかだ。それでも本気で「自分はたいしたことはない」「自分は小さい人間」としきりに語る。そこがまた他の経営者にはない、石川氏ならではの大きな魅力であり、武器だということも確かである。

さらに石川氏は語る。「自分の夢なんてない」と──。

いよいよシリーズ最終回の次回では、そんな石川氏にとって、仕事とは何か、誰のために、何のために働くのか、そして石川氏にとっての夢に迫ります。乞うご期待!


 
2007.8.20リリース 1.普通が夢だった少年時代
2007.8.27リリース 2.悔しさから独立 世界のI.Gが産声を上げた
2007.9.3リリース 3.下請けからの脱皮を決意 アニメビジネスを変えた
2007.9.10リリース 4.経営者、プロデューサーとしての仕事の醍醐味
2007.9.17リリース 5.夢は他人のため 目標は自分のため

プロフィール

いしかわ・みつひさ

1958年東京都生まれ。アニメーション制作会社「タツノコ・プロダクション」で制作進行、プロデューサーを経て、1987年、フリープロデューサーとして独立。同年末、アニメーション制作会社・有限会社「アイジー・タツノコ」を設立、代表取締役社長に就任。2007年の今年で独立20周年を迎える。

『機動警察パトレイバー』シリーズなどで着実に業界内外での足場を固めつつ、1993年社名を「プロダクション・アイジー」に変更。

以降、いち制作プロダクションとしては異例の作品への出資や、ファイナンス会社の設立、海外法人の設立、ハリウッドのメジャー映画会社との直接交渉など、業界の常識を打ち破る方策を次々と実施。下請けから元請、出資者側へとステップアップを果たすだけではなく、アニメーションビジネスのスキームそのものを変える。

制作会社としても『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』や『イノセンス』などハイクオリティな作品を次々とリリース、世界中から高い評価を得、世界的認知度が高い企業に成長させた。

2004年には「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」の日本代表に選出されるほか、東京大学の特任教授に就任。2005年にはジャスダックに上場を果たす。

2008年には押井守監督最新作『スカイ・クロラ』の公開が予定されている

【関係リンク】

■プロダクションI.G
■石川社長メッセージ
■石川光久の「だから、なんなんだ!? ええじゃないか!!」
■『スカイ・クロラ』

 
押井守監督の最新作『スカイ・クロラThe Sky Crawlers』2008年公開決定!
 
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』
クリックで拡大

プロダクションI.Gの石川社長が「新生I.G元年の作品」と位置付け、世界の押井守監督が「今を生きる若い人たちに向けて、伝えたいことがある」という真摯な思いから製作スタートした作品。2008年公開予定。お見逃しなく!

『スカイ・クロラ
The Sky Crawlers』公式サイト

日本テレビ、プロダクション I.G 提携作品
2008年公開決定
原作:森 博嗣「スカイ・クロラ」シリーズ (中央公論新社刊)
監督:押井 守
脚本:伊藤ちひろ
音楽:川井憲次
制作:プロダクション I.G
配給:ワーナー・ブラザース映画
森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会

 
 
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日経BPのWebサイト上で「アニメビジネスを変えた男」と題して連載されていた石川社長インタビューシリーズに大幅加筆されて出版された一冊。石川氏本人に加え押井守監督や周辺人物の取材により、石川氏の人となりが多方面から丹念に描かれている。

 
 
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