企業経営&IT戦略レポート

人材育成と両輪で進めるKDDI流IT組織改革

情報提供:株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン

“モノ作り”から“企画”へのシフトを
2000年10月、NTTグループに総合的に対抗すべく、DDI、KDD、IDOの通信3社が大同団結して誕生したKDDI。同社では、合併後の組織を整える過程でIT組織の見直しを行い、それまで別個に運用していた固定通信系サービスと移動通信系サービスのシステムを一本化するため、IT部門のユーザー窓口を統合した。同時に、IT部門の役割をモノ作り中心から企画中心へと定義しなおし、組織戦略を人材育成策に落とし込みながら、ビジネス・モデリングとITアーキテクチャの設計を推し進めてきた。本稿では、KDDIのIT組織改革の“中身”を紹介しながら、ユーザー企業におけるIT部門のあり方について考えてみたい。
小林秀雄 フリーライター text by Hideo Kobayashi

“何のため”のシステム構築か

「IT部門の人間が、何のためにシステムを作るのかということに関心を持っていない。これでは情報システム部門としての役割をまっとうできない」

KDDIの執行役員情報システム本部長、繁野高仁氏は、2000年から2001年にかけて、社内でそんなふうに感じる場面にしばしば遭遇し、危機感を抱いたという。それは、システム・エンジニア出身の同氏がシステム部門のトップとしてPHS会社DDIポケットの立ち上げに参画、KDDIが設立されたのを機に同社に帰任したころのことであった(同氏の当時の肩書は、情報システム本部ネットワークシステム開発部長)。

「私はITスタッフらに対して、常に『このシステム・プロジェクトの目的は何か』『このシステムはビジネス遂行上、本当に必要なのか』などと問いかけてきたが、そのころ返ってきた反応は『ユーザー部門に言われたから』『もう決まっているから』といった受け身のものばかり。当社に限らず、IT部門の技術者はとかく関心がモノ作りに集中しがちだが、そうした“技術屋集団”では、ビジネス指向のシステムを作ることはできない。これはまずいと考えた」(繁野氏)

このような問題意識の下に、同氏は早速、自らの統括するネットワークシステム開発部の役割の見直しと意識改革に着手した。

まず最初に、同部門の役割を「モノ作り中心」から「企画中心」へと定義しなおし、それを周知徹底することから始めた。企画とは、つまるところ「何のために、どんなシステムを作るかを考えること」であり、その役割を社内IT部門のミッションとして明確に打ち出したのである。ただし企画機能を強化するためには、実際にITスタッフをモノ作りから解放するための仕組みが必要になる。

それを実践するために、同氏は、社内で抱えるべきコアのIT業務を「サービスの企画(ビジネス・モデリング)」と「アーキテクチャの設計」の2つとし、システム開発業務においてベンダーを有効に活用するという“分業”を基本方針として掲げた。そのうえで、組織戦略に基づいた人材育成に向けて体系的な研修プログラムを開発し、ひとりひとりのスキル向上に取り組んできたのである。

こうしたなか、2003年4月、KDDI全社レベルでの大規模な組織再編が行われ、これに連動するかたちでIT組織も見直された。このときに情報システム本部長に就任した繁野氏は、ネットワークシステム開発部で2年余り実践してきた改革路線を情報システム本部全体に適用することを決めた。

新生・情報システム本部は、システム企画部、コーポレートシステム部、ソリューションシステム部、auシステム部、の4つの部門から構成される。このうち同本部全体を統括する役割を担うのがシステム企画部である。これは以前から存在していた部署であるが、それまで内部に抱えていた社内ネットワーク/管理系システムの開発・運用チームを切り出し、企画機能によりフォーカスした戦略的組織へと生まれ変わった。また、コーポレートシステム部は、システム企画部から今回切り出された部署で、社内ネットワークや管理系システムの開発・運用を担う。さらに、ソリューションシステム部とauシステム部の2部門は、顧客向けビリング・システムの開発・運用を担う部隊であり、前者が固定系サービスを、後者が移動系サービスを担当している。

事業部門の再編とIT組織改革

周知のとおり、KDDIの歴史は合併の歴史でもある。1998年12月、国際電信電話(KDD)と日本高速通信(TWJ)が統合して新生・KDDが誕生した。2000年10月には、京セラ系の第二電電(DDI)と、トヨタ系の日本移動通信(IDO)、KDDの3社が合併してディーディーアイが発足、翌2001年4月にKDDIに社名を変更した。さらに2001年10月、DDIとIDOの両社が全国統一の移動体通信ブランド「au」を掲げてサービスを提供していたエーユーを統合し、移動系サービスを本体に取り込んだ。

すなわちKDDIは、この複数の企業合併によって、巨人・NTT(グループ)に対抗しうる通信会社へと成長したわけだ。

もっとも、元の会社の組織、業務、システムがすぐに統合されたわけではない。むしろ、わずかの期間で実質的に4社が合併したことで、組織の中に多くのひずみが生じるところとなった。

そうした弊害が最も顕著に表れたのが、法人顧客サービスである。

例えばKDDIは、NTTグループとは異なり、固定系サービスも移動系サービスも1社で提供している。固定系と移動系のシステムは設備が異なるため、当然のことながら別々に運用されているわけだが、顧客側から見れば、1つの窓口で固定系サービスも移動系サービスも利用できるものと考える。実際、KDDI発足後、「固定系と移動系の請求書を一本化してほしい」といった声が上がり、個々のサービス分野を超えた横断的な案件も増えてきていた。

そこでKDDIは、事業部門の顧客対応窓口を一本化するとともに、それまで固定系と移動系に分かれていた法人向け事業部門を、ソリューション事業本部に統合することを決断した。個人向け事業部門に関しては、固定系をブロードバンド・コンシューマ事業本部が、移動系をau事業本部が担当することになり、この結果、法人、個人(固定系)、個人(移動系)の3事業本部制がとられるところとなった。

これに伴い、情報システム本部にも、固定系システムと移動系システムの運用を一本化し、事業部門からの要求に一元的に対応することが求められるようになった。それを実現するための仕組み作りが、企画機能の強化であったわけだ。

具体的には、それまで顧客向けシステム部門(ソリューションシステム部とauシステム部)の開発チームに属して事業部門と対応していた社員をシステム企画部に集め、各事業本部との間に統一の一次窓口を設けたのである。現在、情報システム本部の280人のスタッフのうち、約40人がシステム企画部に属している。

ITアーキテクチャを踏まえ全体最適を追求

このようにユーザー窓口を統合するに際して、繁野氏が何よりも重視したのは、IT人材の育成と、“情報システムの構造改革”であった。

「開発部隊からシステム企画部へと振り向けられたスタッフの仕事は一変した。今まで目の前のシステムを作ることに一生懸命になっていればよかったのが、システムの全体図を見て、サービスの企画とアーキテクチャの設計を担当しなさいと言われるようになったわけだ」(同氏)

現在、システム企画部には、「サービス企画」、「技術企画」、「運用企画」、「人材育成」の4つのチームが設置されている。

このうちサービス企画チームの役割は、事業部門横断的なかたちでサービスの提供を行うことを前提に、システム構想を立てることである。例えば、事業横断的な案件に対して、機能や基盤を共通化しておけば、ビジネスの拡張性やコスト面でのメリットがもたらされる。従来は個々の専門領域に特化したかたちで開発部隊を抱えていたため、そういう全社的な企画を行うのが難しかったが、今では個別の開発タスクを超越して、全体を見る目でシステムを考えることが可能となっている。

技術企画チームは、システム・アーキテクチャの設計や標準の策定作業をミッションとしている。同チームでは現在、将来をにらんで、情報システムの構造改革を推進している。

一方、運用企画チームは、従来バラバラに実施されてきた運用の標準化を進める役割を担っている。特に、開発と運用の間に生じるずれを是正すべく、統一的な標準を設定することを課題としている。

また、人材育成チームは、繁野氏がネットワークシステム開発部長時代に実践してきた意識改革とスキル育成策を情報システム本部全体に広げることを当面の任務としている。

これらのチームは互いに密接に連携し合いながら、情報システム本部全体に共通する課題の解決に当たっている。いずれのチームにおいても、最も重視されているのは、システムの全体像となるITアーキテクチャを把握したうえで全体最適を図ることである。どんな企業であれ、IT部門には全体を俯瞰する能力が欠かせないが、企業統合を繰り返してきたKDDIにあっては、その責務が他社に比べてはるかに大きいと言える。

組織戦略の一環としての人材育成プログラム

では、KDDIにおいて、IT部門のスタッフに求められるスキルとは何であろうか。

「IT人材に必要なスキルは2つある。1つは、通信事業という当社のビジネスそのものをよく理解していること。もう1つは、情報システムのアーキテクチャを設計できること。これからのIT部門には、この両面を兼ね備えた人材が求められる」(繁野氏)

そうした考えに基づいて繁野氏がネットワークシステム開発部長時代に考案し、実践してきた研修プログラムが今、情報システム本部全体の研修プログラムとして適用されている。同プログラムは、「ビジネス・アナリスト・コース」と「システム・アナリスト・コース」の2つを柱としている。ここで言う「ビジネス・アナリスト」とは企業のビジネス構造をモデル化する人材を、「システム・アナリスト」とはシステムのアーキテクチャを設計する人材を想定しているという。

ビジネス・アナリスト・コースでは、ビジネス分析、ビジネス・モデルの作成、要件定義などのモデリング基礎や、問題把握のための手法などが教えられる。「ビジネス・モデリングの出発点は、“何のため”に情報システムを構築するのかを認識することだ。これを通して、ITスタッフがビジネスの全体像と本質的な要素を把握する能力を身につけることができれば、IT部門が本当の意味でビジネスを支援できるようになる」と繁野氏は強調する。

一方のシステム・アナリスト・コースでは、アーキテクチャの基礎、アプリケーションの設計、ソフトウェア・アーキテクチャについての研修が行われている。システム・アナリストの業務は、開発現場寄りではあるが、個別のアプリケーション開発やシステム運用とは異なり、情報システムの全体の設計を責務としている。アーキテクチャ設計においては、追加開発や保守が容易なシステムを作るための能力を重視しており、それを通して、モノ作りをコントロールできる能力を身につけさせることをねらっている。

「システム・アナリストとしての能力を鍛えることで、企業の情報システムの全体構造が、複雑に絡み合った“スパゲッティ状態”に陥ることを防ぎ、将来的な拡張性を兼ね備えた“きれいな情報システム”を構築することが可能になる」と繁野氏。

つまり、情報システムを保守・運用する過程で、プログラムの追加・変更によるコスト増を最小限に抑えるため、アーキテクチャを設計する段階で、変化に強いしっかりとした構造を実現しておく必要がある。そして、それを可能にするいちばんの近道が、人材の育成であるというわけだ。

「OJT(On the Job Training)はもちろん大事だが、教育や研修なしには高い能力は身につかない。IT部門では、組織のミッションを具現化するための体系的な人材育成が行われないまま、ITスタッフがモノ作りに傾斜していくといった状況が常態化している。当社ではその反省に立ち、人材育成を組織改革の一環として進めているところだ」(繁野氏)

ベンダーに「ノー」を言える組織に

このように、情報システムの構造改革を前提とした組織戦略や人材育成策を進めるKDDIだが、そんな同社でCIOを務める立場から、繁野氏は、「日本のソフトウェア産業の現状に対しては危機感を募らせている。そして、その課題解決のためには、ユーザー企業の“CIOの育成”が急務だ」と主張する。

同氏が指摘する問題の中身は、具体的には以下のようなものだ。

ユーザー企業のシステム構築において、実際にプログラムを作っているのは、ほとんどの場合ソフトウェア会社である。ソフトウェア業界のビジネスは、人材の質やスキルではなく、工数をベースとしている。したがって、未熟な技術者が担当すればシステムが複雑化し、保守工数は増加して開発費用が上がる。すなわち、能力の低いソフトウェア会社ほどもうかるという“矛盾”が生じてしまう。

また、システムが肥大化すれば、ハードウェア・ベンダーは、より高性能なマシンの導入を提案してくる。さらにシステムを手直しするのが難しいほど複雑化すれば、システムの刷新が提案される。こうして、ユーザー企業のIT投資は際限なく膨れあがっていく。つまり、情報システムの本質的な問題とは無関係な部分でITコストの増加がもたらされ、それがIT戦略を推し進めたいユーザー企業の足枷になっているというのである。

「この問題を解決するには、ユーザー企業のIT部門が力をつけるしかない。いい加減なベンダーの仕事に対して“ノー”を言えるのは、発注者であるIT部門であり、つまるところCIOなのだ。だが、それができるCIOを“育成する”ためのキャリア・パスが、今の日本には整備されていない。日本のソフトウェア産業の健全な発展を後押しするためにも、我々ユーザー側が早急にそれを整備していく必要がある。CIOのあるべき姿とは、ビジネス・アナリストとシステム・アナリストの両方のスキルを究めた人物にほかならない」(繁野氏)

また、日本のユーザー企業に共通する問題として、企業の新規採用のあり方が指摘できるが、それは大学教育にかかわる問題でもある。

ユーザー企業のIT部門に配属される社員の多くは、その企業の本業に強い関心を持って入社してくるのであり、KDDIでも理科系なら通信技術に、文科系なら通信ビジネスの企画に興味を持った人物が志願してくる。彼らにとって、情報システム業務は言ってみれば不本意な仕事である。その解決策として、KDDIでは、大学の情報関連学科を出た人材を優先的にIT部門に配属するようにしてきたが、そうしたことで今度は別の問題に直面することになったという。それは、大学教育における人材育成の方向性と、ユーザー企業のIT部門が求める人物像との間に大きな隔たりがあるという問題である。

「最近、情報関連学科を設置する大学が増えているのは喜ばしいことだが、国内の大学が提供しているのは、“システムを使う立場に立ったビジネス教育”ではなく、IT技術者を想定した“モノ作り教育”が中心だ。一方、米国の大学には、コンピュータ・サイエンスやソフトウェア工学とは別に、情報システム学という分野があり、システム構築の目的を顧客満足と業務効率化に据えて、社会科学的なカリキュラムが組まれている。日本でもそういった目的指向の情報教育を振興していければと考えている」(繁野氏)

そんな繁野氏が描く企業内人材育成の理想像は、CIOとしての同氏の姿勢を凝縮したかのように挑戦的だ。

「新入社員は全員、IT部門に1〜2年間配属し、IT業務を経験してから各事業部門に配置していくことが、ユーザー企業の人事ローテーションの“理想”なのではないか。ITスタッフが身につけるべきは、物事を論理的に考える能力と、全社的な観点からビジネス課題を把握して解決策を立案する能力であるが、それは本来、職種を問わず全社員が身につけるべき能力なのだから」(同氏)

KDDIでは現在、業務の見直しに伴い、IT部門主導のBPR(Business Process Reengineering)プロジェクトが始動している。その中で、同社の情報システム本部は、すでに社内システム構築という枠組みを超え、各事業部門と経営の課題を把握し、人間系も含めた業務プロセス企画を担う組織として、ビジネス改革の領域へと足を踏み入れようとしているのである。

記事提供/株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン (CIO Magazine 2003年11月号に掲載)
2004.07.08 update

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