キャリア&転職研究室魂の仕事人第16回機動救助隊長 宮元隆雄さん-その一-自分の性格に最も合っていた 消防・人命救助という仕事 つらい経験も次への糧に
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魂の仕事人 魂の仕事人 第16回 其の一 photo
自分の性格に最も合っていた 消防・人命救助という仕事 つらい経験も次への糧に
 
2004年10月に起った新潟県中越地震。土砂崩れの下敷きになった一台の車。その中からオレンジの制服を着た男たちが幼い男の子を救出するシーンを覚えている人も多いだろう。救出活動の中心となって活躍したのが、東京消防庁消防救助機動部隊、通称「ハイパーレスキュー隊」である。人命救助のプロ中のプロ、その隊長に、人の命を助けるという仕事について聞いた。
東京消防庁第二消防方面本部 消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー) 機動救助隊長 宮元隆雄
 

尊敬する親の勧めで消防士を目指す

 
2004年10月の新潟中越地震の皆川優太ちゃん救出劇で一躍注目を浴びたハイパーレスキュー(写真提供:東京消防庁)※画像をクリックすると拡大します

 東京消防庁に入って今年で25年ですが、最初に消防士になろうと思ったのは中学生のころでした。そもそものきっかけは両親から将来の職業として公務員を勧められたからです。父は過去に公務員として働いていた時期があったようなのですが、体を壊して途中で断念したみたいなんです。あまりしゃべりたがらないのですが……だから、やはり息子には自分がまっとうできなかった職業に就いてもらいたかったというのがあったんじゃないでしょうかね。

 私も両親を尊敬していましたから、両親の希望に沿える形で生きていきたいと思ってたので、公務員になろうと。高校に入った時点でかなりその決意が固まっていたので、もう大学進学とか考えず公務員の模試ばかり受けてました。

 でも公務員といってもいろいろありますよね。何の公務員が一番向いてるかなと考えたところ、やはり、どう考えてもデスクワークは向いてないだろうと。「体を動かして人の役に立てる仕事」がいいなと考えたところ、一番身近に感じたのが消防士だった……というより、自分の性格に一番合ってるのは、消防じゃないかと思ったんです。

 今でもそう思ってますが、やはり人の笑顔を見るというのはいいじゃないですか。子供のころからそういう性格的なものはあったんですね。争い事はあまり好きじゃなかった。体を使う仕事には他に警察官とかもありますけど、自分の性格に合わないんじゃないかって思ったんです。警察官ていうのは、人の役に立ってるというのが分かりやすいじゃないですか。犯人を捕まえたりするとすぐ大々的に報道されるし。

 しかし消防というのは、あまり表に出ないというか、人の見ていないところでの地道な活動ですから。私は性格的に、自分からアピールして分かってもらうんじゃなくて、やってるのを周りの方々に直接見てもらって、それで認めてもらう方が好きなんですよね。どうだ!というふうに見せるより、私の行動を見て、感じて、理解してもらう、分かる人に分かってもらえればそれでいい。いわゆる縁の下の力持ち、そっちの方が自分の性格に合ってるんですよね。

 消防士を目指そうと思ったとき、火の中に入らなきゃならないとか、そういうことは一切考えてなかったです。何にも知らないと恐怖心って実感できないんですよ。消防学校や火災現場で実際にどういうことをやるかというのを知ってからですね、恐怖感が沸いたのは。

 そしてどうせ消防へ行くなら、やはり首都である東京が一番いいんじゃないかと思って、東京消防庁を受験して合格、鹿児島県から上京して1981年の4月1日に、消防学校に入学しました。

無我夢中だった消防学校時代
 

 私が入学した消防学校の在学期間は半年間だったのですが、この間に実技、知識含め、消防に関する基礎をみっちり叩き込まれました。

 北は北海道、南は沖縄まで、いろんな人がいました。全寮制で、部屋は4人の相部屋でした。確かにこれまでと違って環境や生活が一変して訓練とか勉強漬けになるわけですが、すぐに慣れましたね。もう無我夢中で、キツいとかつらいとか、感じることはなかったですね。周りにも恵まれてたんでしょうね。途中でつらくて脱落した人も、家庭の事情で田舎に帰らなきゃいけないっていう人も数名いましたけど、そのほかは卒業しました。あの時代の人間は精神的にけっこう強いですから。

 つらかったことをしいて挙げなきゃいけないとすれば、時間的な規律が厳しかったことくらいですかね。中学、高校とは違い、やらなきゃいけないことが、分単位で区切られてましたから。体が覚えるまではたいへんでしたが、覚えちゃえばたいしたことないと私自身は感じました。

 特に理不尽なシゴキみたいなものもなかったですね。まあ正座とかは普通にありましたけど、それはシゴキというか、教育のうちじゃないですか。あの時代はみんなそうだったと思いますが、小さいころから何かやらかすと、親や兄貴にしぼられてブン殴られてた。だから別にそんなのどうってことないですよね。正座させられれば、その間にいろんなことを考えられますしね(笑)。まあ、殴られても正座させられても、気持ちさえ通じていればそれでいいと思いますけどね。

消防学校を卒業後、19歳で大田区の矢口消防署に配属された宮元氏。まずはポンプ隊員としてファイヤーファイターとしてのキャリアが本格的にスタート。しかしハイパーレスキューの隊長といえども、消防士時代には苦い経験もしていた。

初めての火災現場でドヤされる
 

 学校を卒業して消防署に配属になった時点で消防士ですから、新人だろうがなんだろうが火災が起ったら、消防車に乗って現場に行きます。

 初めての出場は配属から1週間後くらいだったと思いますが、やっぱり緊張しましたよ。現場ではとにかく隊長の言うことを聞くしかない、そう思ったことしか覚えてないですね。でも、現場では消防学校で習ったことをやれっていわれても、うまく体が動きませんでした。

 今でも先輩に言われるんですが、初めて実際に燃えている火災現場に行った時、先輩に2階からロープを下ろされて、あるものをロープに結べって言われたんですけど、全く違うものを結んでしまって、こっぴどく怒られました。自分では全く記憶にない。現場でドヤされた記憶はあるんですが、どうしてドヤされたのか覚えてないんです。頭真っ白ではないんですが、体は動いてるんだけど、違うことをやってると。緊張感からだと思いますよ。

初めての救助経験 「重さ」にとまどう
 

 でも1回そういうのを経験すると、それ以降はある程度はできるようになるんですよね。初めて逃げ遅れた人を救助したときは、冷静に行動できました。燃えてる建物のベランダから30代半ばくらいの男性を救助したのですが、隊長が落ち着いて的確な指示を出してくれたということもあり、訓練でやってたことがそのままできました。だからやはり日々訓練していてよかったなと思いましたね。

 ただ、訓練と決定的に違うと思ったのは、「重さ」です。訓練では平均的な成人男性の体重と同じくらいの重さの人形を使って救助訓練するのですが、生身の人間はたとえ同じくらいの体重だとしても力が抜けると格段に重く感じるんですよね。でも初めて救助したときは、なんともいえない達成感がありましたよ。人の命を助けることの喜びをひしひしと感じましたね。

宮元隊長が勤める消防救助機動部隊の敷地内には、実際の災害現場を模した訓練場があり、実戦さながらの救助訓練が日夜行われている。メガホンをもって指示を出しているのが宮元隊長
1年後には賞を受賞
 

 初めての出場から1年後にはだいぶ応用も利くようになって、ある消火活動で賞をもらったんです。そのとき、東京地方で強風が吹いてたんですが、風が強いと火も大きくなる。すると消火するためには大量の水が必要になり、放水する際に径の太いホースがいる。ホースにも40ミリ、50ミリ、65ミリというふうに何種類かあって、火災の状況によって使い分けるんです。で、そのときは強風注意報が発令されてたので、太いホースを使う可能性が高いと思ったんです。それで、太い65ミリのホースを使う際に必要な機材を自分の判断で車に積んで出場したんです。

 現着すると、案の定かなり激しく燃えてたんですけど、その機材をすぐ使える場所に積んでたおかげで素早く太いホースを使えて、鎮火できた。それで賞をもらったんです。そういう臨機応変な判断が自分でできるようになったのが1年後くらいでしたね。

助けられなかったつらさ
 

 消防士時代に出場した忘れられない火災ですか……。ありますよ……。矢口署でポンプ車に乗っていた頃に起った火災でした。

 雪の降る寒い夜に火災出場の指令が流れました。現場に行くと、2階が激しく燃えていました。私たちは運んできた可搬式のはしごを使って2階に入りました。2階には部屋ごとに窓がひとつずつあったのですが、逃げ遅れた人がどこにいるか、位置情報が何もなかったので、進入したのは燃え方の激しい方でした。しかし、もうひとつの燃え方の少ない窓側に2名の女性が倒れていたのです。 でも結果的に手遅れで亡くなってしまった……。

 目の前にいたのに助けられなかった……。最初に到着した時点で情報があって違う窓から進入していれば、もしかしたらその2名の方は亡くならなくても済んだんじゃないかと。今思い出しても非常に歯がゆいですよね……。しばらくは落ち込みましたが、無理やりにでも気持ちを前向きに切り替えるようにしました。あの火災を教訓にして、今後の火災・救助活動に生かそうと。そうしないと次に進めませんから。

 

つらい経験を乗り越え、消防士として1年間経験を積んだ宮元氏は、次により厳しい災害現場で高度な救助活動を行うレスキュー隊を目指し、見事一発合格。しかし、そこからがつらく厳しい日々の始まりだった……。

次号は通常の消防士とレスキュー隊員の違い、レスキュー隊時代の忘れられない救助経験などについて熱く語っていただきます。乞うご期待!

 
2006.11.6 1.自分の性格に最も合っていた 消防・人命救助という仕事
2006.11.13 2.レスキュー隊へ 極限の現場で大きく成長
2006.11.20 3.人の死に直面しても あえて引きずらない
2006.11.27 4.ひとりでも多くの 笑顔を見るために

プロフィール

みやもと・たかお

1962年鹿児島県生まれ、44歳。

高校卒業後、東京消防庁消防学校に入学。半年の訓練を経て19歳で大田区矢口消防署に配属。以後、ポンプ隊員、はしご隊員、レスキュー隊員、レスキュー隊隊長を経て、2004年4月、東京消防庁第二消防方面本部・消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)機動救助隊長に就任。以後、6人の精鋭隊員を率い、災害・事故現場で人命救助と訓練に励んでいる。

主な経歴は以下のとおり。

19歳 消防学校入学
大田区矢口消防署に配属。

21歳 レスキュー隊の試験にパス。

23歳 港区芝消防署へレスキュー隊の予備隊員として赴任。

25歳 正規のレスキュー隊員に。

33歳 消防士長として目黒消防署へ。

37歳 消防指令補として麹町消防署へ。レスキュー隊隊長に就任

41歳 ハイパーレスキュー隊長として第二消防方面本部・消防救助機動部隊

 
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魂の言葉 つらい経験は「引きずる」のではなく「忘れない」 前へ進むため、その先の救助活動のために
つらい経験は「引きずる」のではなく「忘れない」 前へ進むため、その先の救助活動のために つらい経験は「引きずる」のではなく「忘れない」 前へ進むため、その先の救助活動のために
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取材・構成/山下久猛
写真/bushi-HONDA
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