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魂の仕事人 魂の仕事人 第15回 其の一 photo
経営者の裏切り・破産で会社倒産 35歳でついに独立 スーパー町工場の誕生
 
1986年、ライカから業務提携依頼を受けた三鷹光器は医療機器の分野へ進出。画期的な脳外科手術機器を開発し、アメリカやヨーロッパで高い評価を得る。天文機器と医療機器、一見なんの関係もないように見えるが、中村会長にとっては同じ「ものづくり」だった。
三鷹光器株式会社会長 中村義一
 

医療分野への挑戦

 

 医療機器を作ろうと思ったきっかけは、京大のある先生のひとことでした。「万が一、ヨーロッパといざこざが起きて医療機器が日本に入ってこなくなったら、日本はどうなっちゃうの? 日本にも優秀な医療機器を作れるメーカーがなきゃいけないんじゃないの? 三鷹光器が医療機器を作るなら、教えてあげますよ」と言われたのが事の始まり。

 ちょうどそのころ、ドイツの光学機器メーカーのライカから業務提携の話が来た。1986年ころだったかな。みなさん、ライカというとカメラを想像すると思うけど、手術用顕微鏡など医療機器でも世界的に有名なメーカーなんですよ。

 ライカはなぜウチのような町工場に業務提携の依頼をしてきたかというと、それまでウチの特殊カメラがいろんなロケットに搭載されてきたんだけど、それがいろんな論文に載ってて、ライカのお偉いさんもそれを読んでた。三鷹光器の前身の倒産した三鷹光機製作所のことも良く知ってた。ライカの人は「技術力もさることながら、ああいうひどいメにあいながら、あの後も会社を興してきちっとものづくりをやっていくのは並大抵のことではない。あなたみたいな人といっしょに仕事をさせてもらいたい」と。そうまで言うならやりましょうって業務提携することにしたの。

 ライカもカメラ部門が転売されてピンチになった時でね。その時にスタートして、なんとか医療機器の方だけは成り立つようにしたんです。日本の医療業界ではライバルのカールツァイスがかなりのシェアを占めてたから、それを切り崩したいという思惑もあったと思うよ。

ライカと業務提携を結び、医療機器開発をスタートした4年後には画期的な脳外科手術用顕微鏡を開発。世界特許を取得し、各国の脳外科医から絶賛される。その後も次世代の定位脳手術装置やこれまでなかった脳外科手術用の顕微鏡スタンドなどを次々と開発。以来、世界のメーカーもこぞって三鷹光器製の機器と同じタイプに仕様を変えた。なぜ中村会長は未経験の、しかも高い技術を求められる分野でもわずか数年で世界をリードする製品が作れるのだろうか。

作って終わりではない
 

 僕らは医療機器を「設計して、作って、納品して、終わり」じゃありません。製品ができたら、作った技術者が実際に手術の現場に立ち会って、どのように使われているのか自分の目で確かめています。

 大手メーカーはみんな専門家に頼んじゃって、そこまではやってない。じゃあなぜ我々はそこまでするのか。ひとつには我々が作っているのは人の命がかかってる製品だからです。我々の製品のせいで手術がうまくいかず、もし患者さんが死んだりしたらたいへんなことになっちゃう。謝ってすむ問題じゃないからね。それだけにほかの産業機器よりも責任やプレッシャーは大きい。だから作った後でも実際に使われているところを見させてもらって、問題点や改良すべき点を洗い出す。今後もよりいいものを作っていくためにね。

 そもそも、ものづくりにおいては、実際に作る人たちが、直接お客様、医療機器の場合は医師と話をして、図面を書いて、作るのが間違いないわけ。だからウチでは新しく作る機器については一切外注はしない。よそのメーカーと違ってるのはそういう点。よそのメーカーは営業がいてね、医師と話をして、その内容を設計屋に話して、できあがった設計図をまた医師に説明して、了解を得て生産して納品してるわけ。だから設計してる人も生産してる人も、実際にどういうところで使われるのかわからない。これが現在の一般的な大手メーカーの一番悪いところだと思うよ。

専門バカではだめ
 
現在の三鷹光器株式会社。三鷹の住宅街の中にポツンと建つ町工場から、世界が驚く精密機器が次々と生み出されている

 大企業に負けないものづくりの秘訣? それはアイデアですよ。大企業の人は学校の勉強はできるけど、肝心のアイディアが浮かばないの。

 ロケットや飛行機や車ってのは、かなり振動するんです。大学では振動の試験はみんなできる。でも、いざ現場になるとできない。皆さんが身近に感じる、一番振動して危険なのは橋です。あの橋はね、厚さが均一な板だと、真ん中で飛び上がると必ずたわむんだよ。だから橋は必ず部位によって厚みが変わってる。しかも車に乗ってバウンドしても大丈夫なようにしてるわけ。ロケットなんてのは、ものすごくエンジンの振動が激しいから、ロケットに搭載するカメラを作るときにはまず振動のことを考えなくちゃならない。そういうことが大企業の人はわかってない。

 彼らはいろんな経験をしてないんでしょうね。NASAにいる人たちは、もちろん大学でロケットの勉強をしてるんだけど、それよりもっと前、子供時分から友達と裏の砂漠で、小さいロケットを作って飛ばして遊んでるんですよ。そのうちただロケットを飛ばしてもつまらないから、カメラを積んで、下の写真を撮ってみようと考えるようになる。そうすると、ロケットの勉強に加えカメラの勉強もする。それが成功したら今度はカメラを電波で制御してみようと考える。すると電気の勉強もする。だから、機械の勉強も電気の勉強もレンズの勉強も、みんなしてるんだよね。そういう連中がNASAにはそろってる。

 日本はそうじゃない。私は文科系だからわかりません、天文が専門なのでわかりません、もう電気のことを言われたらさっぱりわかりません。そうすると、電気の専門家、通信の専門家というふうに、ひとつのプロジェクトでもだいたい5、6人の人が集まる。NASAの先生がそれを見て、「どうなってるの日本は?」って。「そんなんじゃラチがあかないから、三鷹さんにすべて任せて帰ります」って帰っちゃったこともあった。

 日本は完全に分業しちゃってるんだ。僕が10代のころに働いてた天文台の先生はほんとに何でも知ってた。小さい頃家が貧乏で、親が望遠鏡を買ってくれない。だから自分で望遠鏡を作る。ボール紙を丸めて、めがね屋さんへ行ってレンズを買ってきて、それで自分でいろいろ研究して。天文が好きだから天文学を勉強したいけど、それができる大学は当時は東大しかない。だから一生懸命勉強して東大に入って卒業した。そんな人ばかりだったんだよね。僕も小さい頃から自分の手でものをつくってたからね。今の東大生はそうじゃない。できるのは机上の勉強だけ。

論文が読み書きできても
発明ができなきゃしょうがない
 
取材当時建設中だった新工場。これまでの工場とは比べ物にならないほど立派だが、創立40年目にしての新工場ということを考えるとこれまでの道のりの厳しさがうかがえる

 今、最高に頭がいいとされる人は、昨日までの世界中の論文を読んだ人だよね。確かに、世界中の論文を全部読んで、頭に入れてる人は立派かもしれないよ。でもね、その人が明日のことがわかるかっていうと、大抵、ちっともわからない。「来年どうなるの?」って聞いても「知らない」って言うに決まってる。いくら一流大学を出たって、発明できない人はできない。

 そんな昨日までのことしか知らない人が立派だとは僕は思えない。発明できないじゃないですか。我々は、来年どうしようかってことを常に考えてるわけですよ。

 先を読むという意味では、将棋と同じ。プロ棋士は王を取られるずいぶん前から「参りました」ってやるでしょ。見てる方はもっと最後までやればいいのにと思うけど、プロはもう勝敗が決するずいぶん前からわかってる。つまりかなり先を読んでるわけ。全くそれと同じですよ。

 でもこれはあくまで将棋にたとえればの話ね。将棋は決められた規則のワクの中でやる遊び。王様だって自由行動とれない。だけど、発明するのは、碁のやり方でやらなきゃダメなの。碁はどこに打とうと自由だから。だから我々はもう将棋のやり方ではやらない。やるなら碁のやり方ですよ。

位相を合わせる
 

 いいもの、新しいものをつくるために大事なことは、とにかく自分の専門以外にも興味をもつこと。そして気になることがあったら立ち止まってよーく見てみる。一見自分には関係ないと思うような分野でも、興味をもって見ると、「ここがあそこに生かせそうだな」って、いろんなアイデアが浮かんでくるんだよ。そういう意味では身の回りすべてにアイデアのヒントは隠されてる。それが今の僕のものづくりの基本です。

 つまりは「位相を合わせる」ということ。何にでも興味を持って位相を合わせる。もっと分かりやすくいうと、例えば、道に1万円札が落ちてたとする。大抵の人は、間違いなくそれに気づいて拾っていく。それは「1万円札と位相が合う」からだよ。これが幼児だと、1万円札が落ちてたって踏んづけて通ってっちゃう。全く興味がないから。

 何にでも興味を持てっていうのはそういうこと。だから、我々は絶えず歩いていても、1万円札を拾ってるのと同じですよ。1万円札は拾ったらすぐにお金として使えるけど、我々はアイデアをもって帰ってものづくりをしてお金にしている。物事をそういうふうに見るのもひとつの方法だよね。

 困難にぶち当たったときも有効です。例えば、今取り組んでいることで、壁にぶつかって苦しんでいるとしても、どこかに必ず位相が合うところがある。その時に立ち止まって位相の合う場所をよく考えてみると、必ず、「ああそうなのか! こうやればいいんだ!」って気がつく。急いでそれを直せば成功しますよ。

独特の哲学をもち、常に新しいものづくりに挑戦し続ける中村会長。しかし新しいモノであれば何でもいいというわけでは、もちろんない。ものづくりのキーワードは、「便利」ではなくて「必要」だった。

便利なものより必要なものを
 

 そもそも僕のものづくりの原点は、人に負けないものを作ること。これまで実際に人に負けないものを作ってきました。そしてどうせ作るなら、人にとって、社会にとって必要なものを作るのが一番いい。昔は他の人ができないものを作ってたけど、それは今は当たり前。設備があればできることだから。だけど「必要なもの」は設備とは関係ないからね。今は「必要なもの」を作ってるわけですよ。便利なものを作ってもしょうがない。便利なものっていうのは、人をダメにするからね。

 医療機器を作り始めたのもそういうこと。人から助けてくださいっていわれるものを作るのがいちばんいい。30代から50代の働き盛りの人が突然、脳梗塞などで倒れたら残された家族は困るでしょ。でも我々の作る機器で助けてあげられたら、家族が幸せになれる。ものづくりに携わる者はそういうものこそ作ってあげるべきですよ。

 つい最近、やっとモノになったのは、人体再生の顕微鏡。これで手術すると、指先など神経の細かい部位を切断しても、そこから勝手に指が生えてくることが可能になるかもしれない。これから量産体制に入ろうとしているところです。

 その次は、ガンの死滅の技術に取り掛かろうと。ガン細胞に特殊な1ミリの針を刺して、赤い光を点灯する。3時間もつけておくと、ガンが酸欠で死んでしまう。その針を抜けば、もうガンが発生しないという光の技術。患者さんには痛みが全くないんだよ。手術しなくていいから身体への負担もごくわずかで済むしね。

 こんなふうにやっぱり我々は常に新しいものを作っていかないとダメなんだよ。脳外科の顕微鏡にしたって、今までなかったものを作っても大企業にすぐに真似されちゃって、価格競争にもちこまれる。するとこちらは到底太刀打ちできないわけ。やっぱり大企業にはかなわない。

 だから放棄した技術特許もけっこうある。「これらはもう作りませんからどうぞご自由にお使いください。僕らはその先へ行きますから」って(笑)。

 

智恵と技術で常に大企業の1歩も2歩も先を行く中村会長。

シリーズ最終回の次回は、ホンモノの職人とは? そして中村会長にとって仕事とは何か? 何のために働くか? に迫ります。乞うご期待!

 
2006.10.2 1.ものづくりの原点は 子供時代のいじめだった
2006.10.9 2..35歳でついに独立 スーパー町工場の誕生
2006.10.16 3.誰にも負けない新しいモノを 便利じゃなくて役立つモノを
2006.10.23 4.仕事はただ生きるために 人の役に立てば満足

プロフィール

なかむら・よしかず

1931年東京生まれ、75歳。光学機器メーカー三鷹光器株式会社代表取締役会長

父親が東京天文台(現・国立天文台)に勤めていたことから、幼少時よりものづくりに親しむ。

13歳のとき、学徒出陣で携わった飛行機づくりで本格的にものづくりに目覚める。

16歳で自力で家を作る。

17歳で東京天文台に就職。22歳で府中光学に転職、望遠鏡づくりに没頭。一生ものづくりで生きていこうと覚悟を決める。

28歳で府中光学を退職。1〜2年就職せずにふらふらと過ごす。

30歳で資産家の知り合いに乞われ、三鷹光機製作所を設立。技術部長に。東京大学と組んでロケット関連の機器を製作。

1966年 35歳で独立。三鷹光器設立。南極観測隊の観測機器を製作。観測隊にも参加。

1981年 三鷹光器製の特殊カメラがスペースシャトルに搭載される。

1986年 ライカから業務提携依頼。脳外科手術用のレンズ開発スタート。

1988年 医療業界に本格的に進出。

1994年 画期的な脳外科手術用顕微鏡を全世界に向け販売開始。

1998年
・世界で初めて太陽コロナを高解像度で観測に成功
・非接触三次元測定装置NH-3が中小企業優秀新技術
・新製品賞優秀賞受賞
・火星探査衛生「のぞみ」の4つの観測機を搭載。

2005年 脳外科手術用顕微鏡で「勇気ある経営賞」優秀賞受賞、脳神経外科用バランシングスタンドで「東京都ベンチャー技術大賞」受賞

2006年 産業振興の一環として天皇陛下が三鷹光器をご視察。

テレビ出演、講演多数。現在も、産業、天文、宇宙、医療、環境の分野で新製品の研究・開発に多忙な日々を送る。

 
おすすめ!
 
『お金は宇宙から降ってくる』(中経出版)

なぜいち町工場から世界が驚く新製品が生まれ続けるのか……。中村会長の生き様、ものづくりにかける職人哲学、未来の新技術まで、中村会長と三鷹光器のすべてがつまった一冊(会長自身はタイトルを『宝は空から降ってくる』としたかったらしい)。

 
『社員はこの「型破り」教育で伸ばせ!—なぜ町工場に、世界のライカが一目も二目も置くのか』(三笠書房)

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