俺が一番最初になりたいと思った職業は、カツオ船の漁師だったんだ。中学3年のときだったかな。そのころ一家で高知から東京に移り住んでいたんだけど、高校進学するのが嫌だった。だから中学を卒業したら高知へ帰って、カツオ船に乗りたいと思ってたんだ。別に漁師に強い思い入れがあったってわけじゃないんだ。船に乗って海に出て行きたいって。カツオ船ってのは世界中に行くわけだから。単純にそういう憧れだったってだけのこと。
俺は高知で生まれて高知で育ったんだけど、中学2年のときに一家で上京するという話が持ち上がったんだ。でも俺はイヤだった。親しい友達や好きな女の子もいたから。で、とりあえず俺だけ高知に残ることにして、母親と妹だけが先に上京したんだ。最初は一人残っても大丈夫だと思ってたんだけど、やっぱりなんていったってまだ子供だからね。しばらくは親戚の家に世話になってたんだけど、耐えられなくなって1年後に自分も上京することにしたんだ。
東京では母親と妹が世話になってた新聞販売店で俺も配達員として住み込みで働くことになった。でも汽車と船を乗り継いで上京したのに、いいきなり翌日から配達やれっていわれたときはびっくりしたね。
でも新聞配達時代に学んだものは大きいよ。最大の収穫は、「今、目の前にあることを片付けないと先へは進めない」ってこと。それがすべて。その後の生き方を決定付けたと言ってもいい。
当時は毎朝4時起き。真冬の朝起きたとき、氷雨が降ってたりしたら本当に気持ちが萎えた。自転車で400部の新聞を配っていたんだけど、坂が多い区域だったからどんなに全力疾走で配っても2時間はゆうにかかる。でも配り終えなければ学校にも行けない。氷雨が降ろうが雪が積もってようが、どんなつらい状況でも、どんなにイヤでも、自分が配らなければ配達は終わらない。「先に進みたければ、まず目の前のことを片付けることが大事」ってことを、中学三年から高校卒業までの4年間の新聞配達で学んだんだ。
|