企業経営&IT戦略レポート

CIOたちの「脱・アウトソーシング宣言」

情報提供:株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン

インソーシングへの切り替えを進める米国企業の真意
昨今、景気低迷が叫ばれる米国では、多くの企業のCIOがIT戦略そのものの見直しを進めている。もちろん、アウトソーシングも例外ではない。ITサービスのコスト削減の常套手段とされていたこの手法に背を向け、インソーシングへの切り替えをしようとする動きが活発化しているのである。
一度は“無駄”とされたはずのインソーシングが、なぜここにきて見直されることになったのか。本稿では、実際に「脱・アウトソーシング」によって大きな利益を上げている3社の事例を取り上げ、決断の背景を探るとともに、今後のあるべき「ソーシング戦略」の姿を明らかにする。
ステファニー・オーバビー text by Stephanie Overby

ブームの終焉

セシリア・クラウディオ氏は、「ITアウトソーシング」と長らく向き合ってきた大ベテランだ。ITにかかわって30年以上という豊富なキャリアを持つ同氏は、1994年に業界中の注目を浴びたゼロックスとEDSの32億ドルに及ぶアウトソーシング契約を成立させた立て役者の1人としても知られる。

両社の契約は、その当時、ITアウトソーシング史上最大規模と言われ、米国の数多くのCIOに“アウトソーシング・ブーム”とでも言うべき現象を引き起こすきっかけともなった。クラウディオ氏は、当時をこう振り返る。

「あのときゼロックスがアウトソーシング契約を結んだのには、それなりの理由があった。なかでも最大の“後押し”となったのが、ITコストを全世界規模で抑えられるということだった」

それから9年――。巨額のアウトソーシング契約を交わした多くのCIO仲間が失意のどん底にいるのを目の当たりにしてきたクラウディオ氏は、現在、ITアウトソーシングに対してむしろ慎重な立場を取っている。

「私自身、アウトソーシングを手放しで賛辞したことなど、これまで一度もない。他の米国企業のこれまでの動きを見ていると、アウトソーシングの本来の意味や、そのメリット/デメリットをきちんと理解しないままに飛びつくCIOがあまりにも多いように思われる。その結果、2、3年後に大きな失望を味わい、今度はアウトソーシングから抜け出す方法に苦心するという悪循環に陥ってしまっているのだ」(クラウディオ氏)

ITアウトソーシングの失敗率が高いことは、今や公然の秘密となっている。例えば、シカゴの経営コンサルティング会社、ダイヤモンドクラスター・インターナショナルの2002年11月の調査では、IT部門の業務をアウトソーシングしたCIOのうち、なんと78%が契約を満了前に打ち切った経験を持つという驚くべき結果が出ているのだ。CIOがアウトソーシング契約を打ち切った理由として上位に上がったのは、「サービス・レベル」、「社内戦略の方向転換」、「コスト」であった。

こうした現状を、我々はどのようにとらえればよいのだろうか。法律事務所ショー・ピットマンで10年間にわたってアウトソーシング契約の締結や打ち切りといった業務に携わってきたマイケル・マーフィー氏は、次のように分析する。

「ITアウトソーシングはもう十分に行き渡り、現在では契約条件の再交渉や契約の満了などといった第2段階を迎えている。そこに至って、市場から大きな期待を持って迎え入れられた大型アウトソーシングが実は思ったほどの効果をもたらさないことに、ようやくユーザーが気づき始めたのだ」

だが現在、米国のCIOたちの思惑は、マーフィー氏の分析よりもさらに先を行っているようだ。というのも、多くのCIOが、アウトソーサーと契約について再交渉したり、別のアウトソーサーに乗り換えたりといったアプローチをとるだけでは飽き足らず、自分たちでシステムを築き上げ、運用していくという方向を選び始めているのである。

アウトソーシング業界の動向を調査しているヒューストン大学情報システム部のテネコ/チェース・インターナショナル教授、ルドルフ・ハーシュハイム氏も、そうした動向を裏づけるようにこう語る。

「最近では、かつてのように、インソーシング、つまり社内のリソースでITサービスを切り盛りするというスタイルに人気が集まりつつある。これは、アウトソーシングを採用しても期待したほどにはコストが削減できないうえに、契約によってITサービスが縛られ、かえってそれを負担に感じている企業が増えているためだ」

アウトソーシングか、インソーシングか――この問題を米国のCIOたちはどう考えているのだろうか。以下では、その答えを探るべく、インソーシングへの転換を果たした3人のCIOに登場してもらうことにしよう。彼らが、アウトソーシングしていた業務を、なぜ、そしていかに自分たちの手に取り戻し、それによってどんな効果を上げているのかを見ていくことは、読者諸氏が今後の戦略を練るうえでも、必ずや役に立つはずである。

皮肉な運命

セシリア・クラウディオ氏は、ゼロックスを退社後、かつて自らが口火を切った“アウトソーシング・ブーム”によって多大な苦労を強いられるという皮肉な運命をたどることになった。

1996年にアンセム・ブルー・クロス&ブルー・シールドのCIOに就任したときには、前任のCIOがユニシスとの間で締結した5年/3,000万ドルのデータセンター運用契約を引き継ぐ格好となったが、クラウディオ氏にとって、ユニシスのサービス・レベルの低さと、増え続けるコストはとても看過できるものではなかった。同氏は契約を打ち切って入札をやり直し、アウトソーサーをアフィリエーテッド・コンピュータ・サービセズに乗り換えるという荒療治を施した。

このアンセムでの“アウトソーシング改革”で一定の成果を上げた後、クラウディオ氏は1998年にファーマーズ・グループに入社。だが、ここでまたしてもアウトソーシングに絡む大きな難事業が同氏を待ち受けていたのである。

それはすなわち、アウトソーシングしていた業務をインソーシングに戻すという作業であった。

コスト分析に基づく決断

クラウディオ氏が入社してから2年が経過した2000年、ファーマーズは、キャンピング・カーやRV車向けの自動車保険サービスを販売するフォアモスト・インシュランスの買収に踏み切った。当時、フォアモストは、メインフレームの運用/保守からアプリケーションの開発に至るまで、あらゆるIT関連業務をアウトソーシングしており、アウトソーサーであるインテグレーテッド・システムズ・ソリューションズ(元はIBMの一事業部だったが、最終的にIBMグローバル・サービスの中核部門になった)と交わした10年/1億5,000万ドルの契約の8年目を迎えていた。

ファーマーズ・グループの上級副社長兼CIOを務めていたクラウディオ氏は、早速フォアモストのアウトソーシング契約の実態をつぶさに検証。その結果、アウトソーシングを行うにあたっての当初の目的であったはずの「コスト削減」がまったく実現されていないことを知ったのである。

「契約内容を見ると、初期の費用こそ安いが、時期を経るごとに料金が高くなる“バックロード型”が採用されていた。あれでは、TCO削減など望むべくもない」とクラウディオ氏は振り返る。

そこで、フォアモストの買収が完了すると、クラウディオ氏はすぐに手を打った。今度は、アウトソーサーの乗り換えではなく、すべてのIT業務を社内で行うインソーシングへの切り替えを断行するというより大胆な路線変更であった。そうすることにより、IT戦略の主導権を取り戻せるうえにコスト削減も実現できると同氏は確信したのである。

契約書によると、中途解約によって発生するファーマーズからインテグレーテッドへの違約金は400万ドル。あと2年で契約が満了することを考慮すれば、このタイミングでの契約破棄はかなり冒険的であると言えたが、クラウディオ氏の分析では、インソーシングに切り替えることで発生する違約金は、1年未満で回収できるとの見通しが得られていたという。

契約を破棄するにあたって、クラウディオ氏が最も頭を痛めたのは、やはりアウトソーサーにその意思を伝えることであった。その話題になると、さすがの同氏も表情を曇らせる。

「私は、かねてからパートナーやベンダーと良好な関係を築くことに誇りを感じていたし、企業同士の関係を軽々しく扱うつもりもまったくない。大手パートナーに対して『おたくのサービスはもはや我が社の役に立っていない』と通告するのは、それはつらいことだった」(同氏)

IT部門を「社内アウトソーサー」に

そのうえ、クラウディオ氏の目の前には、もう1つの大きな難関が待ち受けていた。それは、アウトソーサーであるインテグレーテッド・システムズに転籍していた元フォアモストのITスタッフたちをファーマーズに呼び戻すことであった。

同氏は、インソーシングを成功させるためには、旧フォアモストのビジネスとシステムに精通した彼らの存在が不可欠だと考えていた。また、IT部門を「社内アウトソーサー」とでも言うべき存在に生まれ変わらせることをねらっていた同氏にとって、本物のアウトソーサーで十分な経験を積んだスタッフたちのノウハウは、のどから手が出るほど欲しいものだったのである。

だが同時に、同氏は、一度手放した人材を再び呼び戻すことの難しさもよく理解していた。フォアモストの元社員たちにすれば、フォアモストの社員として勤務している最中に突然、業務のアウトソーシングを宣告され、失職を覚悟したところでアウトソーサーとして働くよう要請されたのに、8年が経過したところで今度は買収元への帰還要請である。心の中に何らかのわだかまりを抱えていたとしても不思議ではなかった。

「元社員を呼び戻すのが簡単ではないことは分かっていた。だからこそ、プロとしての仕事の魅力だけではなく、感情的な面でも魅力も感じてもらえるように最大限の努力をした」というクラウディオ氏は、元社員たちに、社内での安定した地位を約束。賃金面でも優遇策を講じた。これにより、最終的に元のITスタッフの90%までを呼び戻すことに成功した。

アウトソーシングしていたすべての業務をインソーシングに戻す作業には半年の期間を要したが、苦労は報われ、1年目から年間600万ドルものコスト削減を達成するという成果をもたらした。当初のもくろみどおり、1年とたたずに違約金の“元を取った”のである。

だが、この結果だけを見て「インソーシングのほうがアウトソーシングよりもコスト・メリットが高い」と断じるのは早計である。

ファーマーズでインソーシングが成功した1つの大きな要因は、前述したように、クラウディオ氏が社内のIT部門をアウトソーサーのように運営したことにある。その代表的な手法は、スタッフ全員にコスト意識を植えつけるとともに、その働きぶりを可能なかぎり数値化して評価するというものであった。その結果、「投資に対して最高の価値を実現できる非常に効率的な組織になった」とクラウディオ氏が目を細めるほど優秀な集団に育ったのである。

現在、ファーマーズのIT部門は、同社の売上げの1.9%に相当するコストでまかなわれており、業界筋からはほとんどのアウトソーサーを効率面でしのいでいると高く評価されている。アウトソーシングで市場をリードしているIBMのグローバル・インシュランス・インダストリー・グループ担当ゼネラル・マネジャー、ウィリアム N.ピエロニ氏ですら、「ファーマーズのIT投資は他の保険会社の半分にも満たない額だ。これは、その事業規模や取扱商品の多さを考えればまさに驚異的だと言うほかない」と脱帽するほどだ。

クラウディオ氏も、高い費用対効果をたたき出す部下たちをこう賞賛する。

「自分たちの手ですべてを取り仕切るからには最高を求めるというのが私の基本方針だ。その点、当社のIT部門は主要な業務に関して、アウトソーサーより優れているとは言わないまでも、同等の仕事をこなせるという自負はある」

顧客ニーズの劇的な変化

エレン・バリー氏は、ネットワークならびにインターネット・サービスをインソーシングするにあたって、アウトソーサーとの間でかなりの“摩擦”を経験したという。

米国シカゴ市の公益法人として、各種コンベンションや展示会を取り仕切っているメトロポリタン・ピア&エキスポジション・オーソリティ(MPEA)のCIOであるバリー氏は、MPEAのインソーシングへの移行を防ごうとするアウトソーサーの汚い裏工作と戦わなければならなかったのである。

バリー氏が、コンベンション・ホールとして利用される複合施設であるマコーミック・プレースと人気観光スポット、ネイビー・ピアーを所有・運営するMPEAに入社したのは2000年のこと。この年、MPEAは展示会場のネットワーク・サービスについてレッドスカイ・テクノロジーズと締結していた3年間の利益配分(Revenue Sharing)契約の2年目を迎えていた。

両社の関係が始まったのが1995年、それを土台とした契約に調印したのが1998年1月のことである。当初、この契約はMPEA、レッドスカイ双方にメリットをもたらすものであった。というのも、その当時、MPEAはテクニカル・サービスをビジネスとしてとらえておらず、IT部門のリソースもきわめて限られていた。同社のクライアントも、インターネットやネットワーク関連のサービスにはあまり興味を持っていなかったため、手頃な価格でアウトソーシング・サービスを受けたほうが、はるかに有益だったわけである。

ところが、1990年代の終わりを迎えたころ、同社に大きな転機が訪れた。米国最大のコンベンション・センターであるマコーミック・プレースに、インターネット関連サービスの需要が爆発的に押し寄せ始めたのである。だが、この分野をアウトソースしていたMPEAは、VPN(Virtual Private Network)の構築やファイアウォールの設置、高速回線の使用といった顧客の新たなニーズにまったくと言っていいほど対応できなかったのである。

ネットワーク・サービスが、顧客獲得のためのコア・コンピテンシーであることを認識したMPEAが、付加価値の高いサービスの提供のために招き入れたのが、バリー氏だったのである。

アウトソーサーの抵抗

一方、アウトソーシング・ビジネスの拡充をまったく予定に入れていなかったレッドスカイのサービスは限界に達しつつあった。同社は、ネットワーク設備にほとんど投資を行っていなかったため、展示会が開かれるたびに、ネットワークを新しく設計しては破棄するという作業を繰り返すことで、何とかつじつま合わせをしていたのである。

このようなサービス形態を容認していては、コストが膨らむだけでなく、いずれ競争力も落ちてしまうことになるのは明白だ。そこでバリー氏は、2000年夏から、他の展示会場を調査するとともに、今後のITサービスの方向性についてあらゆる側面から評価を開始した。その結果、インターネットおよびネットワーク・サービスはMPEAの手で行うべき――との結論に達したのである。

だが、ここで思わぬ妨害が入った。それは、ほかならぬアウトソーサーのレッドスカイからの妨害であった。大手顧客を失いたくないレッドスカイは、直接の担当者であるバリー氏を飛び越えて役員やMPEAと契約を結んでいる他のITベンダー、さらにはシカゴ市長のリチャード M.ダレイ氏までをも巻き込んで、必死の工作を始めたのである。「MPEA単独でサービスを提供するのは無理である」――これが、レッドスカイ側の主張であった(筆者はこの件についてレッドスカイにコメントを求めたが、拒否された)。

レッドスカイのこの作戦は功を奏し、バリー氏は役員や他のITベンダー、市長室のITエグゼクティブから口を慎むよう警告されたという。

バリー氏は、当時を振り返り、こう述懐する。

「残念ながら、MPEAの内部には、自社のIT部門の能力に対して懐疑的な見方が蔓延していた。政府機関で働く人間に時代の先端を行くサービスを実行する力などない――というのは、一世代前の誤った考えでしかないのだが、そのことを理解してもらうのは容易ではなかった」

実証こそ最強の説得手段

窮地に立ったバリー氏に残された手は、自分たちのチームに最先端のサービスを行う能力があること、そして、自分たちの手でサービスを行ったほうが明らかに有効であるということを早急に証明することであった。

同氏は、ネットワーキング・ベンダー大手のシスコ・システムズに協力を仰ぎ、移行プランを練り上げた。当時、すでにマコーミック・プレースの3カ所の建物は光ファイバ・インフラストラクチャで結ばれていたが、24時間使える冗長ネットワーク・バックボーンを構築するために、さらに400マイル/秒の光ファイバ・ケーブルを増設することを計画。また、ネイビー・ピアとハイアット・リージェンシー・マコーミック・プレース(所有権はMPEA、運営はハイアット)の施設を接続させることも計画に盛り込んだ。

入念な計画を完成させたバリー氏は、役員会の場でプレゼンテーションを行い、ようやくインソーシングに切り替えることに対して賛同を得た。

その後も、バリー氏は手綱を緩めることなく、実証作業を続けた。2001年9月には、マコーミック・プレースが主催する最大のショーの1つで、毎年感謝祭の時期に開催されている北米放射線学会の会期中にネットワーク・サービスに関する実地検証を行い、成功を収めた。

また、その2カ月後には、ITスタッフを集めて6日間の会議を開催し、専用ネットワークで40室を結んでインターネット常時アクセスのテストを行った。「インソーシングを成功に導く第一歩は、スタッフにやる気と自信を植え付けることだ」とバリー氏は力説する。

結局、MPEAはバリー氏のネットワーク・インフラ構築計画に150万ドルを投じることを承認、バリー氏はネットワーク・サービスを永久にインソーシングにすべく、レッドスカイにこれより90日の移行期間に入ることを伝えた。また、移行作業の間は、すべてのネットワーク・サービスをシスコのネットワーク機器(つまり自前のネットワーク)を使って提供することも合わせて通達。かくして、レッドスカイのネットワークは、MPEAにとって“バックアップ専用”に格下げされたのである。

バリー氏は、新しい自社サービスを提供するにあたって、専業スタッフとしてレッドスカイから4人、自社のIT部門から2人をピックアップした。2002年3月末からは、このチームが会場にすべてのインターネットおよびネットワーク・サービスを提供している。また、現在はハイアット・マコーミック・プレースの800の客室すべてに高速インターネット・アクセスを提供しているほか、シカゴ市内に802.11準拠のワイヤレス・カフェも新設、Internet2回線も敷設した。

「インソーシングへの切り替えは、単なる1つの案件のためだけでなく、MPEAのIT戦略全体にとって戦略的なチャンスだった。それによって、アウトソーサーでは決して思いつかないITサービスを次々に仕掛けることができるのだから」

難局を乗り切り、自らのビジョンを貫くことができたバリー氏は、そう言って頬を緩める。現在、MPEAは、ITサービスの拡充によって多くの顧客をひきつけることに成功している。1つのインソーシング戦略が、最終的には地元経済の活性化も実現したのである。

表面化した課題

ジェリー・グロス氏は2001年6月に、米国ワシントン州シアトルに本店を持つワシントン・ミューチュアル銀行の上級副社長兼CIOに就任したとき、アウトソーシングに対して比較的寛容な思いを抱いていたという。同社は1996年に10年/総額5億3,300万ドルのアウトソーシング契約をIBMグローバル・サービス(IGS)との間で交わしていた。契約内容は、IGSが資産177億ドルの同社にデスクトップ・サポート、ネットワーク・サービス、ヘルプデスク、ネットワークの運用管理、アーキテクチャと戦略策定といったサービスを提供するというものであった。

グロス氏は、それ以前に勤めていたオーストラリア・シドニーのウェストパック・バンキングで、テクノロジー・オペレーションズ& eコマース担当グループ・エグゼクティブとしてIGSとの契約に自ら署名していたこともあって、ワシントン・ミューチュアルでのアウトソーシング戦略にも、当初はまったく異論を持っていなかった。

だが、そうしたグロス氏の考えを大きく転換させる出来事が起こった。

同氏は、就任後間もなく、現状を把握するためにIT部門内外の従業員から成る特別チームを編成し、エンドユーザー、顧客から見たIT部門の満足度を調査するとともに、その問題点を明らかにする作業に入った。「社内のユーザー、顧客の双方がITサービスをどのように見ているのかを知りたかっただけだった」と、同氏はその意図を振り返る。

この調査によって明らかになった事実は驚くべきものであった。IT部門のサービス・レベルは、グロス氏の予想をはるかに下回っていたのだ。従業員に対して新しいコンピュータを支給するのにでさえ1カ月も要していたし、従業員がヘルプデスクに電話しても、だれも出ない時間帯が少なくなかった。そうした社内ユーザーのIT部門に対する評価は、当然ながら惨憺たるものであった。

その結果を見て、グロス氏はIGSとの契約の有効性に疑問を抱くようになる。確かに、ワシントン・ミューチュアルが急成長していた1996年の時点では、IGSとの契約は大きなメリットがあったかもしれない。ワシントン・ミューチュアルは1980年代以降、合計で32社を買収するという猛烈なペースで成長路線を歩んできたため、きめ細かなITサービスを行うためのリソースが極端に不足していた。だが、21世紀を迎えその動きが落ち着いた今、単に日々のビジネスをこなすだけの目的でアウトソーシングを利用する必要はないのではないか――同氏はこう考えるようになったのだ。

しかも、買収のペースが落ち着いたことで、CEOが掲げる企業目標は、業務の卓越性(オペレーショナル・エクセレンス)とカスタマー・サービスの充実へと変わっていた。この2つの優先課題を実現するうえでも、現状のアウトソーシングには大きな不安があったのである。

「当社の新しい方針は、顧客との緊密な関係を目指すというものだ。それを実現するためには、ITサービスに即刻手を加える必要があると考えていた。そこで、アウトソーシングをやめ、インソーシングに切り替えようということになったわけだ」と、グロス氏は説明する。

インソーシングへ向けた組織改革

とはいえ、ワシントン・ミューチュアルの場合、IGSへアウトソーシングしていた業務を単純に社内に取り戻せばそれで万事解決というわけではなかった。ITサービスを一括して社内のIT部門が請け負うにはさまざまな障害があったのである。その1つが、組織の問題であった。

同社では、情報システム開発・戦略策定の意思決定権は、そのほとんどが各ビジネス・ユニットに分散しており、そのうえ、各ユニットはIBMやアクセンチュアなどの外部のプロバイダーにその機能をアウトソーシングするという複雑な仕組みが出来上がっていた。そのため、IT部門と各ビジネス・ユニットの間には、大きな溝が生まれていたのだ。

グロス氏は、社内のスタッフ全員の意思を統一すべく、IT部門の再編に乗り出した。その最終目的は、IT部門の活動をビジネスとして成り立つものにすることであった。「外部のアウトソーサーと、コスト面で太刀打ちできるレベルにならなければ、インソーシングを成功に導くことはできないと考えた」と同氏。

同氏はまず、サービス・レベルを改善するために、定量化が可能な目標を設定してそのパフォーマンスをモニタリングする「バランス・スコアカード」方式の評価指標を導入した。IT部門が現状のサービス・レベルを向上させられることを証明するための第一歩であった。

そして、モニタリング結果を踏まえて、ヘルプデスクや、ネットワークの運用管理、アーキテクチャや戦略策定など「顧客に直接影響するリソース」(グロス氏)をアウトソーサーから取り戻すことを決定したのである。

グロス氏は、インソーシングに切り替えることによるコスト・メリットの詳細を明らかにしていないが、同氏の分析によれば、インソーシングへの移行に伴う初期コストは9〜12カ月で回収可能だという。だが、同氏はこうも語っている。

「インソーシングに戻したのは、何もコストを削減したいからだけではない。真のねらいは、顧客に対するサービス・レベルとバリュー・プロポジションを高めることにある。サービス・レベルの改善によるビジネス上のメリットは数字で表しきれないほど大きいのだから」

話し合いは穏便に

結論が出ると、グロス氏は早速IGSに電話をかけた。そのうえで、同氏は専属の弁護士を雇い、IGSとの話し合いに臨んだのである。

話題は法律上の諸問題、契約の破棄に伴う罰則規定などハードなものだったが、グロス氏はあくまでも今回の措置を「IGSを排除するためのものではなく、ワシントン・ミューチュアルとつきあうすべてのベンダーとの関係を見直した結果である」として、実際にデスクトップ・サポートとアプリケーションのホスティング・サービスの2つを引き続きIGSに任せることを確約した。この結果、IGSとの話し合いは穏便なかたちで幕を閉じることとなったのである。

「組織改革を予定していることが分かれば、大抵のアウトソーサーは納得するものだ。彼らも、むやみに抵抗して大手顧客を失うのは得策ではないことは承知している」とグロス氏。

ワシントン・ミューチュアルでは、インソーシングに戻すうえで最大の難関となったヘルプデスク・サービスの移行に2002年の大半を費やすという苦労を強いられたものの、同年12月には無事完全移行を果たした。

今年に入ってからは、インソーシングの担当チームにIGSの元スタッフや新規に雇用したスタッフを配置し、同社の全顧客データを一覧できる新システムを開発するなど、従来のサービスの“置き換え”にとどまらない新しい取り組みもスタートさせた。懸案だったサービス・レベルも確実に向上しており、例えば、従業員へのPCの提供は、以前の1カ月から数日にまで短縮された。

「もう二度と、長期的なアウトソーシング契約にサインすることはないだろう。責任の所在があいまいになりがちで、なおかつ十分なサービス・レベルも望めないアウトソーシングに、いつまでも情熱を傾け続けることなどできそうにない」と、グロス氏の考え方も入社時とは180度転換したようだ。

アウトソーサーにとっては衝撃的なグロス氏の“転向”だが、残念ながら、今となってはこのグロス氏の言葉が、米国のCIOたちの大方の気持ちを代弁していると言えそうだ。

アウトソーサーとの関係を“上手に”断ち切るために

アウトソーシングからインソーシングへの切り替えを行う際に、必ず通らねばならないのが、アウトソーサーとのハードな交渉だ。この手の交渉は互いの利害が複雑に絡み合うため、一筋縄ではいかないのが通例だ。あなたの会社とアウトソーサーとの関係が暗礁に乗り上げてしまったときに役立つと思われるヒントを以下に示しておこう。

  1. アウトソーシング契約が行き詰っている理由を明らかにする
    社内で調査グループを立ち上げ、ユーザーの満足度に関するデータを調べたり、これまでの関係がどう管理されてきたかを再検討したりするなど、問題の本質を突き止めるためにできるだけ多くの情報を収集するのが望ましい。
  2. 数字をチェックする
    過去の実績から、サービス・レベルが期待にこたえていないことが明らかな場合、アウトソーサーから渡される数字を詳しく見て、自社でもサービス・レベルの調査を実施したい。
  3. 率直に話す
    「アウトソーサーにとって、交渉は日常茶飯事。つまり、契約が満了に至るまでの間、契約内容を何度か見直すことは、アウトソーサーにとっても織り込み済みのことなのだ」と、ワシントン・ミューチュアルの上級副社長兼CIO、ジェリー・グロス氏はアドバイスする。不満があれば率直に伝えたほうがよいだろう。厳しい競争にさらされているアウトソーサー側にも、顧客満足度向上のために多少の妥協をする用意はあるのだから。
  4. 打開策を見つける
    交渉が失敗に終わったときは、契約書の細かな文言にも目を通すことが重要だ。「アウトソーサーが誠実な姿勢を見せないなら、契約条項の変更に経験のある人物を探して、契約書の隅々をチェックしてみるとよい」と、ファーマーズ・グループの上級副社長兼CIO、セシリア・クラウディオ氏は指摘する。
  5. インソーシングは慎重に
    社内でIT業務を行うことを検討する際には、コスト・モデルを作り、インソーシングのしやすい作業、しにくい作業を明確にする一方、アウトソーサーの場合と同様に、サービス・レベルに関する条件を厳しくチェックする必要がある。
  6. 社内の技術力を宣伝する
    インソーシングに戻すことを決めた場合、役員会で真っ先に問われるのは、「IT部門にその仕事をこなせるのか」ということである。IT部門がその能力を備えていることを証明するために、フル・スケールのパイロット・テストを実施したり、すでに提供しているサービス・レベルを改善したりして説得力を増すよう務めるべきである。
  7. 従業員が社内ITにスムーズに移れるようにする
    アウトソーシングしたITを社内に戻すとき、CIOは2つの課題を抱える。1つは、既存のITスタッフにインソーシングの意義を理解させること。もう1つは、アウトソーサーのスタッフをフルタイムの従業員として招き入れることだ。これらの問題を解決するために、何よりも必要なのは「誠実さ」だ。インソーシングによって生まれる新たな可能性について率直に説明すべきである。
  8. アウトソーシングの管理をコア・コンピテンシーに
    二度とアウトソーシングをしないと決めたような企業でも、以上に挙げた事柄は他のベンダーとの交渉などにおいて役立つことが多い。
    例えば、ベンダー・マネジメントを専門とする部署を創設したり、社外の支援を求めたりする場合にも、以上のヒントを活用していただきたい。
記事提供/株式会社アイ・ディ・ジー・ジャパン (CIO Magazine 2003年9月号に掲載)
2004.06.24 update

[ この記事のバックナンバー ]