キャリア&転職研究室転職する人びと第47回・前編 突然降りかかった危機 入社5年目で初の転職を決意
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一年間に転職する人の数、300万人以上。
その一つひとつにドラマがある。
なぜ彼らは転職を決意したのか。そこに生じた心の葛藤は。
どう決断し、どう動いたのか。
そして彼らにとって「働く」とは―。
スーパーマンではなく、我々の隣にいるような普通の人に話を聞いた。
第47回(前編) 木下一成さん(仮名)32歳/営業職
突然降りかかった危機 入社5年目で初の転職を決意

木下一成さん(仮名・32歳)は大学卒業後、農業機械の輸入・販売を行う商社に入社。海外営業部に配属されてからは深夜帰宅になることも珍しくなかったが、仕事にはやりがいを感じていた。私生活でも結婚、子供にも恵まれ、今後も公私ともに幸せな人生が続くものとばかり思っていた。しかし、入社5年目に思いもよらない危機が降りかかった。

(やっぱり会社の発表は本当だったのか……)

午後11時。帰宅した木下一成さん(仮名・32歳)は上司から手渡された給与明細を見て、がっくりと肩を落とした。総支給額は先月よりも数万円少なかった。さらに今期のボーナスも50%カットされることが決まっている。

(こんなに頑張っているのに……)

特に今月は繁忙期の始まりだったので、毎日のように深夜帰宅が続いた。会社の経営が厳しいのはわかっている。しかし……。

(このままでは愛する家族を守っていけない)

別室で寝そべる妻と幼子に視線を移しながら、木下さんはある決心をした。

仕事もプライベートも充実
順風満帆の日々
 

 木下さんは地元の高校を卒業後、農業大学に進学。就職活動期には、所属していた研究室の教授の推薦で、農業機械の輸入・販売を手がける商社に就職した。入社後は社の根幹事業であるマーケティング部門に配属。海外の農業機器メーカーとの仕入れ、交渉業務を担当。2年目からは買い付けなど直接輸入に関わる業務に加え、貿易事務的な業務やトラブル対応、クレーム処理などにも携わるようになった。

 百戦錬磨の海外メーカーの担当者と商談を成立させるためには、もちろん高い英語力が要求される。さらに農業機械のトラブル対応も請け負っていたので、メーカーごとの農業機械の知識も必要だった。木下さんは英語の勉強と機械の知識習得にも力を注いだ。

 年々責任の大きい仕事を任され、ハードになっていく毎日。特に繁忙期は毎日深夜帰宅にならざるを得なかった。しかしそんな日々も決して嫌ではなかった。

「異文化の人とやりとりして、意思が通じ合って、仕事がうまくいったときはなんともいえない大きなやりがいを感じていました」

 大きな農業機械ともなると1台数千万円。船でしか輸送できないので、ヨーロッパから日本に運ぶだけでゆうに1カ月はかかる。そうした仕事の大きさも魅力のひとつだった。

 そんな多忙でも充実した仕事生活を送っていた入社4年目の2007年、交際を暖めていた女性と結婚。年末には妻が妊娠した。これから増える新しい家族のためにもっと仕事を頑張らなければ──いい意味でのプレッシャーはさらなる仕事の原動力になった。

「守るべき者ができたことで、独身のときよりも、断然やる気がアップしましたね」

減給とリストラ
不穏な空気が
 

 しかし心機一転、これまで以上に仕事に打ち込んでいた矢先、不穏な噂が流れ始めた。

「どうやら来年から給料を減らされるらしいぞ。リストラも──」

 2007年に入ってから会社の業績が急速に悪化し、全社員の給与カットと人員削減が行われることが決定したというのだ。

 確かにその前兆にはうすうす気づいてはいた。景気の冷え込みで入社した頃に比べて農業機器が売れなくなっていた。競争ばかりが激化し、利益はますます減少。さらにユーロ高が業績悪化に拍車をかけた。

「でもまだこの時点では会社を辞めることは考えませんでした。大学卒業後1社しか経験していませんし、その1社も教授の口利きで入社したので就職活動をろくにしなかったんです。辞めた後どう動けばいいかなんて全くイメージできなかったので、退職も考えられなかったですね」

 そんな中、待望の第一子が誕生。もちろん新しい家族ができたことはこの上ない喜びだったが、不安も大きかった。愛する家族のため、このままでいいわけはないが、かといって辞めて次の転職先をどう見つけていいのか皆目わからなかった。一体俺はどうすれば……時間だけが過ぎていった。

 その間にもリストラは進行し、ひとり、またひとりと仲間が会社を去っていった。次は誰の番だ──そんな空気もいたたまれなかった。

 人が辞めたらその分の仕事を誰かが背負わなければならない。木下さんの仕事も増える一方だった。家族ができたことでせっかく上がった仕事のモチベーションもどんどん低下していった。

とどめの減給で退職を決意
 

 2008年4月。新しい年度の最初の月の給与明細を見たとき、木下さんは愕然とした。前の月と比べて総支給額が数万円ほど下がっていたのだ。

「給与が下がることは知ってはいましたが、実際に額を見たときはやっぱりショックでしたね。ついに現実になったかと」

 このままでは妻子を養っていけない──木下さんの中で、初めて転職の二文字が現実味を帯びてきた。


以降[後編]に続く

 
プロフィール
photo

農業大学卒業後、農機具の輸入・販売を手がける商社に入社。海外営業ならびに物流業務に4年半携わるも、業績悪化による給与カットで転職を決意した。

木下さんの経歴はこちら
次回は1月26日配信予定
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取材・文/山下久猛
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