コンサルティングの現場から

相手なきコミュニケーション

奥山 典昭 [カウンサル・ジャパン]

第一線で活躍する現役キャリアコンサルタントの筆者が、転職市場・企業の動向から活動アドバイス・キャリア形成のヒントを紹介。採用現場の最前線から、これから時代の転職、求められる働き方・キャリアに迫ります

相手なきコミュニケーション

会社の近くのコンビニをよく利用しますが、店に入ると店員がこちらをちらりとも見ないで、「いらっしゃいませ。こんにちは〜。」 と唱えながら作業をしています。
「こんにちは!」 と応えたらびっくりするだろうなといつも思います。

時々昼食に使う和風ファミレスでは、「丁寧な接客」 を志向しているらしいのですが、こちらが重要な話をしていようが、どんなに盛り上がっていようが、それを遮って決めゼリフを機械的に完読してくれます。我々にとっては、長くて辛い待ち時間です。

「ファミコン言葉」 とはよく言ったもので、奇妙なマニュアルに驚くほど忠実なファミレスやコンビニなどの 「サービス業者」 に端を発した、言葉自体のみならずコミュニケーションスタイルまでの変質が、どんどん進んでいるようです。

前述のケースにおける問題点は、言葉の向こう側に相手がいないということに尽きます。相手不在の世界に会話が成立するわけがありません。言葉を発する目的が、役割や義務を果たすための自己目的に限られてしまい、相手への視線や相手への興味が全く介在しないのです。

先日、ある顧客企業において新入社員研修を実施しました。私たちが行なう新入社員研修は、いつも 「他己紹介」 から始まります。2人1組になって、相手からの十分な情報収集を経て相手のことを皆の前で紹介するという、教育研修フィールドではよく知られたプログラムです。

今回は実施に際して次のことを定めました。

  1. 情報交換の時間は 20分とすること
  2. 発表時間は 3分で必ず枠をいっぱいに使うこと
  3. 社会人に相応しい立ち居振る舞いをもって発表を行ない、それぞれの発表について私が巧拙についてのフィードバックを行なうこと。

通り一遍のヒヤリングでは3分間話をするのに十分な情報など得られないということ、相手のことをもっと知りたいという強い気持ちをもって切り込み相手に更なる情報開示を求める必要があること、などを合わせて伝えると、新人たちの顔に「3分もしゃべれるものなのか…?」という動揺が走りました。

結局、20分間のはずだった情報交換の時間は、皆の強い希望で 50分間にまで伸び、20余名の受講者は全員3分間を立派に使い切りました。「3分間ぶんの情報を得なければ…」 という強迫観念に近い使命感の下ではありましたが、皆が必死になって相手から情報を引き出そうとしている姿は、私の目にはとても頼もしく映りました。

その研修を行なった企業は、これまでいわゆる下請的な役割を担うことが多かった部品メーカーです。流れてくる仕事を黙々と正確かつ迅速にこなすことがコアコンピタンス (企業の中核となる経営資源) とみなされる時代が長かったせいもあってか、社内のコミュニケーションがいい会社とはお世辞にも言えない企業です。

他己紹介の発表が終わり、何とも言えぬさわやかな顔でほっとした様子を見せる新人たちを見ながら、「彼らが今日ほど人から貪欲に情報を得ようとすることは、今後そんなにはないのかもしれないなあ」 と思いました。

相手から一生懸命情報収集を行なう新人の姿に妙に新鮮なインパクトを受けてしまうほど、企業内でのコミュニケーション障害を目にするケースは増えています。それぞれの企業で様々な背景や事情があるのでしょうが、共通な要因は、他人への興味が薄くなっているという危機的な事実です。 

「隣にいる人がどんな仕事をしているかわからない」 などという例は、もはや珍しいことではありません。職場の偉い方が私語を極端に嫌うのかもしれませんが、お通夜のように静まり返った、インフォーマルコミュニケーションのまったく無いオフィスで、まともな情報共有やリスク察知ができるのでしょうか?

まして、マネジメントの重要要因のひとつに 「潤滑なコミュニケーション」 が挙げられる以上、コミュニケーションの質が低下しているかもしれない現状は、わが国のマネジメントレベルの更なる低下を招きうるはずです。

転職相談の面談や採用アセスメントにおいて、相手を実質的に全く視野に入れないまま 「積極的発信」 を続ける人が多いことには驚きます。私たちはこれを 「大きな独り言」 と呼んでいます。自己収束的な発言を繰り返し、「人」 に対して真正面から働きかけられない企業人は、コンビニで 「いらっしゃいませ〜。」 とつぶやく若者と同じです。

相手を知りたいと思う純粋な気持ちがお互いのベースにあるコミュニケーションは見ていてとてもさわやかです。新人研修で相手に必死で喰らいついた時の体感を彼らには忘れないでいてほしいと心から思います。そして長く組織にいる人たちには、「相手の存在を常に明確にしてコミュニケーションをとる」 という当たり前のことの意義を、ぜひ再認識して欲しいと思います。

「ファミコン コミュニケーション」 は、多分深く広く蔓延し始めていると思います。“間違ったものに対して、きっちりとアンチテーゼを唱える” という日本人が苦手な行動を、とりあえず実行に移しませんか?
我々大人が、コンビニやファミレスで違和感を感じなくなってしまったら、もうおしまいです。

奥山 典昭 (おくやま のりあき)
1960年東京生まれ。大学卒業後入社した商社にて、1986年から1991年まで香港現地法人に駐在。大手メーカー海外マーケティングマネージャー、人事系コンサルティングファームコンサルタントなどを経験した後、1999年11月、長野県諏訪市のミスズ工業グループの出資を受けて、カウンサル・ジャパン株式会社を設立。同社取締役に就任。人事戦略コンサルタント。
高校入学以来23年間続けているラグビーが唯一最大の趣味。現在も国内最強のオーバー40ラグビーチーム「不惑」でプレーするため、特急「あずさ」の回数券を買い込み、毎週、諏訪⇔東京を往復する。
2004.4.20 update

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