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魂の仕事人 第18回 其の四
仕事はあくまで自分のために ラリーこそ人生のすべて 生涯現役を貫き通したい
 
ラリーを戦い続けて40年、世界のラリースト・篠塚氏は今年22回目のダカールラリーに出場。非力なマシンで、さまざまなトラブルを抱えながらも、見事当初の目標である完走を果たした。メーカーのバックボーンを失っても、還暦を目の前にしてもなお、走ることをやめようとしない篠塚氏にとって、ラリーとは何か、何のために、誰のために走るのか──。  
ラリードライバー 篠塚 建次郎
 

好きなことをみつけるために
人と会うことが大事

 
1月20日、駆動系の故障やケガなどのトラブルを抱えつつも、無事ゴールのダカールに到着した篠塚氏。見事当初の目標である完走を成し遂げた。「いやあ、ついにダカールに着いたね。03年に日産に移籍して以来、5年ぶりだからなあ。すごい感激だよ」(篠塚建次郎オフィシャルウェブサイトより)
 

 僕は今年でラリーを始めて40年になりますが、非常に幸運だったと思います。好きなことを見つけられて、好きなことに才能があって、好きなことでメシが食えてきましたからね。

 まず自分が好きなことを見つけられるというのは、人生においてすごく大きなことですよね。自分は本当に何が好きなのか見つけられないまま、一生を終わる人だっていっぱいいるでしょ。

 僕の場合は探そうとして見つけたわけじゃなく、たまたま友達が誘ってくれたのがラリーで、走ったら才能もあったわけです。当時僕の中では、ラリーをやりたいなんて意識は全くなくて、誘われたからついていっただけだった。もしあのとき友達が誘ってくれたのがサーキットレースだったらサーキットレースを、バイクのレースだったらロードレースをやっていたかもしれません。

 というわけで、僕は18歳の時に、好きと思え、なおかつ才能があることが同時に、友達との出会いで見つかったということですよね。だからどうしても自分で見つけようとしなきゃ見つからないわけではないと思うんですよ。そういう偶然やきっかけは誰にでもあると思う。

 ただ、そういうチャンスに出会うためには、部屋にこもってコンピュータとにらめっこしていたってダメなんですよね。やっぱり人と会って話をすることが大事なんですよ。話す方にとっては全然価値のないことでも、聞く方にとっては価値のあることってたくさんあるわけでしょ。それを相手は会話の中で無意識に自分に与えてくれるわけだけど、自分で「おもしろいな」と思ったことを自分の中に取り込んで膨らませると、それが自分のものになることもある。それは、人との出会いの中でしか生まれてこないものですよね。だから人と会ってしゃべったりすることが大切なのだと、僕は常に強く気持ちに刻んでいます。

サラリーマンにこそチャンスがある
 

 しかし、好きなことが見つかっても、それに才能があるとは限らない。もし友達が誘ってくれたのがラリーじゃなくて野球だったら続かなかったでしょうね。おもしろいと思ったとしても、野球の才能がないから練習してもものにならず、すぐやめてしまっていたでしょう。好きで才能もあることが見つけられる人はそう大勢いるものではない。さらに両方を満たすものが見つかっても、それでメシが食える人はもっと少なくなる。でもね、そんな人は一握りの特別な人で自分にはとても無理だと思うかもしれませんが、サラリーマンこそ、そうなれる可能性が高いと僕は思うんです。

 というのは、サラリーマンは社内で配置転換をさせられるでしょ。営業をやったり、工場へ行ったり、人事をやったり、いろんなことをやるわけですよ。その中で自分が好きなこと、向いていること、才能があることを見つけられる可能性がいっぱいあるじゃないですか。しかもちゃんと給料を貰いながら探すことができるじゃないですか。いろんな人にも出会えるし。

 フリーなんていう言葉はカッコイイけれど、職場を変えるたびにいつまでここでメシが食えるかなって思う。いつも不安ですよ。保証がないですからね。サラリーマンがいいなと思うのは安定した中で結構な冒険ができるところなんです。それに早く気づいて、サラリーマンであることを謳歌してほしい。サラリーマンドライバーを辞めてフリーになった僕が、サラリーマンでいる人たちに今、一番言いたいことです。やっぱり、好きなことと、才能のあることを見つける努力を人間はずっと一生続けなきゃいけないと思うし、見つかれば幸せだろうし、それでメシが食えればもっと幸せだなって思うんでね。

サラリーマンの理想的な生き方
 

 中には、何でもいいから一流企業に入ればいいと、ただ入るだけの人がいますよね。好きなことが見つかっていなければそれでもいいと思うのですが、もし、やりたいことがある程度つかめているのであれば、それができる会社に入るのがいいと思います。会社で自分のやりたいことをやり、それを会社に実績として残せば、もっと大きなことができる。それこそが、サラリーマンの一番おもしろい生き方なんじゃないですかね。

 フリーでは1千万円しか使えないところを、会社に入ればその何倍ものお金が使えるわけですよ。さらに会社にフィードバックすれば、100億のことができるかもしれない。そういう個人では味わえないおもしろさ、醍醐味が会社にはあると思うんです。そういう会社を見つけて入社できれば幸せなサラリーマン人生を送れると思いますね。

好きで才能があってなおかつそれで生活できることを見つけるのはたいへんだが、何十年と長く続けることはもっと難しいだろう。さらに篠塚氏はそれを会社の中でいちサラリーマンとしてやってきた。その秘訣は──。

サラリーマンとして
好きなことを長く続けていくために
 
駆動系のトラブルを抱えながらもゴールまで走りきった篠塚氏(篠塚建次郎オフィシャルウェブサイトより)
 

 好きなことを長く続けていくのは、もちろんたいへんですよ。僕がラリーを始めた頃はそれだけでメシが食えなかったわけですから。その当時、ラリーでメシが食えていたら、もし野球みたいにラリーがプロとして成立っていたら、最初からプロドライバーになっていたでしょう。食えなかったからサラリーマンにならざるをえなかったということですよね。でも、サラリーマンになったから今があるわけで、ここまで続けてこられたのもサラリーマンドライバーだったからですよ。

 それも、50過ぎてまで現役でできるスポーツなんてモータースポーツだけかもしれないです。普通のスポーツでは無理でしょう。58歳で、いまだに好きなことをやって、それで生活できているというのは、幸せすぎることなんでしょうね。そのうちの30年はサラリーマンとして続けてきたんですが、組織の一員でありながらやりたいことを長く続けるには、会社にも充分なメリットを与えるということが必要です。

 僕の場合は、好きなラリーが会社の役に立つということを実績で示してきました。僕がラリーをやることで、車は爆発的に売れて、会社の売り上げも上がりました。でもレース活動が市販車の売り上げに直結することは、あまりないんですよ。世界でも、ラリーをやったことで車が売れて会社がすごく儲かった、あるいはそれで会社が大きくなったのという例は3つしかないと思います。

 アウディのクアトロ、プジョーの205、それから、僕が乗っていた三菱パジェロ。この3台はほんとうに大きな効果をもたらしました。もちろん他にもラリーをやって、売れた車はあるんですが、大ヒットして、会社のイメージまでも変えた車はこの3つでしょうね。

 アウディだってラリーをやるまでは、メルセデス、BMWに全然かなわなかった。いわば、まあフォルクスワーゲンと似たようなブランドだったわけですよ。それが、WRCでクアトロが勝ちまくって一気にイメージが上がって、グワーっと車が売れ、今やBMWやメルセデスとほとんど変わらないところまできちゃったでしょ。プジョーだって、ラリーで勝ったおかげで205が世界中で爆発的に売れたわけですよ。フランスをはじめヨーロッパで確固たる地位を築いて、シトロエンも吸収するほどの力を持つまでになった。

 同じように僕が乗った三菱のパジェロもパリダカでの3位入賞を皮切りに、目指すは優勝!優勝!と期待を集めてどんどん人気が高まり、売れに売れた(注1)わけです。

 そういう結果なり実績をちゃんと会社にフィードバックすれば、自分のやりたいことをやりたいようにできるようになるし、長く続けられるようになるんですよね。

 

注1売れに売れた──最盛期には人気に製造が追いつかず、オーダーしても半年待ちという状況が続いた。また、世界中に四駆ブームを巻き起こし、現在も続くSUVという車の一大人気マーケットを築くきっかけにもなった。当時、この現象は「パジェロ」神話とも呼ばれ、ファンの間では現在も語り継がれている。

大企業のサラリーマンには大きなメリットがあるといいつつも、走るために会社を辞めた篠塚氏。そのモチベーションの源泉はやはり「好き」にあった。

走っているときが一番幸せ
 
 

 僕が会社を辞めてまで現役にこだわり続ける理由は、ラリーを走るってことがたまらなく好きだからですよ。ハンドルを握って走っている時が一番幸せなんです。レース中、今度のコーナーは何速にしようかなとか、ブレーキ踏もうかなとか、考えながら走る、それがたまらなく幸せ。幸せな時間は1時間より5時間、5時間より1日、1日より1週間、長いほうがいいでしょ。ダカールラリーは2週間以上も走れる。すごく楽しいですよね。だから可能な限り走り続けたい。でも普段その辺の道路を走るのは全然好きじゃないんです。普段はもっぱら電車なんですよ(笑)。

勝利への希求
 

 ラリーは僕に勝つことの喜びを教えてくれました。ラリーで初めて勝ったときは今まで味わったことのないうれしさでしたね。その後、インターナショナルラリー、WRC、パリダカなどで初めて優勝したときのことも鮮明に覚えている。やっぱり1等賞というのは、これはもう圧倒的にうれしいの。2位100回より1位1回ですよ。それくらい違う。やっぱり1等賞というのは格別のものなんですね。あの気分を味わいたい、また一等賞になりたいという単純な気持ちが大きなモチベーションになってましたね。

競争は大事
 

 競争自体もすごく好きなんですよね。そもそも、ひとりだけでやっているなら競争はないけど、ふたりになればどちらがいいとか、上手とか速いとか、競争になっていくでしょう。何で競争するかは別としても。競争するのはごく自然なことで、その中から得られるものもたくさんあるから、僕はすごくいいことだと思いますよ。 たがいに切磋琢磨することで成長してゆける。

 だから一時期、学校の運動会の徒競走などで1位とか2位とか順位をつけるのをやめましょうといった風潮が広がったことがあるけど、とんでもなく間違っていると思うよね。

 だからといって、なんでも競争すればいいというのではないし、すべての競争に必ず勝たなきゃいけないということじゃないからね。そんなの不可能だし。徒競走で勝った人は人生でも勝てるのかといったら、それは違うでしょ。勝つ人もいるし、負ける人もいる。負けた人は悔しい、じゃあ別のこと、たとえば勉強で勝ってやろうって、別のことを見つけようと努力するかもしれないわけだから。そういう悔しい思いというのは必要なんじゃないのかな。競争して順位をつけられることも大事ですよ。

勝負しなければ自信はつかない
 
ラリー中に、ステアリングのキックバックで右手薬指を負傷、爪付近化膿のため治療を受ける(篠塚建次郎オフィシャルウェブサイトより)
 
 競争は好きですが、僕もレース中に怖くなることはありますよ。WRCのような短距離競争は、とにかくスタートしたらゴールするまでめいっぱい走るしかないけれど、パリダカみたいな長距離ラリーはそうじゃないんですよね。相手が見えないからね。ライバルがここをどのくらいの速さで走っているのか、どのような走り方をしているのか、全くわからないからどんどん不安になってくる。自分自身のコントロールが難しいわけです。

 そうなると精神戦、自分との戦いにもなるのですが、それに打ち勝つには自信が必要になってきます。僕がこれだけ走っているんだからあいつはこれくらいだろうと、相手の状況も読めなければダメなんですよね。

 今の若い人は自分に自信が持てない人が多いように思うのですが、それは勝負しないからですよ。己のすべてを懸けて戦った経験をもってないからじゃないかな。たとえ負けたとしても、一生懸命やれば何か自信になるようなものは得られるはずなんです。でも負けを恐れてチャレンジしないといつまでたっても自信はつきません。今は情報が多すぎるから振り回されたり、つい考えたりして行動できなくなってしまうのかもしれませんが、考えていたってダメ。やってみないとダメなんです。

今年のダカールラリーでは、当初の目標である完走を果たした篠塚氏。実戦で取ったさまざまなデータを元に、2008年のダカールラリーへ挑むこともすでに決まっている。還暦を目の前にしても走り続ける篠塚建次郎氏にとって、仕事とは、働くということはどういうことなのか。

仕事はあくまで自分のために
 
1月20日、完走目前のTambacoundaにて(篠塚建次郎オフィシャルウェブサイトより)
 

 ラリーを好きで続けてきて、人生の階段もラリーで上がってきたわけだから、僕にとって、ラリーとは人生のすべてといってもいいですね。

 いくら好きでやっているとはいえ、ラリーが僕の仕事だという自覚はありますよ。それで家族も生活しているわけですからね。

 仕事は誰のためにやるかと問われれば、自分のためじゃないですかね。かっこよく言えば家族のためとか、サラリーマン時代だと会社のためとか言えるけど、究極は自分でしょう。自分が好きだし自分がやりたいからやる。自分の人生の階段を登るために一生懸命努力して、いい成績を収めた自分に満足したいからやるんですよ。頑張った自分を褒めながら飲む酒は最高じゃないですか。

目標なんてなくていい
ただ今を懸命に生きる
 

 今後の目標? ……それはちょっと立てにくいですね。昔みたいに、サラリーマンで会社の中にいるなら目標らしいものはできたかもしれないけど、今はそういう環境じゃないし、5年後10年後にどうしているのかと言われても、ちょっと答えにくいですね。

 だから団塊の世代がすごく不安を感じているのがよくわかるんですよね。そんなに先のことまで考えられる人はいないと思うんです。自分の健康も含めてね。だって定年になると明日から会社に来なくてもいいよって言われちゃうわけでしょ。じゃあ年金を貰えるまで何をしようかとか、家族とどう接しようとか、年金だってちゃんと今のレベルで貰えるのかどうかわからないとかね、真面目に考えたらまともに生きていられないほど不安なはずですよね。僕もそれはすごくよくわかる。そういう時代だから、先のことは考えにくいですよね。

 

 そうすると、今日をちゃんと生きよう、明日をちゃんと生きようという目標を持つしかないと思うのですが、それでいいんじゃないですか。今日をちゃんと生きる、今日を楽しく生きる、ということを積み重ねていけば、先にあることは見えなくても、いいところに到達するだろうと思うんでね。

 毎日をきっちりやっていって、ちゃんと生きていければ、ひとつの人生が終わるときに、よかったと思えるんじゃないですかね。褒められていいと思うんですよ、そういう人生も。

 さらに自分の好きなことができればもっと幸せですよね。自分がキラキラ輝いていれば、カミさんも息子も笑っていてくれる。だから僕は走れる限りは走りたい。体が動くうちは、生涯現役で走り続けたいですね。

 
2007.1.8 現役にこだわり続ける理由
2007.1.15 サラリーマンドライバーとして
2007.1.22 やっぱり俺はラリースト
2007.1.29 ラリーこそ人生のすべて

プロフィール

しのづか・けんじろう

1948年東京都生まれ、58歳。フランス在住。2007年、23回目のパリ・ダカに出場。今なお現役で走り続ける世界的ラリースト。

1967年、大学1年生でラリーデビュー、在学中に三菱自動車のラリーチームにスカウトされ、1年目で国内チャンピオンに輝く。大学卒業後はその手腕を買われ、三菱自動車に入社。以後32年間、サラリーマン・ラリードライバーとして国内外で活躍。世界ラリー選手権優勝、パリ・ダカールラリー優勝など数々の「日本人初」の偉業を達成。全盛期は稲妻のような鋭い走りから「ライトニング・ケンジロー」と呼ばれ、その名を世界に轟かすと同時に、4WDブームと世界的ブームを巻き起こし、現在も続くSUVという一大市場を作り上げる。

2002年のパリダカ3位を最後に三菱自動車から引退勧告を受けるも、現役にこだわり退社。2003年に日産へ移籍。2006年からフリードライバーとしてレースに参戦している。

●主な戦績
1967   ラリーデビュー
197172  
全日本ラリー選手権 シリーズチャンピオン獲得
1976  
サファリラリー 総合6位(日本人初)
1987  
パリ〜ダカールラリー 総合3位
1988  
パリ〜ダカールラリー 総合2位
アジアン・パシフィックラリー選手権 シリーズチャンピオン獲得
1991  
アイボリーコーストラリー(WRC) 総合優勝(日本人初)
1997
パリ・ダカールラリー総合優勝(日本人初)
1998
パリ〜ダカールラリー 総合2位
2002  
アラス〜ダカールラリー総合3位

●詳しいプロフィール、戦績、近況などは、篠塚建次郎オフィシャルウェブサイト

 
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「サラリーマンだからこそできることがある」「サラリーマンだって、イケているさ」「サラリーマンでひとつの仕事を頑張り抜けば、文字通り『世界一』にだってなれるんだぜ」篠塚氏がこれまでのラリー人生を振り返りながら、「サラリーマンでひとつの仕事を続けるすばらしさ」について語る。今、壁にブチあたっていたり、自信や元気をなくしているサラリーマンにこそ読んでほしい一冊。

 
 
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協力/キャスポ事務局(株式会社スポーツビズ内)
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