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第10回
宇都宮健児氏インタビュー(その4/全5回

宇都宮健児氏

目の前の人だけじゃなく
見えない多くの人を救うために
社会の仕組みを変えていく

弁護士宇都宮 健児

弁護士1名、事務員1名でスタートした事務所も現在では、6人の弁護士と10名の事務員を抱える事務所にまで発展。現在、1年間に受ける相談数は約600件。6台の電話がやむことはない。なぜこんなにもサラ金・ヤミ金被害者が後を絶たないのだろうか。

うつのみや・けんじ

1946年(昭和21年) 愛媛県明浜町(現西予市)生まれ 59歳 サラ金問題の草分け的弁護士
東京大学に現役合格(1966年)後、社会運動と出会い弁護士を目指す。1968年に司法試験に一発合格、経済的事情により翌年東大中退、司法修習生となる。71年に弁護士登録。2度のイソ弁生活を経て1983年に独立。以降現在に至るまで、「東京市民法律事務所」を経営する傍ら、サラ金、ヤミ金被害者救済をはじめとする消費者問題に取り組む。 東京弁護士会法律相談センター運営委員会委員長、東京弁護士会民事介入暴力対策特別委員会委員長、東京弁護士会外国人人権救済センター運営協議会議長、日弁連消費者問題対策委員会委員長、東京弁護士会副会長などを歴任。現在は全国クレジット・サラ金・商工ローンの高金利引下げを求める全国連絡会代表幹事、武富士対策連絡会議代表、全国ヤミ金融対策会議代表幹事、日弁連上限金利引き下げ実現本部本部長代行の要職に就いている。
■被害者救済のために手がけた主な事件/ 豊田商事事件・地下鉄サリン事件・KKC事件・オレンジ共済・全国八葉物流事件・旧五菱会のヤミ金融事件
【主な著書】 ●『サラ金地獄からの脱出法』(自由国民社) ●『消費者金融—実態と救済』(岩波書店) ●『自己破産と借金地獄脱出法』(主婦と生活社) ●『自己破産と借金整理法』(自由国民社) ●『ヤミ金融撃退マニュアル 恐るべき実態と撃退法』(花伝社)
※宮部みゆきの最高傑作との誉れも高い、多重債務問題をテーマにした作品『火車』に登場する弁護士のモデルにもなっている。

事務所名に込められた思い
国籍をも超えた「市民」を救いたい

独立して10年後に事務所の名称を「東京市民法律事務所」に変更しました。その理由は、ひとつは弁護士が増えたから。私個人の名前を事務所名にしていると、他の弁護士が居心地悪く感じるかもしれないでしょ。自分はイソ弁だということでね。

もうひとつは、事務所の考え方として「市民の人たちに開かれた」という意味もあるんです。一時期、外国人の人権救済センターの議長もやったことがあるんですけど、「都民」とか「国民」にするとカバーできる範囲が限られちゃうんですよ。日本にもどんどん外国人が増えて、ボーダレスな社会になってるでしょ。外国人の人権・相談も重要だからね。都民、国民の人権だけを守るんじゃだめだってことです。そうすると外国人と日本人も包含した意味で、やっぱり市民という考え方がいいんじゃないかなと。

サラ金利用者が増え続ける理由

現在、サラ金の利用者は2000万人を超えています。利用者が増え続けている大きな理由は、サラ金のテレビCMが朝から晩まで流れてるということですね。かわいくておもしろいようなイメージCMをバンバン流してますけど、アコム、アイフル(注1)、プロミス、レイク、武富士、あれ全部サラ金ですからね。それを気軽に利用できるように無人契約機が日本中に設置されている。どんな田舎に行っても、田んぼのなかに無人契約機があるでしょ。

だけどそういう気軽・手軽なイメージの割に金利はものすごく高い。今、クレジットカードは2億6000万枚くらい発行されてるんだけど、だいたい年利25%から29.2%で貸し付けてるわけですね。普通預金が年0.001%のところで。

だからサラ金とかクレジット会社で2、3社借りると、もう若い人は返済できなくなる。すると業者は厳しい督促をやりますからね。それですぐに行き詰って、別の業者から借りて返済に充てる。自転車操業ですね。だいたい150万から200万人くらいの人が行き詰っているとみています。

注1 アイフル──4月14日、金融庁はアイフルに対し、苛烈な取り立てなどの違法行為を行っていたとして、全店舗(約1900店)の業務停止命令処分を下した。かわいい子犬のCMで企業好感度は常に上位にランクされていたが、その裏ではやはりひどい取り立てが行われていた模様。上場している消費者金融会社が全店舗を対象とした業務停止命令を受けるのは初めて。宇都宮弁護士が取り組んでいる、貸金業の高金利を規制する立法運動にも追い風が吹いているといえそうだ。

30万が1300万円になった27歳高校教師
108社から1億3000万借りた51歳部長

そういう人は特殊な人だと思うかもしれませんが、みんなごく普通の人なんですよ。例えばですね、27歳の高校の先生。5年前にふとしたことでサラ金から30万借りたんですが、気が付いたら1300万を超えてた。21社から1372万円借りてるんですよ。このくらい借りると、月にだいたい70万から80万を支払わなきゃいけない。払わないと毎月、督促が勤務先と自宅に来ます。実際、業者から職員室にばんばん脅迫電話がかかってきた。そういうのが勤務先に何回も来るとね、解雇の対象になるんですよ。リストラね。取り立てを防ぐためには、返済しなきゃならないから、他のサラ金、あるいはクレジットカードから借りる。そうしてだんだん、雪だるま式にふくれあがってくる。

当然、月給ではとても払えなくなる。だいたいサラ金から200万円を借りると、月々の金利だけで4万8666円かかる。これを払い続けても永久に元本の200万は減りませんから、3年で返そうと思ったら、毎月8万4000円払わなきゃならない。地方から出てきた普通の若いサラリーマンは、だいたい月給は手取り20万程度。東京でアパートマンション借りてると、5、6万の家賃かかって、生活費が10万くらい。そうすると返済できるのは4万くらいがせいいっぱい。金利すら払えない。金利を払うために他のサラ金からお金を借りたら、1カ月後には204万8666円に元本がふくれあがる。3年で475万、6年で1129万になる。だからこの場合、多重債務者は、実際自分が借りたのは1割くらい。あとは全部金利でふくれる。

若者だけじゃありません。108社から1億3000万借りたサラリーマンもいます。51歳、高校生の子どもがいる、一部上場企業の部長です。ひと月にどれくらい返済してきたかというと、700万から800万です。それを払わないと、本社まで電話がかかってきます。108社からね。クビになったら困ります。息子はまだ高校生、住宅ローンも払わなきゃならない。  その人は、14、5年間自転車操業を続けてきたわけ。原因は、バブル崩壊の時の株取引の失敗です。そこに借金の火種が残って、それを払うために自転車操業。それで108社になった。108社に振り込むだけでもたいへんな手間なんです。1回振り込んでも1カ月後にまた700万800万円、用意しなきゃならないから、神田のサラ金街を回って、次から次へと借りていくわけですね。そのとき何を考えていたかというと、もう1回バブルが来たら大儲けして返そうと思ったって。だけどバブルは来ませんでした。この例は極端だけど、似たような人がたくさんいるんですね。

宇都宮弁護士の名前をかたった 振り込め詐欺も

一時期、私の名前をかたったダイレクトメールが出回ったことがありましてね。(ハガキを出しながら)それはこのハガキなんですね。これはね、振り込め詐欺の可能性がある。ハガキには、「ヤミ金の取り立てに困ってる人は、助けてやるからここに連絡しろ」と書いてある。連絡したら、「取り立てを止めて借金もチャラにしてやるから金を振り込め」って言われるんですね。あるいは提携弁護士っていって悪徳弁護士のグループがあるからそこを紹介してる可能性があります。そういうことをして、お金を騙し取るような集団ですね。

DMに記載されている弁護士の登録番号は僕の番号と同じ。文章や経歴は僕の書いた本の抜粋。顔写真はインターネットから取ってる。ここのへんまでは流用でね、まともなことが書いてある。手の込んだ印刷ですよね。でも電話番号だけ違う。僕がこの電話番号に電話したら、「はい、こちら宇都宮健児法律事務所です」って出た。「宇都宮先生出して」って言ったら、「今、裁判所に行っています」って言うから、「俺が宇都宮だ!」って(笑)。

このDMは日本中のヤミ金の被害者や多重債務者に郵送されてます。これなんか鹿児島とか北海道だしね。こういうのが1週間で420通くらい僕の事務所に届いた。なぜかというと、転居先不明で帰ってきたんですよ。だから届いているのも含めたらおそらく数万通は出されてますね。でも通常、弁護士からヤミ金の被害者や多重債務者に直接DMを出すなんてことは絶対にありえないから注意してほしいですね。

サラ金・ヤミ金に苦しめられている200万人のうち、弁護士会や司法書士へ行ってるのはわずか1割。残りの9割は借りた金を返すために別のヤミ金から借りるという自動車操業で雪だるま式に借金を増やし、万策尽きた場合は夜逃げをしたり、ホームレスになったり、自殺をしているという。しかし宇都宮氏は力強くいう。多重債務問題は必ず解決できると。

生活苦による自殺は年間8000人
多重債務者の多くがホームレスに

だいたい、今、日本では経済・生活苦で年間8000人が自殺してるんです。日本は自殺大国、ロシアの次。今、交通事故の死亡者が7000人きっていますから、それより多い。夜逃げも年間十数万人がしてる。そのうちの多くがホームレスになる。

夜逃げするときに住民票を移動したらサラ金業者にすぐ居場所がわかっちゃうんです。住民基本台帳法によって、債権者であれば住民票を閲覧できますから。だから夜逃げするとき、住民票も一緒に移動しちゃうと、逃げた意味がない。

以前、『夜逃げ屋本舗』(注2)という映画の法律監修を頼まれてやったことがあるんだけど、悪質金融業者に取り立てを受けて困っている人を中村雅俊さんの夜逃げ屋がトラックで逃がしてあげて、ああよかったねというところで映画は終わる。ところが人生はまだその先があるわけ。今から新天地で仕事を探さなきゃならない、子どもは学校に行かなきゃならない、すると住民票を動かさければならない。するとすぐまた取り立てがくる。逃げた意味がない。

武富士の元社員から話を聞いたところ、武富士では管理部門の人間が、夜逃げした債務者の住民票の移動のチェックを最低1カ月に1回はやっている。それを5年、10年経っても続けているということです。だから住民票を移動すればすぐ見つかっちゃう。ということは、夜逃げしてる十数万人は住民票を移動しないで逃げていることになる。したがって、なかなか定職に就けない。アルバイトとかパートとか、あるいは日雇い仕事とか、不安定な仕事にしか就けない。小学校中学校の子どもがいる場合は、正式入学できません。

住民票がないと一番困るのは、健康保険に入れないってことです。事故とかケガをした場合は治療費は全額自己負担になりますから、重いケガとか病気をしたときほど、病院に行けない。そういう、精神的にも肉体的にもズタズタになった人がホームレスになる。今、国内のホームレスは2万5000人。47都道府県、ホームレスゼロのところはないんですよ。  でも、夜逃げしなくても解決する方法はいろいろある。自己破産とかね。しかも、5年以上逃げたら時効になるんですけど、そういうことを知らない人が多すぎるんですよ。

注2 夜逃げ屋本舗──柳澤一明作の漫画。悪徳金融会社から金を借りて首が回らなくなっている人を「夜逃げ」させることで救う「夜逃げ屋本舗」の物語。NTV系列で連続ドラマ、映画化。人気を博し、続編も相次いで制作された。

ホームレス支援にも力を注ぐ

昨年の12月に新宿の中央公園で2人の40歳代のホームレスの相談を受けたんですね。その人は神戸から逃げてきてる。生まれが熊本で、結婚して神戸に住んでた。震災の被害にもあってるんですけど、サラ金の返済が滞って取り立てを受ける。それからサラ金会社から裁判を起こされて家財道具を差し押さえされて。それがきっかけで奥さんと離別しちゃった。そして仕事も失って路上生活になる。それで東京へ逃げてきてる。だけどサラ金業者の取り立ての怖さとか不安があって、いまだにアパートに移ったらサラ金業者の取り立てを受けるものだと思っている。実際住民票移したらそうなるんですが。

仕事がなくてお金に困ってる人は、生活保護を受けられるかどうかが重要なんですよ。ところがホームレスの場合、住所がないということで、生活保護を認められてないんですよ。ところが、住所を求めてアパートへ移ったら取り立てが来るから移らない。でも実際は、住所がないからって生活保護を認めてはならないとは、法律には書いてないんですよ。憲法25条は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を認めています。最近、大阪の地方裁判所がね、公園を住所にしていいっていう判決を出したんだけど(注3)、これが認められればホームレスが生活保護を受けられる助けになるかもしれませんね。

いずれにしても、日本が先進国で経済大国といっても、2万5000人ものホームレスが存在するのが現実だと。事務所へ電車で通勤する途中で隅田川を通るんですが、川岸にずらっとホームレスの青いビニールシートが見える。ここ数年全然数が減らないんですよね。

注3 大阪の裁判所が〜──大阪市北区の公園で生活しているホームレスYさんが、公園を住所とする転居届けを区役所に提出したが受理されなかった。そこでYさんは大阪地裁に取り消し処分を求める訴訟を起こしたところ、2006年1月27日、大阪地裁は、「テントの所在地は生活の本拠としての実体を備えており、住民基本台帳法の住所と認められる」→「占有権がないことを理由に受理しないのは許されない」と判決。ホームレスが公園を住所とすることを認めた。(参考:msnニュース・毎日新聞)

サラ金問題は必ず解決できる

こんなふうにサラ金で苦しんでいる人がたくさんいるのに、自己破産のこととか、利息制限法のこととか、どこに相談すればいいのかとか、全く教えてないのが日本の現状なんです。

サラ金問題は必ず解決できるんですよ。弁護士とか司法書士に債務整理を依頼して、介入通知を出してもらえばサラ金業者の取り立てを止めることができます。債務整理の方法としては、債務者の収入や財産状態、負債額などに応じて、任意整理、特定調停、個人再生、自己破産などいろいろな方法があります。お金が払えない場合は、法律扶助協会に相談すれば、弁護士費用を立て替えてくれますしね。

それから、ちゃんとした会社に勤めれば、すぐサラ金にわかっちゃうんじゃないかと思ってる人が多い。でもね、住民票の移動はわかるけど、勤務先は調べられないんです。興信所などを使わないとね。そうすると何十万もかかるから、サラ金業者もわずかなお金を回収するのにそこまではやらないです。

そういう知識とか情報とかを、全く与えられないままに社会に出てる人が圧倒的に多い。今の学校じゃまず教えないでしょ。自分を守る方法を教えない。また、それを教えるべき先生に、多重債務者が多いからね。だからサラ金被害者を増やさないようにするには、そういう教育システムを抜本的に改革する必要があります。

日々、サラ金被害者はじめさまざまな社会的弱者が宇都宮弁護士の元に押し寄せる。その救済に粉骨砕身する宇都宮弁護士だがしかし、それだけでは足りないという。より多くの人を救うために必要なこととは……。

目の前の人を助けるだけじゃ不十分
法律改正で仕組みそのものを変える

多重債務者が150万から200万人いても弁護士の事務所にきてるのが、そのうちの1割、10人いたら1人しかたどり着いていない。残りの9人はたどり着いていないから、夜逃げしたり自殺したり、なかには犯罪を犯す人もいるわけですよね。

それを考えると、弁護士ってのは、目の前に来た人だけを助けるんじゃ不十分なんですよ。背後にいる何十万人、何百万の人を考えなきゃいけない。そういう人たちを救済するためには、クレジット・サラ金・商工ローンの高金利を引き下げるための政策提案や立法提案、あるいは生活保護制度の見直しの提案など、そういうことをやらないとダメなんですよ。

※宇都宮弁護士は、集会を開いたりビラを配るなどして、市民に対して広く啓蒙活動を行うなどして、法改正運動に尽力している

五菱会のヤミ金融事件では 国を相手に戦う

今は山口組系五菱会のヤミ金融問題(注4)で法改正に取り組んでいます。現在の法律ではヤミ金が不法に儲けた巨額のお金が、被害者に返らないんですね。それどころか、国がぶん取っちゃうというとんでもないことになってる。

「ヤミ金の帝王」梶山進率いる五菱会系ヤミ金融グループが儲けた金の一部、国内に隠していた3億3000万円は、摘発後、東京地検が押収しました。そのお金は東京地裁が被害財産と認めたんですが、現行の組織犯罪処罰法では被害財産の没収判決ができないんです。没収できないということは、刑事裁判が終わったら、被告に返される可能性がある。そうするとまた暴力団の資金になる。

それを阻止するためには、ヤミ金被害者が損害賠償請求を起こしてそれを差し押さえるしかないので、我々弁護士が被害者の代理人となって裁判を起こしたんです。

裁判をやるためにはたいへんな費用がかかります。今回、五菱会系ヤミ金融グループから押収した3億3000万円を再びヤミ金融グループに戻るのを阻止するための仮差し押えの保証金が3300万円。もちろんヤミ金被害者が用立てられないから、法律扶助協会から借りて、仮差し押さえをしたんですね。

ところが、東京国税局がそのうちの1億円を税金の滞納を理由に差し押さえていたことが判明したんです。私たちは、それはひどいじゃないかということで、東京地検に、国税庁に金を渡さないように頼んだし、国税庁にも差し押さえを解除するように要請しました。それでも持っていかれそうだったので、直接国税庁に出向きました。向こうも人間ですから、担当者とじかに顔を突き合わせて話せば分かってくれるかもしれないと思ったんですが、甘かった。結局、1億円は税金としてもって行かれてしまいました。

なんで被害者に返すべきお金を国が税金として持ってくんだと。被害者が裁判やって取り返そうとしているのに、税金で国庫に入れちゃうっていう抜け道みたいなことをやっているんですよね。これはおかしいです。やっぱり被害財産は被害者に返されるべきですよね。

注4 山口組系旧五菱会の問題──「ヤミ金の帝王」と呼ばれた梶山進を頂点とする五菱会(現2代目美尾組)系のヤミ金組織が東京地検に摘発された。同グループは傘下に1000もの店舗をもち、2000〜2002年にかけて、全国の被害者に対して法定利息を大幅に超える違法な取り立てを行い、数千億を荒稼ぎしていた。そのうちの約107億円は米ドルなどに替えて国内やスイス、シンガポールなどの海外に隠していた。2005年11月、梶山被告には懲役6年6月、罰金3000万円、追徴金約51億円、松崎敏和被告には、懲役4年6月、罰金2000万円、奥野博勝被告には懲役4年6月、罰金500万円の刑がそれぞれ確定している。さらに二審東京高裁は「犯人側に残すのは不合理」として、計約94億円の追徴を認めた。この額は刑事事件では過去最高。

損害賠償請求訴訟も起こした

昨年秋以降、五菱会系ヤミ金融グループ幹部の梶山被告や奥野被告に対し、総額3億5000万円の損害賠償を求めて集団訴訟(注5)を提起しています。その裁判は今も続けられてますから、判決を取った上で、もう一回国税局と交渉しなければと思ってます。でも非常に厳しいと思ってます。日本の役所、特に税務署ってのは厳しいんですよ、取ったら絶対返さないから。

集団訴訟を起こすのもたいへんなんですよ。加害者を訴えるためには被害者を特定しなきゃなんない。しかもトップの幹部である梶山被告や奥野被告が直接お金を貸して取り立てをやってるわけじゃないんです。取り立てをやってるのは、末端の店舗の従業員なんですね。そういう店舗が1000くらいあるんですがこれを全部調べて被害者を特定しないといけいない。

その店舗リストは捜査当局が持ってるわけです。つまり、被害者たちが借りていた店舗が、全部梶山被告の支配下のヤミ金だってことを立証するには、刑事記録を入手しなきゃならない。そういうのが非常にたいへんなんですね。

さらに、原告になるってことは、自分の住所氏名を全部相手方である暴力団にさらすってことなんですね。原告はみんなヤミ金会社から暴力的・脅迫的な取り立てを受けて、たいへん怖い思いをしている。だから中には暴力団の報復を恐れてなかなか原告になりたがらない被害者もいるわけです。

注5 集団訴訟──2004年11月16日、梶山進被告に対し、宇都宮健児弁護士が代表幹事を務める全国ヤミ金融対策会議は全国13都道府県の被害者82名の代理人となり、総額約1億1000万円の損害賠償を求めて、東京地方裁判所に提訴した。

被害者に追い風

こんなふうに、現状では国が横取りしたり、暴力団への恐怖などで、被害者になかなか被害財産が返りにくい状況にあります。だから、被害者にちゃんとお金が返ってくるような法律を今つくろうとしてるんです。

それが今の通常国会に出された組織犯罪処罰法の改正法案(注6)です。被害財産を国がいったん没収することにして、被害者が国に届ければ被害金額に応じて没収した金額を配当するというものですから、被害者は暴力団に名前を知られなくてもいいし、そもそも現在やってるような困難な裁判をやらなくてもいいですからね。同時にそこで国税局の抜け駆けは許さんというような措置を取る必要があります。

注6 今度の通常国会に出される組織的犯罪処罰法改正案──2006年1月20日に召集された第164回の通常国会で、2月24日法務省から組織的犯罪処罰法改正案および被害回復給付金支給法案が提出された。犯罪組織に対する損害賠償請求が困難な場合や犯人が財産を隠匿した場合などに、裁判所が財産を没収できる。一方、被害回復給付金支給法案では、国が没収・徴収した財産は検察官が一時的に保管し、受給する資格のある被害者を確定して分配するとしている。

それから、梶山被告がスイスの金融機関、「クレディ・スイス」に隠した51億円、これも被害金額に応じて被害者が配当を受けられる可能性も出てきました。だから今、ヤミ金被害者にとっては追い風が吹いているわけです。  被害者救済のための法律が最近成立しそうなのは、これまで山口組五菱会系ヤミ金融グループの幹部を相手とする裁判をやってきたからなんだね。逆に言うと、これまでは全く不合理なことが行われていたということだね。

自分を頼ってきた被害者を助けることで満足せず、より多くの人を助けるために社会システムから変えようと奮闘している宇都宮弁護士。 次の最終回では、なぜそこまで被害者のために頑張れるのか、宇都宮弁護士にとって仕事とは何か、誰のために、何のために働くのか、などについて語っていただきます。

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