会社に入って7年目のある日、朝日新聞の写真部から電話がかかってきた。ある一家が大菩薩峠にドライブに出かけたまま行方不明になってたんだけど、その車がどうやら奥多摩湖に沈んでいるらしいと。その沈んでいる車の写真を撮りたいから協力してほしいという依頼だった。
そのとき、他に行ける人がいなかったから僕が行くしかなかった。会社を代表して行くわけだから、失敗は絶対に許されない。もしうまく撮れなかったら会社に恥をかかせやがって!って必要以上に言われるのは目に見えてたからね。すごいプレッシャーだった。
最初は、朝日新聞からもHさんていうカメラマンは行くし、僕はあくまでも雇われた身だから、水中でサポートだけしようと思ってた。そしたら彼は海で潜った経験がなくて、山中湖を一回しか潜ったことないって言うんだよ。
それは困ったと。だから、露出やシャッタースピードを僕が全部決めてからHさんにカメラを渡すから、そこでシャッター切ってよって。Hさんは、それでいいの?って言ったんだけど、僕は雇われてきたんだから、それでいいんだよって言って。
そう決めて一緒に奥多摩湖に潜ったんだけど、水中はヘドロで真っ暗闇で何も見えなかった。それでも車を探して水中を移動してたら肩に何かがガーンと当たったんだ。探してた車のようだったから、やっと見つけた! と思ってHさんを探したんだけど、どこにもいない。途中ではぐれちゃってたんだ。それから必死に探して見つけることはできたんだけど、彼のマスクを覗き込んだら、もうパニックのようでね。二重事故になったら大変と判断し、いったんエキジットして、もう一回命綱をつけて潜ることにしたんだ。
でも、二度目は見つけられなかった。これ以上探しても、事故を起こす可能性が高いからやめようって、その時点で断念したんだよ。そのうちヘリコプターは飛んでくるわ、いろんな人たちが潜り始めるわで、現場は騒然としちゃって。僕はその様子を夕方までじっと見てた。でも、もし、他社のカメラマンが車を見つけて撮っちゃったら、水中撮影のプロとしてこんな情けない話はない、これで辞めるしかないかもしれないなと思ったら、いてもたってもいられなくなってね。イチかバチかで、最後の望みをかけて潜ろうと決断したんだ。でも初心者がいたら足手まといだから、僕一人にしてくれって、一人でもう一回潜った。遺体が沈んでる暗い湖の中、一人で潜るのは正直怖かったけど、水中のプロとしてのプライドでやるしかなかった。 |